Lv.88 魔力圧
[Ⅰ]
暫くするとグレミオさんは、ホッピングマシンみたいなモノを携えて、この部屋に戻ってきた。
グレミオさんは俺の前に来ると、ハンドルのような部分と軸の真ん中にあるメーターらしきものを指さし、説明を始めた。
「これが魔力圧計測器だ。使い方は簡単で、この両端を握って魔力を瞬間的に思いっきり籠めてくれれば、ここにある計器に最大魔力圧が表示される。だから、やってもらえないだろうか」
「わかりました」
初めてやる事なので少し緊張したが、難しい事では無い為、言われた通りにする事にした。
俺は魔力計測器のハンドルを握って思いっきり魔力を籠めた。
すると次の瞬間、ハンドルから計器に向かって電撃のような光が走ったのである。
そこでグレミオさんの声が聞こえてきた。
「よし、もういいよ。これで計測できたはずだから」
「じゃあ、このホッピング……じゃなかった、魔力圧計測器はお返ししますね」
「ああ」
グレミオさんは計器をマジマジと見た。
その直後、グレミオさんは大きく目を見開き、驚きの声を上げたのであった。
「さ、最大魔力圧……203ベリアム……君、すごいね。この魔力圧は第1級宮廷魔導師の上位に匹敵するよ」
どう凄いのかがわからんので、とりあえず、訊いとこう。
「それって高い数値なんですか?」
「物凄く高いよ。第1級宮廷魔導師になる条件の1つに、最大魔力圧の強さが150ベリアム以上という項目があるんだけど、大多数は150から180ベリアムの間で落ち着くと言われているんだ。だから、200ベリアムを超える魔法使いは非常に少ないんだよ。というか、こんなところで200ベリアム越えの魔法使いに会えるなんて思わなかったよ。この国の才能ある魔法使いは、皆、宮廷魔導師になるからね」
「そ、そうなんですか」
参考になる数値を聞くと、自分の数値がどのレベルなのかよく分かる。
まぁこの数値だけを見て安易に判断はできないだろうが、俺のレベルを計る1つの目安にはなるのかもしれない。
ついでなので、歴代最高記録も訊いてみよう。
「ちなみにですが、今までで一番高い魔力圧の数値は幾つなのですか?」
「歴代の計測値で一番大きな値は、オルドラン家のヴァロム様が全盛期に記録した251ベリアムだけど、あの人の場合は別格だから、あまり参考にしない方がいいよ。普通は150ベリアム以上で、相当、優秀な部類だからね。一般的な魔法使いで大体100ベリアム前後だし」
「歴代最高は251ベリアムか……上には上がいるなぁ」
ここでまさかヴァロムさんの名前が出てくると思わなかったが、アーシャさんやソレス殿下曰く、天才と呼ばれた人らしいから、納得できる話であった。
まぁそれはともかく、もう1つ訊いておこう。
「あと、ベリアムとかいう名前が出てきましたけど、それって何なのですか?」
だがその直後……。
【は?】
ここにいる者達全員が口を開け、ポカンとした表情で俺を見たのである。
「コ、コタローさん……それは冗談で言ったのですか?」
と、イアちゃん。
「ごめん、マジで知らない。何それ? おいしいの?」
アーシャさんは俺に冷ややかな視線を送ってきた。
「貴方……またですか。ワザと言ってるんじゃないでしょうね。いい加減に怒りますよ」
「いや、だから本当ですって。そんな目で見ないで下さいよ」
どうやら俺は、また、無知を晒け出したみたいだ。
(はぁ……なんかしらんけど、穴に入りたい気分になってきた)
と、そこで、リジャールさんの豪快な笑い声が聞こえてきた。
「カッカッカッ、魔法の腕や思考は優秀なくせに、世間知らずな面白い奴じゃな、コタローは。まぁよい。で、質問の答えじゃが、ベリアムとは大賢者アムクリストの教えを受けた弟子の1人の事じゃ。正式にはエウロン・アルバディート・ベリアムという。そして、この御方が、魔力圧を初めて数値化して体系的に纏めたので、その名を単位として用いておるんじゃよ」
「ああ、そういう事だったんですか……なるほど」
これは勉強になる話であった。
物理学の単位も人の名前だし、大いにあり得る話だ。
ヴァロムさんから一般常識もある程度習ってはいたが、主に社会システムや簡単な風習、そして文字の読み書きや魔法関連の話が殆どだったので、この国の歴史については疎いのである。
まぁそんなわけで、俺は今、その辺の事をもっと習っておけばよかったと、少し後悔もしているところであった。
「まぁとはいっても、当時は単位なんてものは無かったそうじゃから、ベリアムという単位が用いられるようになったのは後世になってからじゃがな。それと余談じゃが、ラミナスの賢者・リバス殿はベリアム直系の方じゃから、これもついでに覚えておくとよいぞ。このイシュマリアやラミナスでは常識じゃからの」
「ええ、覚えておきます。恥をかくのは嫌なので……」
俺は今の内容を、頭に深く刻み込んだ。
忘れないようにしよう。
「ええっと、コタロー君だったかな。話を戻すけど、君は魔光の剣をどのくらいの期間使ってきたんだい?」
グレミオさんが仕切り直しとばかりに訊いてきた。
「ジュノンの月に手に入れて、それからずっとですね」
「フムフム。という事は、それなりに、この魔導器の特徴は把握しているって事だね。じゃあさ、お願いがあるんだけど。君の持つ魔光の剣で、あそこに置いてある鉄の前掛けを切断してもらいたいんだが、いいかい? 君の高い魔力圧で生みだされる魔光の剣が、どんなモノなのかを見てみたいんだよ」
グレミオさんはそう言うと、部屋の片隅にあるエプロンみたいな形状をした鉄製の物体を指さしたのであった。
なぜここに鉄の前掛けが……などと思ったが、表面が薄汚れているので、どうやら実験する時に使っている物のようだ。
「ええ、構いませんよ」
「じゃあ、お願いするよ」
グレミオさんは、斬りやすいよう、鉄の前掛けをその辺の椅子に立て掛けた。
俺はソファーから立ち上がると、鉄の前掛けの所へと行く。
そこで、俺は魔光の剣を手に取り、光の刃を出現させた。
(さて、では魔力圧を上げるか……)
魔力圧が上がるに従い、光刃は更に眩い輝きへと変化してゆく。
程よい輝きになったところで、俺は袈裟に、鉄の前掛けを斬りつけた。
その刹那。
―― カランッ ――
鉄の前掛けは豆腐でも斬るかのようにスパッと切断され、甲高い音を立てて石の床に横たわったのである。
グレミオさんの感極まった声が聞こえてきた。
「す、すばらしい! 本当に鉄が斬れるなんてッ。魔光の剣の特性上、魔力圧が高くなると確かに切れ味は増すが、魔力圧200ベリアム以上の者が振るうと、まさかここまでとは……。これは嬉しい誤算だよ。元々この魔光の剣はね、魔力の杖と同様、魔法使いが呪文を封じられた時の緊急手段用として考案したものなんだけど、当初の想定では、精々、鋼の剣程度の威力と見積もっていたからね。まぁ一般的な魔法使いが使用すると仮定して作ったからだけどさ。それにしても、いやぁ~、しかし、驚いたよ。ありがとう、素晴らしいモノを見せてもらった」
感動しているところ悪いが、俺はもう一度問題点を指摘しておく事にした。
「でも、さっきも言いましたが、魔力消費も凄いんですよ。今の調子で剣を振るえば、あっという間に魔力が尽きてしまうんです。ですから、ここが大幅に改善できるのであれば、常用武器として凄い優秀なんですよね」
グレミオさんは頷く。
「確かに、君の場合はそこが問題だね。魔力圧が高ければ、当然、その分出てゆく魔力量も多くなるから。でもね、一応、言っておくと、魔光の剣の想定魔力圧は30ベリアムから80ベリアムなんだよ。君の場合、それを大きく上回る200ベリアム越えの魔力圧なわけだから、切れ味も増すが、籠めた分の魔力も大放出状態になってしまってるんだ」
理屈は分かったが、問題は改善できる方法があるのかどうかだ。
「改善できそうですかね?」
「結論から言わせてもらうと、大幅に改善する事は出来るよ。というか、この魔導器の場合は構造が単純だから、改善できる部分となると魔力収束率を向上させるくらいだけどね。要は、君の魔力圧に合わせた魔力収束率の物を作ればいいだけさ。ただ、問題はあるんだよ……」
「問題?」
グレミオさんは頷くと、少し困った表情で話し始めた。
「魔光の剣の内部には、魔力を圧縮して収束させる為に、コルレッサ・スピネルという青い魔晶石が使われているんだけど、大幅に魔力の収束率を改善させるには、もうこの素材では難しいんだよね」
どうやら、劇的に改善するには、素材自体を変えてしまわないといけないという事のようだ。
しかもこの口ぶりだと、なかなか手に入らない素材なのかもしれない。
「では、素材があれば、出来るという事なんですね?」
「うん、出来るよ。しかし、大幅な改善となると、一点の曇りもない奇跡の魔晶石であるアレスト・スピネルくらいしかないだろうから、今のところは難しいと言わざるを得ないかな。あれは私でもおいそれと手が出せない素材だからね」
「そうなんですか。それは残念ですね」
アレスト・スピネル……ゲームで出てきた、強い魔力を秘めた宝石だった気がする。
だが、ここでも同じモノとは限らないので、とりあえずは置いておくとしよう。
「アレスト・スピネルを手に入れるのは流石に厳しいじゃろう。儂も錬成技師を長い事やっておるが、国宝としてイシュマリア王家が管理している【落陽の瞳】と【蒼天の雫】しか見た事ないからの」
と、リジャールさん。
「ええ、私もそれしか見た事ないです。でもアレスト・スピネルならば、劇的に改善できるのは間違いないですね。あの魔晶石の魔力増幅率と魔力収束率、そして魔力蓄積量は群を抜いていますから。ですので、もしあれを使えたならば、魔光の剣を発動しても魔力の消費をかなり抑えられる上に、消費せずとも150ベリアム以上の光刃を常時だせる筈です。おまけに、魔力増幅器としても使えるでしょうから、所有者の魔法もかなり強力なものになりますよ」
今の話を聞く限り、アレスト・スピネルを使えば凄い性能をもつ武器になりそうだが、現状は無理と見て間違いなさそうである。
仕方ない、諦めるとしよう。
俺は多少の改善ができるのかを訊いてみる事にした。
「ところでグレミオさん、大幅な改善は難しい事が分かりましたが、多少の改善は出来るのですかね?」
「魔力収束率をある程度までなら向上させる事はできると思うよ。ただ、組み込んであるコルレッサ・スピネルを新しく加工しないといけないから、魔光の剣そのものを新しく作らないといけないんだけどね」
「そうですか。ちなみに、それってどのくらい日数が掛かりそうですかね、それと費用が幾らくらいかかるのか教えて頂けるとありがたいのですが」
グレミオさんはそこで顎に手を当て、考える仕草をした。
「そうだねぇ……まぁ10日もあればできるかな。もしなんだったら、改善した新しい魔光の剣を無料で製作してもいいよ。但し、交換条件があるけどね」
「交換条件?」
「ああ。月に2度ほど私の工房に来てもらって、試作品の試験使用をしてもらいたいんだよ。君のような魔力圧の持ち主はそうそういないから、そこで得られる結果は非常に貴重だからね。で、どうだろう、協力してくれるなら、無料で作るよ」
要するに、試作品の実験台になってくれたら、タダでいいって事か。
まぁその程度の事なら引き受けてもいいが、問題もあるのだ。
なぜなら、月に2度もマルディラントに来なければならないからである。
俺は風の冠もない上に、秘蔵であるグリフィンの翼も10枚しかないので、少々、厳しい条件の気がしたのであった。
どうしようか迷っていると、アーシャさんが話に入ってきた。
「コタローさん、いいじゃないですか。試作品の試験使用をやったらどうです? こちらに来る時には、私も手を貸しますわよ」
「えッ、いいんですか?」
「構いませんわ。私も試作品の魔導器というのに興味がありますから」
折角だし、ここはアーシャさんの好意に甘えるとしよう。
だが返事をする前に確認しておく事がある。
「グレミオさん、先程、月に2度ほどと仰いましたが、それはどのくらいの期間ですか?」
「そうだねぇ……じゃあ、ラトナの月までという事にするよ。それ以降については、また君に確認させてもらうという事で」
期間は大体、半年といったところだ。
俺はそのくらいなら問題ないと思い、お願いする事にした。
「わかりました。ではグレミオさん、新しい魔光の剣の製作をお願いします」
「じゃあ、交渉成立という事だね。では魔光の剣を新しく作るから、10日程経過したら、ここに取りに来てくれるかい?」
「ええ、そうさせて貰います」
とまぁそんなわけで、思わぬ展開になったわけだが、新しい魔光の剣に関しては嬉しい誤算だった。
とりあえず、新作の魔光の剣を期待する事にしよう。




