13. プロの真骨頂(しんこっちょう)
みんなの視線が二人へと釘付けになる中、室内は静まり返っていた。その時、凍りついた空気をついて、柔らかくも毅然とした声が響き渡った。
「皆さん、落ち着いてください」
リズベットだった。彼女は動転して震えているミナの肩を優しく叩いて落ち着かせると、コレットの傍らへと歩み寄った。焦げた部分に触れてみると、損傷は深刻だった。タンパク質が完全に焼けてしまい、修復は不可能な状態だった。
(カットするしか方法はないわね)
即座に判断を下したリズベットは、アカデミー生たちを見回して静かに語りかけた。
「失敗は誰にでもあることです。けれど、本当のプロであるなら、その失敗を新しいトレンドに変えることができなければなりません」
リズベットが侍女たちに視線を向けると、ベティナが素早くリズベットのシザーベルトを持参し、装着を手伝った。
リズベットはシザーベルトから、ひんやりと光る美容ハサミを取り出した。指の間に馴染む懐かしい重量感を味わいながら手首を軽くスナップさせると、ヘアメイクとしての本能が目覚める心地がした。
「コレット、私を信じて任せてくれますか?」
「奥様のお心のままに」
コレットは躊躇なく答えた。
その瞬間、リズベットの両手が目まぐるしく動き始めた。
――シャキ、シャキッ!
リズベットは一筋の迷いもなく、コレットの焦げた髪を大胆に切り落とした。続いてクシを手に取り、コレットの髪をセクションごとに分けてピンで固定すると、再びハサミを握った。
その場にいる全員の視線がリズベットの指先に集中していたが、彼女は全く意に介さなかった。リズベットにとって、いまこの瞬間はコレットの骨格と毛質、そして頭の中に描く完成イメージだけが全ての領域だった。
いつしか、コレットのうなじがあらわになった。リズベットのハサミはそこで止まらず、徐々に前方へと進んでいった。それは単に一直線に切り揃えるカットではなかった。
後頭部から始まり、顎のラインに向かって自然に長くなっていく、シャープで洗練された角度の「Aライン」カットだった。彫刻を削り出していくかのように、リズベットのハサミが髪を整えていく。
続いて、ハサミを垂直に立てて毛量を減らし、質感を生み出すセニング(Thinning)技法が入った。重なっていた毛先が柔らかく散って収まり、コレットの真っ直ぐな首筋が美しいラインを描いて浮かび上がった。
いよいよ最後の仕上げだった。リズベットが軽やかにドライヤーの風を送り込むと、風に乗ってさらさらと揺れる、完璧なボリューム感のショートボブが完成した。
わずか数分の間に起きたこの劇的な変化を前に、見守っていた者たちはぐうの音も出ず息をのんだ。最も驚いたのは、コレット本人だった。
長い髪とは言え、いつも後ろで無造作に縛っていただけで、スタイル呼べるほどのものはなかった。今、鏡に映っていたのは、初めて目にする、知的で気品あふれる洗練された女性の姿だった。
「いかがですか? 普段とは違うスタイルにしてみるのも、悪くはないでしょう?」
コレットは呆然とした顔で頷いた。
*** ***
無事にヘアスタイリングが終わり、メイクまで終えた騎士たちは、リズベットに礼を述べてビューティーアカデミーを後にした。リズベットの前ではすまし顔を決め込んでいたものの、皆内心喋りたくてウズウズしていたのだった。
騎士たちは互いを珍しい見物人でも見るかのように観察し、批評し合うのに夢中だった。もちろん、真っ先に槍玉に挙げられたのはコレットだった。
「おいおい、こうして見るとマジで女だったんだな」
バートが冗談半ばに感嘆を漏らすと、若い男性騎士のハルが意地悪くからかった。
「本当だな。今までは胸の出た野郎かと思ってたぜ」
コレットが冷ややかに微笑みながら拳を握ってみせた。
「胸の出た野郎に、思いっきり殴られてみたい?」
ハルは真顔になって手を振った。
「冗談だよ、冗談! 今なら高貴な家柄の令嬢だって言われても信じるぜ」
女性騎士のスーザンは、コレットの前でまじまじと彼女を見つめながら感心した。
「一瞬でこんな風に変わるなんて。本当に魔法みたいだったわ」
「まったくだ」
他の者たちも相槌を打った。
「今日は最高の任務だったな。こんな任務なら、正直丸坊主にされたって喜んでOKだぜ」
「俺もだ。美味いものも腹いっぱい食えて、こうして顔もピカピカになったしな」
リズベットの配慮により、この日の業務はこれで終了となり、早期退勤が決まっていたため、全員の足取りは一層軽やかだった。
「皆、苦労だったな。……と言っても、苦労らしい苦労はなさそうだったが。本日はこれで任務終了とする。各自、解散!」
副隊長の解散命令が下りると、家庭のある者は即座に帰宅したが、独身の騎士たちはその場に残った。せっかく格好良く整えたのだから、そのまま家に帰るのはもったいないという理由からだった。皆で遊びに行こうと意気投合する中、コレットは輪から抜けた。
「ごめん。ノイドと街を散策する約束があるの」
「そうか? 残念だな。今日のハイライトはお前なのに」
「そうだぞ。今日が人生で一番綺麗な日だろ。こんな日はド派手に遊ばなきゃ」
「また今度ね。お先に失礼するわ、みんな楽しんできて」
コレットが手を振って先に立ち去ると、ハルが声を張り上げた。
「後で夜になったら『曲がり角の黒ヤギ亭』に来いよ! 多分そこに居るからさ!」
『曲がり角の黒ヤギ亭』は、内城の騎士たちの行きつけの酒場だった。
「考えておくわ」
コレットは軽やかに受け流すと、家路を急いだ。
*** ***
コレットが家に足を踏み入れると、外出の準備を終えて待っていたノイドの目が丸くなった。
「姉さん……髪、どうしたの?」
「リズベット様が直接整えてくださったのよ」
「すごいよ……こんな魔法もあるんだね」
「魔法じゃないわ。ハサミで切ってくださったの」
「ハサミでこんなことができるなんて、それこそ魔法みたいだよ。奥様は本当に何でもできるんだね」
ノイドは心から感心した。
無事に治療を終えて健康を取り戻した後、お礼を言うために伯爵夫人に謁見した日、ノイドは手作りの野の花のブーケとお礼の手紙を携えて行ったのだった。
リズベットはそれを喜んで受け取り、コレット姉弟と食事を共にしながら様々な話をしてくれた。楽しい時間を過ごして別れる際には、本が好きなノイドに貴重な本をプレゼントしてくれさえしたのだ。
元より伯爵夫人を深く尊敬していたノイドだったが, 直接会って以降は、まさに女神のように彼女を崇拝していた。
「どう? 変じゃないかしら?」
コレット自身はこの姿を気に入っていたが、ノイドには見慣れなく感じられるかもしれないと思った。
「ううん。すごく綺麗だよ。お姫様みたいだ」
ノイドは目を輝かせてニッコリと笑った。
「こんなに髪が短いお姫様がどこにいるのよ? とにかく、変に見えないなら良かったわ。さあ、市場を見て回ったり、美味しいものでも食べに行きましょう 」
「うん!」
コレットが差し出した手を素早く握りしめたノイドは、仲良く階段を降りて行った。




