Lv.75 リュシアの松明
[Ⅰ]
今現れた魔物との戦闘結果だが、やはり向こうで戦った魔物達と同様、呆気なく終わってしまった。
カディスさんはそれを見て、さっきのように少し腑に落ちない表情だったが、暫くすると、こんなもんかと納得したようであった。
ちなみに、他の皆はそれほど気にしていないようだ。
実際問題、魔物が身動きしないので、普通はそう考えるのが当たり前なのかもしれない。
だがしかし……俺は、魔物を操る存在の可能性を前もって聞いている事や、ゲームに出てきたリヴィング・デッドの事を知っているので、流石に違和感が拭えないのである。
その為、俺はまた、あの液体を魔物達に振りかけておいた。
俺の予想が正しければ、この魔物達は後で動く可能性が大だからだ。
そう……しかるべき時に動く筈なのである。
(さて、こんなもんでいいか……これで大体かかっただろう……)
魔物を倒した俺達は、この空洞内を隅々まで調べた。
だが、ここにもリュシアという女性はいなかった。
あるのは瓦礫とガラクタだけである。
俺達はすぐにここを後にし、他の空洞へと移動を始めた。
その後も、同じような展開が俺達を待ち受けていた。
行く先々で、リヴィング・デッドだけが4体から6体くらいの集団で現れ、俺達の刃にかかって呆気なく倒れていったのである。
だがとはいうものの、何度か毒の息を吐きかけられて気分が悪くなる事はあったので、全て楽勝というわけにはいかなかった。
しかし、それを差し引いても、やはり、ゲームに出てきたリヴィング・デッドよりも弱いのである。
まぁそんなわけで、どこか釈然としないまま戦闘が終わってしまうわけだが、当然、俺は納得がいかない。
その為、俺はそれらの魔物全てに、あの液体を降りかけておいたのだ。が、しかし……そこで、少し気掛かりな事があった。
それは、リヴィング・デッドしか見ていないという事だ。
そう……俺達はまだ、床に沢山残されている大小様々な靴跡や、4つ足の主を見ていないのである。
この足跡の主達が今どこにいるのかはわからないが、俺達の行く手を阻む為に、いずれ必ず現れるに違いない。
[Ⅱ]
5つ目の大きな空洞にいた6体の腐った死体を全て倒したところで、他の者達は周囲の探索を始めた。
俺は今までと同じく、魔物達に聖水を降りかける事を優先する。
それから空洞内の探索に加わった。
ちなみにこの空洞の広さは、今まで見てきた空洞の5倍はありそうであった。
とはいえ、見るべきものは何もなかった。
なぜなら、瓦礫の山や、壊れた掘削道具、そして、朽ち果てた木製のトロッコがその辺に転がっているだけだからである。
勿論、ゲームのように宝箱が置かれている事もない。
せめて、毒消しの魔法薬とかでも落ちていると良かったのだが、当然の如く、そんな気の利いた物など落ちてはいないのである。
だが、収獲がなかったわけではない。
実はこの大きな空洞に来て、わかった事が2つあったからだ。
それは、ここには空気の流れが感じられるという事と、坑道内に響く、あのゴォォォという唸り声のような音が、段々と近くなっているという事である。
(あの唸り声のような音と、この空気の流れは何か関係があるのだろうか……)
それが気になったので、俺は近くで瓦礫の山を見ているリジャールさんに、今の事を訊いてみることにした。
「リジャールさん、さっきから時々聞こえる気味の悪い音なんですけど、何の音なんですかね? それと、坑道内に空気の流れを感じるのですが、どこかに通気口みたいなものがあるんですか?」
「ああ、それはじゃな、向こうの空洞から吹く風の音じゃよ」
リジャールさんはそう言って、次の空洞へと繋がる通路を指さした。
「え? という事は外との接点があるのですか?」
「まぁ接点と言えば接点かもしれぬが、次の空洞には隙間風が吹くところがあるのじゃ」
「え、隙間風?」
俺は首を傾げた。
当然だ。建付けの悪い家のように言うからである。
というか、洞窟にも隙間風があるようだ。
「うむ。次の空洞の左手には、行き止まりになった通路があるのじゃが、その突き当たりに、ひび割れのある大きな岩盤があってな、そのひび割れが外と繋がっておるもんじゃから、時折、隙間風が吹くんじゃよ。お陰で空気も薄くならずにすんでおる。まぁ早い話が、偶然できた通気口じゃな」
「なるほど……ひび割れからの隙間風ですか」
何か引っかかるところがあったが、今考えたところで答えは出ない気がした。
今は置いておくとしよう。
俺は質問を続けた。
「それと、一番奥にある空洞って、どういう感じなんですかね? 何か変わった特徴とかあるんでしょうか?」
「一番奥の空洞か? ああ、そういえば、奥の空洞からは通路が少し狭くなっておるんじゃよ。わかりやすく言うと、今まで進んできた通路の半分以下かもしれん。おまけに天井も少し低いしの。じゃから、この真ん中を走っている運搬車の道も、一番奥の空洞までは続いておらん。次の空洞で終わりなんじゃ」
これは重要な情報かもしれない。
「半分以下? ちょ、ちょっと待ってください。今、運搬車の終点が次の空洞と仰いましたが、という事は、奥の空洞に入る為の通路もそうなのですか?」
「ああ、そうじゃ。じゃから広い通路は、ここから次の空洞へと繋がっておるあの通路で終わりじゃ。それと、一番奥の空洞は落盤しやすいもんじゃから、村の者が間違って入らんよう、通路の入り口に鉄の扉を設けて鍵を掛けてあるしの」
「鉄の扉……」
リジャールさんの言葉を聞いた途端、俺の脳内が目まぐるしく回り始めた。
隙間風、奥の空洞に続く狭い通路、通路に設けられた鉄の扉、十字路になった一番奥の空洞、未だに姿を見せない足跡の主、なぜか弱いリヴィング・デッド、リュシアさんの行方、魔の瘴気、死体を操る者、そしてあの言葉……。
色々な疑問が浮かぶと共に、様々な仮説も浮かんでくる。
するとそこで、リジャールさんはポンと手を打った。
「あ、そうじゃ! 今の質問で言い忘れていた事があったわい」
「言い忘れていた事?」
リジャールさんは頷くと、周囲の壁に目を向けた。
「実はの、一番奥の空洞からはラウムの鉱床ではなく、普通の岩盤になっておるのじゃ」
「普通の岩盤? では、この先で魔鉱石は採れなかったという事ですか?」
「うむ、そのようじゃ。じゃがのぅ、このガルテナのラウム鉱床は、当時、物凄く期待されていたらしいのじゃよ」
今はあまり必要としない情報かも知れないが、とりあえず聞いておこう。
「という事は、その当時、豊富な埋蔵量があると見込まれていたのですね?」
「うむ。ここが稼働していたのは儂が生れるかなり前なのじゃが、イシュマリア城で保管されておる当時の記録には、こう書かれておった。―― イシュマリア歴1746年・アムートの月 第43代国王・アスタール王の命によって、オヴェリウスから調査団が派遣され、ガルテナ連峰の魔力調査が大規模に行われた。その結果、広範囲に渡って魔力のみなぎるラウム鉱床の反応があった為、アスタール王からアレサンドラ家に採掘令が下った ――とな」
「魔力のみなぎるラウム鉱床の反応ねぇ……しかし、それにしては坑道が浅いように感じるのですが」
これは俺の正直な意見であった。
慎重に進んでいるので時間は結構経っているが、入口からこの大きな空洞までの距離は、恐らく直線で100m程度だろう。
だが、俺はここよりもはるかに長い坑道距離を持つ日本の鉱山を知っているのだ。
それは、あの公害で有名な足尾銅山の事である。
俺の記憶が正しければ、足尾銅山の坑道距離は1200Km以上だったと記憶している。
それを考えると、少しというか、かなり浅いような気がしたのである。
だがとはいうものの、足尾銅山は江戸時代初期から明治時代までの400年採掘され続けてきた鉱山らしいので、勿論、この坑道と単純な比較はできない。
だが、それを差し引いても、少し浅いように思えたのだ。
ちなみにだが、なぜ俺が足尾銅山の坑道距離を知っているかというと、中学生の頃に学校のイベントで足尾銅山見学に行った事があり、その時案内してくれた人がそう言っていたのを覚えていただけの話である。
まぁそれはさておき、リジャールさんは俺の言葉に頷くと、残念そうに頷いた。
「お主の言う通りじゃよ。まぁ早い話が、調査結果に反して埋蔵量が少なかったというわけじゃ。そして落胆の声と共に、このガルテナのラウム鉱山は、30年という短い歳月で幕を下ろしたのじゃよ」
「なるほどねぇ、そういう事があったのですか……ン?」
と、その時であった。
「こ、これはリュシアの松明だッ!」
ヴァイロンさんの慌てる声が聞こえてきたのである。
俺達は一斉に振り返り、ヴァイロンさんの所へと駆け寄った。
「ヴァイロン、間違いないのだな?」
「間違いありません、カディスさん。こ、この印が何よりの証拠です」
ヴァイロンさんは震える手で、松明の柄の部分を指さした。
するとそこには、赤く細い紐のような物が巻かれていたのである。
カディスさんは険しい表情になり、皆の顔を見回した。
「リュシアの身に何かあったようだ。先に進むぞ!」
それを合図に、俺達は急ぎ、この場を後にしたのであった。




