Lv.82 リジャールの決断
[Ⅰ]
俺達は奥へと続く狭い通路を慎重に進んでゆく。
するとその先の空洞は、毒々しい紫色の液体で満たされる地面となっていた。
だがそこまで深くない。
精々、10cm程度の毒沼といったところである。
得体の知れない場所な為、俺達はそこで一旦立ち止まり、周囲の確認をすることにした。
10秒、20秒……俺達はジッと耳を澄ましながら辺りを窺う。
しかし、空洞内は不気味なほど静かであり、何かが動くような物音などは聞こえてこない。
この様子を見る限り、どうやらここには、魔物の類はいないようである。
だが、喜ぶわけにはいかない。
毒のガスが辺りに漂っている為、あまり長居はしたくない環境だからだ。
ちなみにだが、この毒の液体というのは、そこから発生するガスを吸い込むことによって体力を奪っていく仕様のようだ。
ゲームでは深そうな毒の沼地を進んでいるようなイメージだったが、これは予想外であった。
だが考えてみれば、こんな岩だらけの坑道内に、そんな深い沼があるわけもないので、これが当然なのかもしれない。
20日ほどでこの状態を作った事を考えるに、魔物達にとって、比較的にポピュラーなトラップなんだろう。
まぁそれはさておき、暫し様子を窺ったところで、リジャールさんは安堵の息を吐いた。
「フゥ……この様子じゃと、やはり魔物はおらぬようじゃな。多分、あれで打ち止めだったのじゃろう」
リジャールさんはそう言って、左側の通路に目を向けた。
「さて、それではコタローよ。毒の液体がない左の通路へ行こう。この先に、儂等が掘削する予定じゃった場所があるからの……」
「わかりました」
リジャールさんの指示に従い、俺は左側の通路へと足を踏み出した。
するとその時、イアちゃんが俺の右袖をクイクイと引っ張ってきたのである。
「どうしたのイアちゃん?」
「コ、コタローさん……そ、そ、傍にいてもいいですか?」
少し様子が変であった。
何かに怯えているような感じなので、とりあえず、訊いてみるとしよう。
「それは構わないけど、何かあったの?」
するとその直後、イアちゃんは俺の右脇腹にしがみ付き、体を密着させてきたのである。
「ちょっ、イアちゃん、どうしたの?」
イアちゃんは身体を震わせ、口を動かした。
「す、すいません……わ、私……本当は洞窟とかが苦手なんです。今まで、我慢してたんです。ごめんなさい」
なんとまぁ……。
ザルマンの件が重く圧し掛かっていたので、無理して来てくれたのだろう。
健気な良い子だ。頭をナデナデしてやりたくなってくる。
多分、リジャールさんの魔物はいないという言葉を聞いて、緊張の糸が切れたに違いない。
(怖いなら、そういえばいいのに……まぁザルマンの事で負い目を感じてるんだろうが……ン?)
などと考えていた、その時である。
今度はアーシャさんが俺の左隣に来て、同じようにくっついてきたのだ。
「コ、コタローさん。ちゃんと私の護衛もしてもらわないと困りますよ。貴方だけが頼りなんですから」
「アーシャさんもですか……」
そういえば、この坑道に入った直後のアーシャさんも、今のイアちゃんと同様に怯えまくっていた。
この様子を見る限り、2人共、洞窟は苦手なのだろう。
だが、よくよく考えてみれば、2人はお姫様である。
こんな所に来ることは、今までの人生で殆どなかったに違いない。
そこで、リジャールさんの笑い声が聞こえてきた。
「カッカッカッ、両手に花じゃな、コタロー。お前さん、中々、モテるではないか」
「あのですね……この状況下でそれを言いますか?」
「まぁそれだけ、頼りがいのある男じゃと思われとるんじゃよ。素直に喜べ。さ、では行くぞ、コタロー」
「はぁ」
というわけで俺は、アーシャさんとイアちゃんにしがみ付かれながら、移動を再開したのであった。
[Ⅱ]
左の通路を真っ直ぐに進んで行くと、行き止まりに差し掛かる。
俺達はそこで立ち止まり、周囲を見回した。
するとそこには、ツルハシや大きなハンマーといった掘削道具がそこかしこに転がっており、通路の真ん中には、岩を運ぶであろう台車のようなものが置かれていたのだ。
俺はこれを見て、ようやく確信した。
ヴァイロン達は、先程襲いかかってきた魔物達を操って、ここを掘っていたに違いない。
敵ながら実に効率的な掘削方法である。
作業員が死体ならば、体力なんぞまったく気にしなくていいからだ。
(考えたな……ある意味、最強コスパな作業員だよ。燃料も食料も給料もいらないから)
リジャールさんは周囲の道具を一瞥すると、行き止まりの岩盤へと近づいた。
そして、そこを眺めながら、悔しそうにボソリと呟いたのだ。
「間違いない……これは儂が考えた掘削ルートじゃ。やはり、あの書簡は、魔物どもの手に渡っていたという事か。悔やんでも悔やみきれぬ。書簡などではなく、儂が直接出向いてフレイに話すべきじゃった……そうすれば、フレイも死なずに済んだものを……全て儂の責任じゃ……」
項垂れるリジャールさんを見て、俺は少し悲しくなった。
だが今はそんな事をしている場合では無い為、俺はあえてそれを告げたのである。
「フレイさんを亡くしたリジャールさんの気持ちは、痛いほどよくわかります。ですが、起きてしまった以上、次の事を考えるべきです。そして、今一番の懸念は、敵がこの事を知っている事です。早急に手を打たないと、このガルテナに更なる災難が降りかかるかもしれません。それを避ける為にも、一刻も早くマルディラントに行き、ソレス殿下の代理を務めるティレス様に、事実を包み隠さず話す事だと思います。この先、奴等がどう出てくるかわかりませんが、冒険者だけでは対処できない状況になる可能性も十分にあるのですから」
リジャールさんはそこで俺に振り返る。
「……確かに、お主の言うとおりじゃ。今は、無垢なる力の結晶を魔物達に発見されるのだけは、絶対に阻止せねばならぬ。悲しむのは後じゃな……」
「ええ、悲しむのは後です」――




