Lv.100 巡礼地ピュレナ
[Ⅰ]
夜の帳が下りる前に、巡礼地へと到着した俺達は、ラティの指示に従い、まずは湖畔の方へと移動する。
それから適当な場所で、レイスさんは馬車を停めたのだった。
馬車を降りた俺は、大きく背伸びをしながら周囲を見回した。
断崖に彫りこまれた大きな女神像と、幾つかの美しい神殿が視界に入ってくる。
そして、そこへと向かう沢山の巡礼達の姿も。
また、俺達がいるこの湖畔も同様で、沢山の馬車や馬で少々混雑した感じになっていた。
まぁ予想していた状況ではあるが、実際にこの混雑ぶりを見ると、流石に圧倒されてしまう。
(凄い混雑してるな……まぁそれだけ、この国の人々には重要な施設なんだろう)
道中、アーシャさんが巡礼地ピュレナの伝説を話してくれた。
巡礼地ピュレナは、イシュマリアに住む者達にとって、特別な意味を持つ聖地の1つだと。
(アーシャさんが言うには……光の女神イシュラナが、御子であるイシュマリアに、破壊の化身ラルゴを倒す為の秘術を授けた地がピュレナらしいからな。そして、秘術を授かったイシュマリアは、このピュレナからラルゴの住まう魔境アヴェラスへと旅立ったと、言い伝えられているんだったか……)
つまりここは、女神イシュラナが啓示を示した地でもあり、イシュマリアの足跡を辿るという意味においても、非常に重要な聖地なのである。
だがしかし……俺はそこで少し気になる事があった。
なぜなら、神殿の入り口や周辺が、やけに物々しい警備になっていたからだ。
しかも、警備しているのは、磨き抜かれた銀の重装備に白いマントという、見るからに精鋭部隊といった感じであり、明らかにその辺の兵士とは装備のレベルが違うのである。
俺も街にあるイシュラナ神殿には何回か訪問した事があったが、こんな物々しい光景を見る事はなかった。
というわけで、ラティに訊いてみるとしよう。
「なぁラティ、神殿の警備がやけに物々しいけど、ピュレナはいつもこんな感じなのか?」
「いや……あんなに厳重な警備はしてへんわ。でも、あれはこの神殿の者やないな。あのマントの中央に描かれた光と剣の紋章はイシュマリア王家の紋章やから、多分、王族の近衛騎士やと思うで」
俺はマントの紋章に目を凝らした。
ラティの言うとおり、西洋剣の先端が光輝くシンボルが描かれている。
あれが王家の紋章のようだ。
「近衛騎士……。てことは、今日は王族が来ているのか?」
「多分、そうやろ。ここは王族の者もよく来るさかいな」
「ふぅん、そうなのか」
王族がよく来るというのが、少々意外ではあった。
だが、このピュレナの言い伝えを考えると、イシュマリアの血を引く王族にとっては無視できない場所だ。
確かに、普通の事なのかもしれない。
「ま、そういうこっちゃ。さて、それじゃあ目的地に着いた事やし、向こうにあるガテアの広場に行こっか。案内するわ」
ラティはそこで、女神像の前に幾つか建ち並ぶ建造物の1つへ視線を向けた。
「でも、馬の世話をしなきゃならんから、全員てわけにはいかんだろ。誰かがここに残らないと」
するとレイスさんが手を上げた。
「馬と馬車は私が見ておこう」
「え、良いんですか?」
「ああ。それに一応、馬車にも屋根はある事だしな。私だけならどうとでもなる」
まぁ確かに馬車ならば、1人分の就寝スペースは確保できる。
ここはレイスさんの言葉に甘えさせてもらうとするか。
「じゃあすいませんが、レイスさん、馬の世話と見張りをよろしくお願いします」
「うむ。了解した」
その後、俺達4人は、ルーヴェラで購入した簡易寝具や道具等の荷物を馬車から降ろした。
そして、各自がそれらの荷物を少しづつ持ち、俺達はガテアの広場へと向かって移動を始めたのである。
[Ⅱ]
コタロー達が、巡礼地ピュレナに到着する少し前の事。
太陽が沈み始めた時間帯の話である。
丁度その頃、断崖に彫りこまれた女神像へと続く通路に、複数の人影があった。
先頭には赤や白の神官服を纏う者が数人おり、続いて、高貴な佇まいの美しい少女が1人いた。
その少女は、紅白の生地で彩られた美しい衣を纏い、長く赤い髪を靡かせ、額には金のサークレットを抱いている。
この中では、一際存在感を放つ少女であった。
また、少女の後方には、赤いマントに身を包む若い女性騎士が1人と、白いマントを纏う若い女性騎士が数人おり、少女を守るように歩を進めているのである。
この者達が向かう先には、断崖の女神像の足元にある巨大な台座があった。
台座には、大きな金色の扉が設けられており、訪れる者を静かに待ち受けていた。
一行はそこへ向かい、歩を進める。
程なくして、巨大な台座の前へとやってきた一行は、扉の前で立ち止まった。
そこで神官の1人が解錠し、金色の扉を左右に開く。
扉が完全に開かれたところで、神官は少女に向かい、恭しい所作で中へ入るよう促したのである。
「ではフィオナ様……神授の間への道は開かれました。中へお進みください」
フィオナと呼ばれた少女は無言で頷くと、神妙な面持ちで通路の奥を見詰め、意を決したように口を開いた。
「では……行きましょう」
少女は、艶やかな赤く長い髪を颯爽と靡かせながら、神官と護衛を引き連れ、通路へと足を踏み入れた。
台座の中へと入った一行は、その先に続く、魔物と人々の戦いが描かれた壁画の通路を脇目もふらずに進んで行く。
程なくして、一行の前に白い壁が現れた。
通路はそこで行き止まりであり、壁の中心には、イシュラナの紋章が大きく描かれている。
一行はその壁の前で立ち止まった。
そこで、先程の赤い神官服を纏った神官がフィオナに頭を垂れ、恭しく口を開いたのである。
「これより先は、イシュマリアの血族にのみ許された聖域。我等はこちらで、フィオナ様の帰りをお待ち致しております」
フィオナは無言で頷くと、白い壁へと近づく。
そして、イシュラナの紋章に手を触れ、静かに言葉を紡いだのだ。
「我が名はフィオナ・ラインヴェルス・アレイス・オウン・イシュマリア。女神イシュラナが御子であるイシュマリアの末裔なり、ここにその証を示す。―― マルゴー・ケイル・ラーヒ ――」
次の瞬間、イシュラナの紋章が眩く光り輝き、白い壁が横にスライドしていった。
壁の向こう側が露になる。
するとその先も、壁画の通路が続いていた。
だが、今までのような通路ではなく、白く淡い光が漂う安らぎを感じさせる不思議な通路であった。
「ではこれより、神託の間へと行ってまいります。ここで暫し、お待ちください」
フィオナはそう言うと、居ずまいを正し、通路に足を踏み入れる。
その直後、白い壁は部外者を遮るかのように閉まり、この場はフィオナだけとなった。
背後の壁が閉じたところで、フィオナは前へと歩き始めた。
通路の先は、行き止まりとなった広い空間となっていた。
だがここだけは外の大地と同様、赤い岩がむき出しとなっている。
しかし、外界と切り離されたかのように、静かで厳かな場所であった。フィオナの息遣いが響くほどに。
但し、この空間はただ一点を除き、何もない部屋であった。
部屋の中心には、天井にまで届く、大きな白い丸柱があるのみ。
それは、直径2メートルはあろうかという太い柱で、イシュラナの紋章が描かれていた。
それ以外、他は何もない。
フィオナはその白い柱の前で立ち止まり、大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。
そして、柱に描かれたイシュラナの紋章に両掌を当て、フィオナは静かにゆっくりと言葉を紡いだのである。
「……我が名はフィオナ・ラインヴェルス・アレイス・オウン・イシュマリア。第50代イシュマリア国王 アズラムド・ヴァラール・アレイス・オウン・イシュマリアが次女であります。……遥かなる天上より、慈愛の光にて世を包み、我等を見守りし女神イシュラナよ……。今一度、我が問いかけに、お答えください……」――




