Lv.72 ラウム鉱採掘跡
[Ⅰ]
坑道入口の異変を感じた俺達は、程なくして現場に到着した。
そこは頭上を覆う枝葉も無い為、澄みきった青い空から眩い光が降り注いでおり、辺り一面に生える草花が生き生きとした明るい世界であった。
平穏な時だったならば、薄暗い森の中から出てきた反動で、凄く爽やかな気分になれただろう。
だが、今は非常時である。
とてもそんな気分にはなれなかった。
坑道の入口付近には、武器を構える冒険者達の物々しい姿があったからだ。
(何があったんだ、一体……おまけに、誰か倒れてるな)
俺達は急いでそこに駆け寄ると、そこで、冒険者の若い男が俺達に振り返った。
「カディスさん! た、大変ですッ!」
「一体、何があった?」
「さっき突然、坑道の中から魔物がドッと現れて、ヴァイロンさんがかなり深い傷を負ったんです。ですが、リュシアさんはヴァイロンさんが死んだと思ったのか、逆上してしまって……1人で坑道の中に入ってしまいました」
冒険者の男はそう言って、坑道の入口と、地面に伏せる白いローブを着た男を指さした。
「何だと……」
カディスさんは顔を顰める。
俺はそこで、負傷したヴァイロンと呼ばれた男に視線を向けた。
男は今、周囲の冒険者達に、レアと癒しの魔法薬で治療してもらっていた。
白いローブは所々、真っ赤な血で染まっている。
見るからに重傷といった感じだ。
カディスさんは険しい表情で、坑道の入口に視線を向ける。
「仕方ない……俺達が連れ戻すしかないな」
「ま、待ってくださいッ!」
そこで声が上がった。
声の主は、地に伏せるヴァイロンという男であった。
ヴァイロンは、右手で左肩を押さえながら立ち上がる。
若い人間の男で、年は20代半ばといったところだろうか。
しかも、すんごい美肌の中性的なイケメンで、女には不自由して無さそうな顔つきである。
勿論、髭などは生やしていない。
線が細く、目鼻も美しい顔立ちであった。
またそれに加え、風に靡くサラッとしたきめ細かな長いブロンドの髪が、より一層、この男をカッコよく引き立てているのである。
だが、どことなくではあるが、冷たい雰囲気を感じる男であった。
もしかすると、女関係にはドライな性格なのかもしれない。
まぁそんなどうでもいい話はさておき、ヴァイロンという男はカディスさんに向かい、必死の形相で頭を下げた。
「カ、カディスさん。妹が逆上して、1人で坑道の奥の方に行ってしまったッ。お願いだッ! リュシアを連れ戻す為に、俺も貴方達に同行させてくれッ。たった1人の家族なんだッ」
カディスさんは眉間に皺を寄せる。
「しかし、ヴァイロン……お前は今、死ぬかもしれない程の深い傷を負ったのだぞ。大丈夫なのか?」
「傷はもう大丈夫です。坑道内では勝手な行動はしないと誓うよ。だから、お願いだ。リュシアを救出する為に俺も同行させてくれッ」
カディスさんはそこで、リジャールさんに視線を向けた。
リジャールさんは頷く。
「仕方あるまい。この入口の警護は多めに冒険者を配置してあるから、少し欠けても暫くは影響ないじゃろ」
「あ、ありがとうございます。リジャールさん」
ヴァイロンという男は感謝のあまり、リジャールさんに祈りを捧げるポーズをした。
「礼を言うのは後じゃ」
リジャールさんはそこで、ここのリーダーと思われる剣士に視線を向けた。
「では、我々はこれより中に入る。じゃが、我等が坑道内に入る事によって魔物どもも騒ぐじゃろう。それが原因で、外に出てくる魔物もいるやもしれぬ。じゃから、外で待機する者達も、そのつもりで事に当たってほしい。そして村へ魔物を近づけぬように十分注意してくれ」
「はい、わかっております。ですが、中は相当危険だと思われますので、お気を付けてお進みください」
「うむ。では行くかの、各々方」
この言葉を合図に、俺達は魔物の蠢く闇の世界へと足を踏み入れたのである。
[Ⅱ]
薄暗い坑道内に足を踏み入れたところで、リジャールさんはグローラムを使って明かりを灯した。
その瞬間、坑道内の様相が露わになる。
壁や天井は凸凹とした青や茶色の岩肌で、床にはトロッコが走っていたのか、2本のレールみたいな物が真っ直ぐに伸びていた。
モロに、坑道といった感じの様相である。
通路の幅は、縦が約3mに、横が約5mあり、そこそこ広めだ。
とはいえ、外からの光が満足に届かないのもあってか、少し圧迫感のある通路であった。
しかし、それ以上に嫌なことがあった。
坑道内のカビ臭い空気に混じって、妙な腐敗臭が漂っていたからである。
この臭気に当てられて、俺のテンションはさっきから下がりっぱなしだ。
(くっさ……何だよこの腐ったような臭い……きっつ……)
俺は服の袖で鼻を覆った。
ハッキリ言って気分は最悪である。
恐らくだが、これは腐敗した死体の放つ臭いなのかもしれない。
他の者達も鼻を覆ったり、摘まんだりしていた。
まぁこうなるのも無理はない。
それ程に嫌な臭いなのである。
だが、俺はそれよりも、この通路内を見ていて少し気になる事があった。
天井や壁や地面には、青い粉状の物が表面に付着していたからである。
(この青い粉は……魔鉱石ラウムの埃かな)
俺は好奇心から、壁に少し触れてみた。
指先に青い粉が付着する。
微妙に砂鉄っぽい感じだ。
すると、リジャールさんが小声で話しかけてきた。
「それはラウムを切り出した時に出た粉末じゃよ。ラウムは青い魔鉱石じゃからの」
小声なのは、敵にばれないようにする為だろう。
「では、これらの壁は全てラウムなのですか?」
俺も小声で返しておいた。
リジャールさんは頷く。
「うむ、これらは一応、全てラウム鉱じゃ。とはいっても、ここにあるのは残りカスみたいなもんじゃから、魔鉱石として価値など、とうに失っておるがの」
「へぇ、そうなんですか」
俺はそこで手に付着している粉末を払うと、もう一度、周囲に目を向けた。
今は残りカスかも知れないが、魔鉱石を採掘していた時代は、この坑道も賑やかだったのだろう。
「コタローよ、話は変わるが……お主はもう魔法書を使って、グローラムを習得したか?」
「ええ、習得しました」
「そうか、ならばよい。今は儂がグローラムを使うが、もし儂の魔力が残り少なくなったら、お主にお願いするとしよう」
「了解です」
リジャールさんはそこで、カディスさんに視線を向けた。
「さて、ではカディスよ、ここからはお主に頼むとしよう」
カディスさんは頷くと先頭に出た。
そして俺達に振り返る。
「敵はどこに潜んでおるか分からない。だから、全員が周囲に気を配りながら進んでくれ。それと、何か異変があったならばすぐに声を上げて、皆に知らせるんだ」
俺達は無言で頷いた。
「リュシア……今行くぞ」
ヴァイロンという男がボソリと小さく呟いた。
決死の表情である。
カディスさんは、ヴァイロンさんの肩にポンと手を置いた。
「ヴァイロン……まずは、はやる気持ちを落ち着かせろ。今は慎重に坑道を調べていく事を考えるんだ。もしかすると、リュシアは近くにいるかもしれない。それにリュシアも優秀な魔法使いなのだから、そうそう簡単にやられはせん筈だ。だから今は妹を信じるんだ。いいな」
「はい、わかっております」
カディスさんはそこで皆の顔を流し見た。
「ここからは、私とネストールが先頭を行く。後方はドーンとレイスさんにお願いしたい」
「わかった引受けよう」
「よろしく頼むぜ、レイスさん」
レイスさんとドーンさんはそこで互いに握手した。
「他の者達は我々に挟まれる形で進んでもらうことになる為、危険は減るが、それでも十分注意して進んでくれ。では、行くぞ」
カディスさんの号令と共に、今言った隊列に俺達は並びを変える。
そして俺達は、魔物の蠢くラウム鉱採掘跡を進み始めたのだった。




