Lv.105 泉での戦い
[Ⅰ]
建物の壁を背に、俺は入口の様子を窺う。
安全を確認した俺は、手振りで中へ入る合図をラティに送る。
そして、物音を立てないよう注意しながら、建物の中へと入っていった。
ラティも俺に続く。
建物の中に入った俺達は、20m程の通路を慎重に進む。
その先は白く明るい部屋があった。
俺は忍び足でその部屋に近づき、中の様子をそっと窺った。
すると次の瞬間、うつ伏せになって倒れている2人の女性神官が、俺の視界に入ってきたのである。
(あの神官達も、さっきの奴に眠らされたみたいだな……。まだここに奴がいるかもしれない。とりあえず、室内を確認しよう)
俺は周囲を警戒しながら、室内の隅々に目を向けた。
一通り見回したところで、俺とラティはホッと安堵の息を吐いた。
なぜなら、目に付く物と言えば、周囲の壁に描かれた神秘的な女神の壁画と、奥の壁に設けられた扉だけだったからだ。
あの怪しいローブ姿の者はどこにも見当たらなかったのである。
俺は一息ついたところで、倒れている女性神官に目を向けた。
ここから見る限り、2人の女性神官に怪我は無いようだ。
また、身体が僅かに動いているところを見ると、呼吸はしているみたいである。
多分、外の女性騎士達と同じで、眠らされているのだろう。
と、そこで、ラティが耳打ちしてきた。
「し、死んどるんかな?」
俺も小声で答えた。
「いや、呼吸はしているから、外の騎士達と同じで、眠らされているんだろう。ところでラティ、この奥はどうなってるんだ?」
「この奥は、多分、泉やないか。さっきの奴はそこやと思うで」
「泉か……よし、行ってみよう」
俺は物音を立てないよう注意しながら、忍び足で扉の前へと向かう。
すると扉に近づくにつれ、話し声が聞こえてきたのだ。
扉の前に来た俺は、その話し声に耳を傾けた。
「なにを……」
「……きまって……あなた……ことだ……」
話し声は男と女の声であった。
だが、ハッキリと聞き取れないので、何を話しているのかが全く分からない。
その為、俺は扉を少し開き、隙間から向こうの様子を窺う事にしたのである。
俺は扉を3cm程開き、そこから中を覗き込む。
狭いながらも向こうの様相が見えてきた。
するとそこは、白く美しい石で造られた部屋の中心に、丸い泉があるという構図の四角い大きな部屋であった。
泉の周囲には光る8本の柱が規則正しく立っており、それらの光が反射して泉は美しく輝いていた。
その様子は、まるで泉自体が光を満たしているかのようである。
またその他にも、ラベンダーのような芳しい香りも漂っており、非常に清潔感の漂う空間となっていた。
隙間から見える部屋は、そんな、穢れの無い美しい所であった。
だがしかし、それは普段ならば、と付け加えなければならない。
なぜなら今は、そんなモノなど微塵も感じさせない事態が起きているからである。
(女性の方はともかく……なんなんだアイツは……魔物か?)
俺の目に飛び込んできた光景……それはなんと、漆黒のローブを身に纏う何者かが、泉の中にいる美しい女性を威圧している姿であった。
そして、泉の中の女性はというと、青褪めた表情を浮かべながら、ジリジリと後退りしているところなのである。
ローブ姿の者は、後ろ姿しか見えないので、その表情は窺い知れない。
また、女性は逃げ道を探しているのか、険しい表情で周囲を見回しているところであった。
その緊迫した空気に、俺は生唾をごくりと飲み込む。
と、その時である。
ローブ姿の者が、不敵な笑い声を上げたのだ。
「ククククッ、幾ら見回したところで、周りは石の壁だ。逃げ道などはございませんよ、フィオナ様。さて、御覚悟はよろしいですかな。なあに、貴方には眠っていてもらうだけですよ。ただし、決して目覚める事のない、呪いの眠りですがね。クククッ」
声を聞いた感じだと、ローブ姿の者はどうやら男のようだ。
人間かどうかわからないが、とりあえずは男という事にしておこう。
ローブ姿の男は捻じ曲がった杖を上に掲げた。
先端に深紫色の水晶が付いた杖である。
「フィオナ様、何も心配しなくてもいいのですよ。痛くはありませんのでね。クククッ」
と、その直後、フィオナと呼ばれた女性は、ローブ姿の男に向かい、呪文を唱えたのである。
「ギルラーナ!」
女性の手から火炎が放たれ、ローブ姿の男はモロにそれを浴びる。
だが……ギルラーナの炎を浴びているにもかかわらず、男は愉快そうに笑っていた。
「クククッ、この衣は攻撃魔法に対して耐性があるので、その程度の魔法など恐れるに足りませんよ。さて、では、もう眠ってもらうとしましょうか」
女性が青褪めた表情を浮かべる中、男の持つ杖の水晶が、不気味に怪しく輝き始めた。
またそれと共に、嫌な魔の瘴気も漂いだしたのである。
直感的に、今の内に何とかしないと不味いと思った俺は、ここでラティに1つお願いをした。
「ラティ、奴と戦う事になるから、外で入り口を見張っていてくれ。誰か来たらすぐに知らせるんだ。良いな?」
「お、おう、わかった。コタローも、気ぃ付けなアカンで」
「ああ」
ラティはそう言って、この部屋を後にした。
するとその直後、ソーンのオッサンが小声で俺に話しかけてきたのである。
「コタローよ……我は、奴と戦うのをあまり薦めん。が、戦うのならば1つ忠告しておこう。奴の持つ杖に注意しろ。あれは恐らく、夢見の邪精を封じた呪われた武具だ。夢見の邪精に憑かれると身体を乗っ取られるぞ」
「おいおい……このタイミングでそれを言うか……」
お陰で決心が鈍ってきた。
だが、そんなやり取りをしている最中にも、扉の向こうに見える黒いローブ姿の男は、既に次の動作へと移ろうとしているところであった。
(チッ、不味い。あの子に杖を向けてやがる。もう悩んでる時間がない)
俺はそこで魔法を行使する事にした。
扉の隙間から右手を伸ばし、男に狙いを定める。
そして、俺は呪文を唱えたのである。
「ファーラミ!」
直径1m大の火球が男の背中に直撃する。
火球は爆ぜ、男を包み込んだ。
男の苦悶の声が聞こえてくる。
「グァァァ! こ、これは、ファーラミの炎!」
この様子を見る限り、多分、少しはダメージがあったという事なのだろう。
まぁまぁの攻撃力があるファーラミを選択して正解だったようだ。
しかし……これで止めを刺せるほど、甘くは無いようである。
なぜなら、奴自体がピンピンしている上に、炎も既に沈静化しつつあるからだ。
炎が消え去ったところで、ローブ姿の男はこちらに振り向き、怒りの言葉を投げかけてきた。
「おのれェェ、何者だッ!」
手を出した以上はやるしかない。
(すぐに魔法を行使できるよう、今の内に魔力分散作業をしておこう……)
俺は魔力制御しながら扉を開き、奴の前に姿を現した。
「ただの通りすがりだよ。アンタさ、その女性を眠らせようとしてたみたいだが……眠らせて何するつもりだったんだ? 悪戯でもするつもりだったのか、この変態野郎」
余裕のある言い回しで啖呵を切ったが、内心ビクビクであった。
当然である。
相手は得体の知れない奴だからだ。
しかし、だからといって弱気を見せると相手を調子づかせてしまうので、この対応は止むを得んのである。
どんな相手かわからん以上、必要な措置なのだ。
いきなり、わけのわからん特技を繰り出されて酷い目に遭わない為にも……。
俺がそんな事を考える中、ローブ姿の男はフードで覆い隠した顔を向け、こちらをジッと窺っていた。
少しは警戒してくれているみたいである。
とりあえず、余裕のある演技が功を奏したのだろう。
「フン……見たところ、魔法使い1人だけか……まぁいい。まずは貴様に呪いを施してやろう」
ローブ姿の男は俺に杖を向けてきた。
だがしかし!
「ファーラミ!」
既に魔力分散作業を終えている俺は、そこで両手を奴に突きだし、ファーラミを2発お見舞いしてやったのである。
ちなみに、2発の内の1発は杖を持つ手に向かって放っておいた。
やはり、あんな話を聞いてしまったからには、無視することは出来ないからだ。
放たれた2つの火の玉は、容赦なくローブ姿の男に襲いかかる。
「なッ、ファーラミを2発だと! グウォォォ!」
ファーラミの直撃を受けたローブ姿の男は、勢いよく吹っ飛んでゆき、反対側の天井付近の壁に激突すると、床にドサッと落ちてきた。
また、男が持っていた妙な杖も、今の衝撃で吹っ飛び、部屋の片隅をコロコロと転がっているところだ。
(よし、計画通り!)
俺は内心ホッとしながら、そこで泉にいる女性に目を向ける。
すると女性は、この突然の事態に、ただただ震え、呆然と眺めているだけであった。
無理もない。
俺も逆の立場なら、こうなっていただろう。
色々と説明をしないといけないのかもしれないが、まだ戦いは終わっていない。
その為、俺はローブ姿の男を注視しながら、追加のファーラミを放つ為の魔力分散をすぐに始めたのである。




