Lv.80 無垢なる力の結晶
[Ⅰ]
カディスさん達が去ったところで、俺はずっと思っていた疑問を切り出すことにした。
「リジャールさん。少し訊きたい事があるのですが、今、良いでしょうか?」
「なんじゃ、言ってみよ」
「では単刀直入に訊かせてもらいますが、リジャールさんは魔物達がこの坑道の中で何をしているか、もしかすると、薄々気付いていたのではないですか?」
リジャールさんはそれを聞いた途端、目を閉じて無言になった。
それから暫しの沈黙の後、静かに話し始めた。
「気付いておったか……いや、妙に鋭いお主の事じゃから、この坑道に入った時点でわかっていたのじゃろう。あの時、魔物と一番最初に遭遇したのは儂じゃないかと、訊いてきたくらいじゃしな」
俺は頷いた。
「ええ……実は昨日、依頼を聞いた時に、少し引っ掛かっていたんです。リジャールさんはあの時、魔物退治ではなく、坑道調査の護衛をお願いしたいと言ってましたのでね。それに加え、俺達が案内されたあの部屋には、沢山の鉱石などが置かれていた事と、この坑道に来るまでの森の道は、人が頻繁に行き来きするような道ではない事、そして通路床の足跡について訊ねた時、リジャールさん自身が村人の出入りはないと言っていたので、この坑道に用がある人となると、消去法でリジャールさんくらいしか思い浮かばなかったんですよ。おまけに魔物達は、村の中ではなく、坑道内に棲みついたとリジャールさんも言ってましたしね。だからそういう結論に達したんです」
「なんじゃ、その時からか」
今の話を聞くなり、リジャールさんはキョトンとした表情になった。
そして、豪快に笑いだしたのである。
「カッカッカッ、まったく、お主はという男は目ざとい奴じゃのぅ。いや、冷静に物事を良く見ていると言うべきか。まぁええわい。それはともかく、先程の質問じゃが、お主の推察通りじゃ」
「やはりそうでしたか」
リジャールさんは頷くと続ける。
「実は今から10日ほど前、一度だけ、儂とカディス達は坑道内に足を踏み入れたのじゃが、その時、坑道の奥から岩を削るような音が聞こえてきたのでな、もしやと思ってたんじゃよ。まぁでもその時は、魔物が吐く毒の息に当てられて酷い目に遭ったもんじゃから、すぐに退却したがの」
事情は大体分かったが、まだ1つ引っ掛かっている事がある為、俺はそれを訊ねた。
「ではもう1つ訊きますが、リジャールさんはヴァイロン達兄妹の目的が何なのかを知っているのですね?」
だがリジャールさんは首を横に振った。
「さぁの……そればかりはわからぬ。じゃが、儂と同じモノを探していた可能性は十分にあるじゃろうな……」
リジャールさんは目尻を下げ、悲しげな表情を浮かべた。
どうやら、この表情を見る限り、色々と複雑な事情があるようだ。
「あの……差支えなければ、お聞かせ願えないでしょうか?」
リジャールさんは探るような眼で俺達を見てゆく。
程なくして、リジャールさんはゆっくりと首を縦に振った。
「わかった……話そう。じゃが、他言は無用じゃぞ」
俺達はそこで顔を見合わせると、互いに頷く。
皆を代表し、俺が返事をした。
「他言はしません。皆、口は堅いので安心してください」
「うむ。では話そう……」
リジャールさんは目を閉じ、少し間をおいてから、静かに話し始めた。
「モルドの谷を抜け、バルドア大平原を王都方面に向かって進んで行くと、ルーヴェラという大きな街があるのじゃが、そこに儂の嘗ての弟子であるフレイという名の男が住んでおった。フレイとは20ばかり歳が離れておったが、非常に優秀な弟子でな。錬成の腕前は師である儂に勝るとも劣らずといったところじゃ。まぁそれもあってか、儂等は師弟というよりも友人といった方がしっくりくる関係でもあった。で、そのフレイにじゃな、儂はヘネスの月の中頃、ルーヴェラとガルテナ間を行き来するバートン便で書簡を送ったのじゃよ。内容は、儂等が長年探し求めている『無垢なる力の結晶、ヴァナドリアム』についての事じゃ。じゃがの……それから10日ばかり経った頃じゃった。フレイは何者かに殺されてしまったのじゃよ。しかも、自分の家での」
「殺された……」
無垢なる力の結晶、ヴァナドリアム。
ソーンのオッサンが言っていたやつだろうか。
なにやらキナ臭い殺人事件だが、今はとりあえず、リジャールさんの話を聞こう。
リジャールさんは頷くと続ける。
「ああ、殺されたのじゃ。で、話を戻すが、当時、儂はそれを人づてに聞いたもんじゃから、急いでルーヴェラへと向かった。勿論、事の真偽を確かめる為にの。……じゃが、結果は噂の通りであった。儂がルーヴェラを訪れた時には、もう既に葬儀も終わっており、フレイは墓の中だったのじゃよ。……儂は墓前で友人の死を悲しんだ。こんな老いぼれよりも先に逝ってしまいよって……とな。じゃがの、そこで少し引っ掛かる事があったのじゃ」
「引っ掛かる事?」
リジャールさんは頷くと目を閉じた。
当時の事を思い出してるんだろう。
「うむ。それはの、フレイが殺される理由が分からなかったのじゃよ。フレイは恨みを買うような男ではなく、人の良い男じゃったからの。じゃから、儂はその理由が知りたかった。近所の者達に色々と事情を訊いて回り、それから殺害現場であるフレイの家の中を少し調べる事にしたのじゃ。儂はフレイの部屋を念入りに調べた。じゃが、手がかりになるような物などは何も出てこなかった。そして、もうそろそろ引き上げようかと思った、丁度その時じゃった」
リジャールさんは歯を食いしばるように、そこで言葉を切った。
嫌な記憶を思い出し、悔やんでいるのだろう。
リジャールさんは体を震わせ、目を閉じ、話を続けた。
「机の上に、無造作に置かれた封筒が儂の目に飛び込んできたのじゃ。ちなみにそれは、以前、儂がフレイに宛てて送った書簡の封筒であった。儂はそれを手に取って確かめたが、中は空っぽであった。じゃが、アレはあまり人目に触れさせるのは不味いので、儂は慌てて書簡を探した。しかし……幾ら探せども、儂がしたためた書簡は見つからなかった。その為、儂は諦め、とりあえず、ルーヴェラを後にしたのじゃよ。そして……それから10日くらい経ったある日の事……儂が村の者1人を連れて坑道にやって来た時じゃった。そこで儂は、あの死体の魔物と初めて遭遇したのじゃ。そこから後はもう、お主も知っている通りの展開じゃよ……」
そしてリジャールさんは、大きく溜め息を吐いたのである。
まさか、殺人事件が起きていたとは……。
「そうだったのですか。つまりリジャールさんは、以前、坑道に踏み込んだ時に聞こえてきた掘削の音を聞いて、したためた書簡の内容が漏れたのでは……と考えたわけですね?」
「ああ、その通りじゃ。でなければ、この採りつくしたラウム鉱採掘跡に、わざわざ採掘しに来るなんて事はないからの」
「確かにそうですね……。ちなみにですが、送った書簡には具体的にどんな事を書かれたのですか?」
「掘削の資金が出来た事や、掘って行くルート、それと大まかな計画じゃ」
これで事情は飲み込めたが、俺は気になった事が幾つかあった為、それを訊ねる事にした。
「リジャールさん、先程、無垢なる力の結晶という言葉が出てきましたが、それは一体何なのですか?」
「無垢なる力の結晶……これはな、儂等、錬成技師の間では幻の錬成素材と呼ばれているモノじゃ。イシュマリア誕生以降、未だ嘗て誰もそれを見た者はいないと云われておる」
「幻の錬成素材という事は、恐ろしく貴重な上に、採取が極めて難しい素材なんでしょうね」
「うむ、その通りじゃ」
ここで、ソーンのオッサンが言っていたヴァナドリアムという単語が俺の脳裏に過ぎる。
しかし、今はリジャールさんの話を聞くのが先決なので、とりあえず置いておく事にした。
「儂は若い頃、ラミナスのコムンスールにて魔法錬成の技法を学びに行っていた事があるのじゃが、そこで儂は『賢者の石』を作り上げたという、古の賢者エリュシアンが書き記した古代文献を目にする事があったのじゃ。それにはこう書かれておった―― 無垢なる力の結晶を見つけし者は、大いなる力を得ることが出来よう。しかし、手にしようとする者は心得るがよい。初めて手を触れる者の魂が邪悪なる存在だったならば、邪悪なる力の結晶へと変わり、初めて手を触れる者の魂が善良なる存在だったならば、善良なる力の結晶へと変わるであろう。無垢なる力は初めて手にする者が、その運命を決める ――とな。まぁ儂も実際に見たわけではないので、どういうものなのかは流石にわからぬが、要は、初めて手に触れた者次第でどうにでも変わる力の結晶という事なのじゃろう」
と、そこで、イアちゃんの驚く声が聞こえてきた。
「リジャールさんはコムンスールで学んでおられたのですか!?」
「イアちゃん、コムンスールって、何?」
「コムンスールは、ラミナス最高の魔法技術研究機関の事です。相当優秀な者でないと、その門を潜れないとも言われておりますから、リジャールさんは凄い方なんだと思います」
「まぁ儂の場合はラミナスの者達とは少し事情が違うわい。イシュマリア王の命令で、学びに行っていた身分じゃからな」
リジャールさんはこう言っているが、エリートばかりの研究機関に派遣されるという事は、相当優秀な筈だ。
ボンクラをそんな所に行かせるわけないだろうし……。
それはさておき、俺は質問を続けた。
「話を戻しますが、リジャールさんは、その無垢なる力の結晶とやらを見つけたのですか?」
リジャールさんは首を横に振った。
「いや、見つけたわけではない。じゃがの、そうではないかと、儂は見ておるんじゃよ」
「という事は、何か根拠があるんですね」
「うむ。儂とフレイは今から20年前、魔鉱石についてイシュマリア城で調べていた時に、ある事実に気が付いたのじゃよ。それは賢者エリュシアンが無垢なる力の結晶を探し当てた時の状況と、このガルテナの状況が酷似しておるという事じゃ。それからというもの、儂等は、このガルテナのラウム鉱採掘跡について色々と細かく調べ始めた。じゃが、年月が経つにつれ、古い文献や僅かな期間の現地調査で得られる情報では、もう限界が来ておったのじゃ。その為、儂は今から15年前、年齢を理由にイシュマリア城直属の魔法銀錬成技師の職を辞すると、こちらに移り住み、フレイはその3年後にルーヴェラへと移り住むことによって、儂等は本格的な現地調査を開始したのじゃよ」




