Lv.86 交渉
[Ⅰ]
執務室は10メートル四方の広さがある部屋で、カーテンが開かれた幾つかの窓からは、暖かな日の光がこの部屋に射し込んでいた。
床に目を向けると、青く分厚い絨毯が全面に敷かれており、壁際にはフルアーマーの西洋風甲冑や本棚、そして絵画などの美術品が飾られていた。
天井に目を向けると、宝石をちりばめたかの様なシャンデリアがあり、外から射す日の光がキラキラと乱反射して、ゴージャスに光り輝いていた。
部屋の一番奥には、光沢のある執務机があり、その手前にはアンティーク風の煌びやかなテーブルとソファーが置かれている。
そして、俺達が入ってきた入口の付近には、秘書と思われる白いローブ纏う女性が4人おり、今は机に向かって書類関係の仕事をしている最中だ。
(ここが執務室か……太守の執政場所なだけあり、さすがに立派だな……)
ちなみにだが、机に向かい、てきぱきと書類に筆を走らせるその女性達の姿は、いかにも仕事が出来そうな雰囲気を醸し出していた。
歳は20代から30代くらいだろうか。
まぁその辺はわからないが、当たらずとも遠からずといったところだろう。
しかも、全員、容姿端麗な方々であった。
ティレスさんを羨ましく思ったのは言うまでもない。
まぁそれはさておき、執務室の様相は大体こんな感じだ。
要するに一言で言うと、『ブルジョワ階級の仕事部屋』というわけである。
執務室に足を踏み入れた俺達は、ティレスさんにソファーの所へと案内され、そこに座るよう促された。
俺達が腰掛けたところで、ティレスさんも向かいのソファーに腰を下ろす。
アーシャさんはそこで、チラッと秘書らしき女性達を見た。
「あの、お兄様……できれば私達だけでお話をしたいのですが」
「やっぱり、面倒な話か……まぁいい」
ティレスさんは女性達に目を向ける。
「すまないが、少し席を外してもらえるか?」
「はい、仰せのままに」
女性達はすぐさま席を立ち、幾つかの書類を持って退出した。
ティレスさんはそこで話を切り出した。
「で、何事だ? 人に聞かせたくないという事は、厄介そうな話のようだが……」
「ええ、お兄様。実は先程、このリジャールさんという方から、厄介な話を聞いたのです」
ティレスさんはリジャールさんに視線を向けた。
「ほう。で、そちらの方は?」
「こちらはオルドラン様の古いご友人で、魔法銀の錬成技師でもあるリジャールさんという方です。その昔、イシュマリア城で錬成技師をなさっていた方だそうです」
「何、オルドラン様の!?」
リジャールさんは、そこで一礼し、まず自己紹介をした。
「お初、お目にかかります、ティレス様。今、妹君であるアーシャ様からご紹介がありましたが、私は以前、王都で魔法銀の錬成技師をしていたリジャール・エル・クレムナンと申しまして、今はガルテナで隠居生活を送る者でございます」
だがそれを聞いた瞬間、ティレスさんは目を大きくしたのである。
「え!? 今、クレムナンと仰いましたが、もしや、名器と呼ばれる数々の武具や魔導器を生み出した、あのクレムナン家の方でございますか?」
「はは、そうでございます。ですが、もう隠居の身なので、そちらの方面からは足を洗いましたがな」
リジャールさんはそう言って頭をかいた。
「は、初耳ですわよッ。リジャールさんは、クレムナン家の方なのですか!?」
アーシャさんも寝耳に水だったのか、これには驚いたようである。
どうやらリジャールさんは、ヴァロムさんと同様、凄い出自の持ち主のようだ。
「すいません、話の腰を折ってしまい。まぁそれはともかく、今日は一体、どのようなご用件で参られたのですか」
「今回、アーシャ様に話し合いの場を設けて頂きましたのは、私の住むガルテナで厄介な事が起きておるので、その報告とお願いに参った次第なのです」
「それで厄介な事とは?」
「実はですな、こちらにいるコタローさんが村を訪れた際にそれが発覚したのですが……」――
リジャールさんは、フレイさんの事や、無垢なる力の結晶の事、そして魔の種族エンドゥラスが一連の騒動に関わっていた事等を説明していった。
時折、俺にも話を振られる事があったので、その都度、意見を述べておいた。
そして俺達の話を聞くうちに、ティレスさんの表情も次第に険しくなっていったのである。
特に、エンドゥラスの事を話した時が一番嫌な顔をしていた。恐らく、ティレスさんも良く知っている種族なのだろう。
「……これが今までの経緯でございます。眠っているかも知れない幻の素材も然ることながら、性質の悪い敵が狙っておりますので、何か対策を考えないと非常に不味い気がするのです。その為、是非ともティレス様のお力を借りしたく、今日はご報告も兼ねて参った次第なのであります」
ティレスさんは眉間に皺を寄せた。
「むぅ、弱ったな……まさかそんな事になっているとは……しかも、エンドゥラスまで絡んでいるのか。リジャールさん、今、冒険者が派遣されていると仰いましたが、何名くらいいるのですか?」
「こちらに派遣されている冒険者は30名程です」
「30名か……確かに少ないな。わかりました、何とかしましょう。しかし、こちらも最近魔物が増えているので、守護隊の者をあまり沢山は派遣出来ません。ですから、指揮を執る守護隊の者を十数名と、アレサンドラ家の名で、エレンディアの酒場に冒険者の増員を依頼しましょう。冒険者を増員する分の費用に関しては、こちらで何とかするつもりです」
リジャールさんは深く頭を下げ、礼を述べた。
「ありがとうございます、ティレス様」
「ところでリジャールさん、今言った無垢なる力の結晶だが、これは貴方の調査結果の通りになる可能性が高いのですね?」
「私はそう思っております」
「……そうですか。となると、この事は伏せておいた方がよさそうですね。ちなみに、この事を知っているのは、私達とそのエンドゥラスだけと見ていいんですか?」
俺が答えておいた。
「こちら側で知っているのは、私達と仲間のラミリアン3名だけですが、フレイさんに宛てた書簡が見つかっていないので、向こうはエンドゥラス以外にもいるかも知れませんね」
「そうか……。まぁともかくだ。これは私達だけの話という事にしておきましょう。今は余計な厄介事はこれ以上は避けたいからね」
「ええ」――
その後も俺達は、ガルテナでの事だけでなく、ヴァロムさんの事等についても話し合いを続けた。
勿論、俺がヴァロムさんから言付かった内容や魔法の鍵については黙っていたので、打ち解けた話し合いではなかったが、それでも色々と新しく得られた情報もあったので、有意義なひとときであった。
だがあまり長話をしていると、ティレスさんの公務に差支えると思った為、区切りの良いところで、俺は話を切り上げる事にしたのである。
「ではティレス様、貴重なお時間どうもありがとうございました。これ以上は、御公務の妨げになりますので、私達はこの辺で失礼させて頂こうと思います」
「すまないな、気を遣わせてしまい。もう少し話をしたかったのだが……そうだ、コタロー君達は今晩、街の宿屋に部屋をとってあるのか?」
「いえ、宿の方はまだですが」
「そうか。ならば、今晩はここに泊まってゆくといい。長旅で疲れただろうからね」
「え、良いのですか?」
これは予想外の申し出であった。
ティレスさんは頷く。
「ああ、構わない。それに……君と少し話したい事もあるんだよ」
「ティレス様のお心遣い、痛み入ります。ですが、私は村の者を街に待たせてあります故、これにて失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」
リジャールさんがこんな事を言うのは、恐らく、村にいる冒険者や村民が探す可能性があるからに違いない。
何も言わずにこちらに来てしまったので、これは仕方ないところであった。
「そうですか……。リジャールさんとも少し話したかったが、そういう事なら仕方ないですな。ところで、コタロー君やラミリアンの方達は大丈夫だね?」
「多分、大丈夫だと思います」
イアちゃん達がどう言うか分からないが、こちらに泊まった方が安全なので納得してくれるだろう。
「そうか。では、配下の者に言って部屋を用意するから、それまで城内か、街でも見て回ってゆっくりしていってくれ」
「ええ、そうさせて頂きます。ではティレス様、後でまたお会いしましょう」
「ああ、また後で」――




