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10. 招かれざる客

 メロヴィッツ王国との会談で披露する公演について話し合うため、レトナ内城へ赴いていたオロールが戻ると、下女から来客の到来を告げられた。王都から来たという父親と兄を名乗る男たちが訪ねてきたため、ひとまず応接室へ案内したとのことだった。


 オロールの胸がドスンと落ち込んだ。これまで「もしかして」と恐れていた事態が、ついに現実に押し寄せてきたのだ。


 オロールは動揺の色を隠し、屋敷の男たちに応接室の前へ集まるよう指示を出してから、まずは自分の部屋へと向かった。そして、個人金庫からいくらかの金を取り出すと、乗り気しない足取りに応接室へと向かった。


 オロールの身体を(むさぼ)ろうとする卑劣な貴族に彼女を売り渡し、事態の元凶を作った挙句、彼女の凄惨(せいさん)な負傷すら金で取引したのち、瀕死の彼女を冷酷に捨て去った者たちだった。


 生涯続いた暴力と暴言に押し潰された母親には何ら力もなく、無力な自分を責め続けた末に心を病んで息を引き取った。ジェルにエ侯爵らの助けによってオロールが生き延びる姿を見届けたことだけが、哀れな母親の最後の救いだった。


 オロールを売り払った見返りとして大金を手に入れた二人だったが、彼らにそれを管理する能力などあるはずもなかった。酒と賭け事、女で数年も経たずに使い果たすと、図々しくも再びオロールの周りに姿を現したのだ。


 ジェルにエ侯爵の顔色を伺って露骨には(うごめ)けなかったものの、隙を見つけては食いぶちの名目で金を(つよし)びり取っていった。オロールの妹はジェルにエの配慮によって侯爵家で働く者と結婚したおかげで容易には近づけず、一人身のオロールを御しやすいと踏んだのだ。


(どうにか私ひとりの手で解決しなければ。リズベット様にご迷惑をおかけするわけにはいかない)


 応接室の扉の前に立ったオロールは深呼吸をし、扉を開けた。


「おーう、オロール! わが娘よ! 本当に昔の姿に戻ったのだな!」

 部屋中に鳴り響くほどのガラガラ声で叫びながら、父親のサミーがガバッと立ち上がった。


 兄のジークも負けじと大声で捲し立てた。

「オロール、兄さんだぞ!」


 オロールは無表情を保ったまま、持ってきた小さな袋を彼らの前に放り投げた。

「旅費です。王都へお戻りください。そして二度と、ここへ足を踏み入れないで」


「親に向かってその態度は何だ! 生意気な奴め!」

 サミーが威嚇するように詰め寄ろうとした。


 どうせ言葉が通じる相手ではないことは重々承知していた。オロールは素早く扉を開け、声を張り上げた。


「お話しは終わりました。外へご案内して」


 オロールの言葉が終わるや否や、外で待機していた4人の男たちがどっと雪崩れ込んで来て、彼女の前に立ち塞がった。


「お引き取りを」

「何するんだ! 放せ!」


 ふたりの男は揉み合いながら粘ったが、男盛り4人の力には敵わなかった。


 男たちに押されながら出て行きざま、兄のジークが叫んだ。


「オロール! 伯爵夫人にお願いして、俺に仕事をひとつ作ってくれよ! お前を可愛がってるんだから、それくらい聞いてくれるだろ! それさえしてくれたら、今度こそ本当に真面目にやるから、な?」


 この土壇場にあっても、サミーは大声を張り上げていた。

「オロール! 女ひとりでこんなでかい屋敷に居ちゃダメだ! 家には男がいなきゃいかんのだ!」


 オロールは唇を固く結んで背を向けた。耳を塞ぎたい心境だったが、弱い姿を見せたくなくて必死に耐え忍んだ。


 一通りの騒動が過ぎ去り、ようやく静けさが戻ると、オロールは寝室へ行き、力なくベッドの端に腰かけた。


(結局、ここまで追ってきたのね)


 肉親という名の、逃れられない呪縛。


 ジェルにエ侯爵やリズベットが人間の高貴さを示しているのだとすれば、あの者たちはその対極、人間の最も卑しいどん底を露わにしているような存在だった。


 これまで身に沁みるほど味わってきたからこそ、オロールは二人を誰よりも熟知していた。あの者たちの図々しい要求が一回で終わるはずもなく、少しでも隙を見せた瞬間、オロールの人生に再び這い入ってくるだろう。


 仕事を世話してくれれば真面目に生きるという兄ジークの言葉など、一切信用していなかった。父親の悪癖をそのまま受け継いだジークは、怠惰で無責任な上にハッタリが強く、浪費癖が酷かった。


 きっと人々にオロールの名を騙り、さらにはクラヴァンテ伯爵夫人の名まで売り飛ばそうとするに違いない。


(リズベット様にこんな醜い姿をお見せするわけにはいかない。そのお名を汚すようなことがあってもいけない。けれど、どうすれば……)


 オロールは唇を噛み締めた。


 ヴィーチェから聞かされていた注意が頭をよぎった。


 ――リズベットには、人間の汚さや世の中の醜悪さをできる限り見せない方がいい。リズベットのように神性に触れている存在は、人間の基準では推し量れないんだ。

 人間に対して幻滅を感じたら、突然立ち去ってしまうことがあるからね。いつも気をつけなきゃいけないよ。


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