Lv.85 マルディラント城
[Ⅰ]
リジャールさんの家の外に出たところで、アーシャさんは俺に振り返った。
「コタローさん……皆さんに、私の身分と風の冠の事を話そうと思います。貴方の意見を聞かせてください」
「その辺は、アーシャさんの判断にお任せしますよ。俺からは何も言えません。ですが、今後の事もあるので、他言無用とだけは言っておいた方がいいです。それと、ヴァロムさんの事とかは内密にお願いしますね。ヴァロムさんからも口止めされているので」
「それは、勿論わかってます。話すのは身分と風の冠についてだけですから」
しかし、別の問題があるので、俺はそれを訊ねた。
「でもどうするんです? これだけの面子でゾロゾロと行けば、ティレスさんも流石に疑うと思いますよ。それと、アーシャさんがお忍びで旅をしているのを皆に前もって言っておかないと、後が面倒な事になります」
「それについては考えがあります。でも、私だけじゃ不安なので、コタローさんも手を貸してほしいのです」
「まぁそれは構いませんが、とりあえず、アーシャさんの考えを聞かせてもらえますか? 俺もそれを参考に考えてみますから」
「では、私の考えですが……」――
[Ⅱ]
打ち合わせを終えた俺とアーシャさんは、皆の所へ戻ると、まず、風の冠の事とアーシャさんの身分を順に話していった。
といっても、殆ど、俺が説明したわけだが……。
アーシャさん曰く、俺の方が上手く話してくれそう、という事らしい。
そんなわけで仕方なく、説明しているわけだが、4人は俺の話を聞き、目を大きくしながら驚いていた。
予想通りというやつだ。
唐突にこんな話をすれば、普通こうなるだろう。
「……というわけなんです。今まで黙っていてすいませんでした。でも、この事は他言無用でお願いしますね。あまり、公にしたくない事なんで……」
「か、風の冠というのはともかくじゃ。そちらのお嬢ちゃんが、太守の娘じゃというのは、本当なのか!?」
一通り説明したところで、リジャールさんが慌てて訊いてきた。
「ええ、本当です」
「本当です」
「なんとのぅ……うむぅ」
リジャールさんは腕を組んで唸っていた。
「あ、あの……アーシャさんがマルディラント太守のご息女というのはわかりましたが、その前に言っておられた風の冠というのは、本当に持っておられるんですか?」
イアちゃんが訊いてきた。
「うん、あるよ。アーシャさん、見せてあげたらどう?」
「ええ」
アーシャさんは自分の道具入れから、風の冠を取り出し、皆に見せた。
「これです。それで、どうしますか? 向かわれるのでしたら、私はいつでも構いませんよ。そして、お兄様とリジャールさんが直接お話できるよう、私が執り成しますから」
「すぐに向かえる上に直談判できるのであれば、それは願ってもいない事じゃ。しかし、お嬢ちゃんはお忍びでここに来ておるのじゃろう? 代理を務めるティレス殿には、どうやってそれを説明するつもりなのじゃ」
「勿論、それについても考えてありますわ。ではコタローさん、皆さんに説明をお願いします」
やっぱり、これも俺が説明するのか……仕方ない。
「じゃあ、俺から説明しましょう。ですが、これは皆にも協力してもらわないといけない方法なので、それだけは前もって言っておきますね」
「協力? まぁよい。で、その方法というのはなんじゃ?」
「実はですね」――
[Ⅲ]
皆と細かい打ち合わせをした後、俺達はリジャールさんの家の裏手に行き、風の冠の力でマルディラントへと向かった。
白い光に包まれ、上空へと飛び上がった俺達は、程なくして、マルディラント城の屋上へと到着した。
その直後、皆の驚く声が聞こえてきた。
「う、嘘……」
「こんな凄い物があったとは……」
「私も文献でグリフィンの翼について書かれていたのを見た事がありますが、まさか、本当だったなんて……」
「こりゃたまげたわい……」
グリフィンの翼が古代文明の遺産と云われているので、こうなるのも無理はないだろう。
それはさておき、今はティレスさんに会うのが先決だ。
つーわけで、俺は皆に言った。
「では皆、打ち合わせの通りにお願いしますね」
「ああ、わかっておる」
リジャールさんの言葉と共に、イアちゃん達も首を縦に振る。
俺はそこでアーシャさんに視線を向けた。
「それじゃアーシャさん、後はお任せしますよ」
アーシャさんは頷く。
「では皆さん、ここからは私の後について来てください」
というわけで、ここからは、アーシャさんに案内される形で、俺達は移動する事になるのだ。
城内に入った俺達は、アーシャさんの後に続いて、赤いカーペットが敷かれた煌びやかな通路を進んで行く。
その途中、数名の兵士やメイドさん達と出会った。
皆、アーシャさんを見るや、恭しく頭を下げ、道をあけてくれた。
アーシャさんはこの城のお姫様なので、当たり前と言えば当たり前だが、これを見て俺は、改めてそれに気づかされた気分であった。
多分、今まで城の外でばかり会っていたので、そういう部分を少し忘れていたのだろう。
というか、アーシャさん自身がお淑やかじゃないので、余計にそう見えるのかもしれない。
まぁそれはさておき、俺達は城内の階段を幾つか降り、2階へとやって来た。
そして、その先に伸びる通路を暫く進んだところで、アーシャさんは立ち止ったのである。
そこは壁面に茶色い厳かな扉が設けられている所であった。
アーシャさんはノックをすると、おもむろに扉を開き、中を確認した。
そこは10畳程度の部屋で、大きなテーブルと幾つかの椅子がある以外、目立った特徴がなく、パッと見は、小さな会議室といった感じの所だ。
ちなみに、今は無人のようである。
室内を確認したところで、アーシャさんはこちらに振り返った。
「では、イアさんとレイスさんにシェーラさんは、ここで暫く待っていてもらえますか。私達が事情を説明してきますので、それからまた御呼び致します」
「わかりました。ではレイスにシェーラ、私達は中に入って待っていましょう」
レイスさんとシェーラさんは頷く。
そして、イアちゃん達3人は、部屋の中へと入って行った。
扉が閉まったところで、アーシャさんは通路の先を指さした。
「兄は今の時間帯ですと、この先にある謁見の間か、執務室にいると思います。では、行きましょう」
「ええ」
「うむ」
俺達3人は、アーシャさんを先頭に移動を再開した。
程なくして前方に、女神イシュラナの絵が彫りこまれた大きな白い扉が見えてきた。
ちなみにその扉の両脇には、槍を装備した2人の若い衛兵が、無表情で立っていた。
恐らくここが、謁見の間なのだろう。
衛兵は背筋を綺麗に伸ばした立ち方なので、パッと見、彫像でも置かれているのかと思ったほどだ。
相当に訓練されているに違いない。
俺達が扉に近づいたところで、衛兵の1人がアーシャさんに頭を下げ、恭しく話しかけてきた。
「これはこれはアーシャ様、ご機嫌麗しゅうございます。もしや、ティレス様に御用がおありでございますか?」
「ええ、そうですわ」
「そうでしたか。ですが、ティレス様は今こちらにおられません。恐らく、執務室の方かと思います」
「あら、そうですか。わかりました。ではお勤め頑張ってくださいませ」
「はッ」
衛兵は背筋を更にピンと伸ばした。
そして俺達は、執務室の方へと向かったのである。
[Ⅳ]
通路を更に進んで行くと、行き止まりとなった壁に白い扉があるのが見えてきた。
そして、その扉の両脇には、先程と同様、衛兵が2人立っていた。
この物々しさを考えると、どうやら、あの扉の向こうが執務室のようだ。
俺達が扉の前に来たところで、衛兵の1人が話しかけてきた。
「これはアーシャ様、ティレス様に御用でございますか?」
「ええ、お兄様は中に?」
すると衛兵は、困った表情を浮かべた。
「アーシャ様……実は今、ティレス様は来客中でして……」
と、その時であった。
ガチャリと執務室の扉が開き、中から、眼鏡を掛けた痩せ顔の男が現れたのだ。
男は扉を開いたところで、中に向かって一礼をした。
「それではティレス様、工房の稼働率を上げて量産体制に入りますので、今しばらく辛抱を願います。では、これで」
「ああ、よろしく頼む」
男は別れの挨拶を終えると、俺達のいる方向へと向き直る。
だがその瞬間、男は俺達を見るなり、驚きの表情を浮かべたのであった。
「リ、リジャール様」
「グレミオか、久しぶりじゃな」
どうやらリジャールさんの知り合いのようだ。
(……っていうか、グレミオって、確か魔光の剣を作った人の名前だった気が……)
などと思いつつ、俺は男に目を向けた。
やや短くカットした茶色い頭髪の男で、口元には無精髭を生やしていた。
その所為か、少しワイルドな感じにも見える。
歳は40代くらい……いや、もう少し若いのかもしれないが、無精髭の影響もあって、俺にはそのくらいに見えた。
フードが付いた灰色のローブと右手に杖という格好であり、パッと見は魔法使いのような姿であった。
というか、それなりの魔力を感じるので、魔法は使えるとみて間違いないだろう。
まぁ全体的な雰囲気としては、中年の魔法使いといった感じの男だ。
俺がそんな事を考えていると、グレミオと呼ばれた男は、リジャールさんに会釈した。
「ええ、お久しぶりでございます。驚きましたよ。まさか、こんな所でお会いするとは思いませんでしたから。ところで、今日はどうされたのですか?」
「うん、まぁちょっと、色々との……」
「そうですか。積もる話もありますが、今は色々とお忙しいようなので、私はこれにて失礼します。もしよろしければ、帰りにでも、私の工房へ立ち寄ってください。では」
男はそれだけ告げると、この場を後にした。
と、そこで、執務室の中からティレスさんが姿を現したのである。
ティレスさんはソレス殿下のように、トーガのような衣を纏っていた。
やはり、代理というだけあって、格好はちゃんとしないといけないのだろう。
「ン、どうしたのだ、グレミオ殿。誰かそこにいるのか……って、なんだアーシャか。それとコタロー君まで。一体どうしたのだ?」
「お兄様、少しお話があるのです。今、お時間よろしいでしょうか?」
「まぁそれは構わんが……。とりあえず、中に入るがいい」――




