7. 悪党の処理
アルゼンとリズベットが部屋へと入った後、シャイナはテイトンに付いて外へ出た。外ではアルゼンの部下たちが野営の準備を進めていた。
「近くを通りかかった」というアルゼンの言葉とは裏腹に、兵士たちは誰も彼もが疲労困憊している様子で、その目は落ち窪んでいた。馬たちも疲れ果てた様子で脚を震わせ、水桶に頭を突っ込んで勢いよく水を煽っている。かなりの距離を全速力で駆け抜けてきたことが、一目で分かった。
「人間も馬もみんなひどく疲れ切っているみたいだけど、明日の朝に出発できるの?」
テイトンは造作もないといった風に答えた。
「皆タフな連中だ。一晩ぐっすり眠れば元通りさ」
そう言うと、テイトンはシャイナをちらりと盗み見た。
「単なる盗賊の類ではなく、傭兵崩れの連中だったようだが……何事もなくて幸いだったな」
「まあ、そうは言っても大した奴らじゃなかったよ。口先ばかりが粗暴で、中身のない連中でね」
「それでも油断は禁物だ。世の中には見かけで判断できない者も大勢いる」
「それって自分のこと?」
くすくすと笑ったシャイナが付け加えた。
「遊びじゃなくて護衛なんだから、そんなヘマはしないよ。熱意と誠意を込めて徹底的に叩きのめしてやったわ。……ところで、あの男たち、どうするつもり?」
「まずはレトナへ連行して徹底的に尋問せねばな。万が一にも背後関係があるやもしれん」
「武器や腕前を見る限り、誰かに雇われるほどの器には見えなかったけれど?」
「そのように見えるが、『万が一』というのは常に存在するからな」
「どちらにせよ、まともな死に方はできなさそうだね」
テイトンは冷淡に言い放った。
「ただの野盗の類であろうと違いはない。世に害悪を撒き散らす、虫ケラにも劣る連中だ。悪行の報いは当然受けさせる」
*** ***
リズベットとアルゼンに続き、トリシも部屋へ戻った後も、バルマン辺境伯家の女たちは応接室に残り、和やかに談笑に花を咲かせていた。
「何事もなく済んだからよかったものの、リズベット様に万が一の変事でも起きていたらと思うと……考えただけでもぞっとするわね」 エルザが胸をなでおろした。
「本当に。この程度で済んで何よりでしたわ」
義理の娘のアンヌと、長女のジョゼナが相槌を打った。
アンヌが言葉を続ける。
「リズベット様は『レトナの翼』に加えて『再生の秘術』という凄まじい奇跡まで起こされるほどの大魔導士でいらっしゃるのに、意外にもこのような危険には脆いのですね」
ジョゼナがそれに答えた。
「それは、魔導士たちにもそれぞれ専門分野があるからでしょう。攻撃魔法に特化した者もいれば、そうでない者もいる。特に錬金術や造形術は、大抵が戦闘とは無縁だと聞くもの」
「だからこそ、今回のクラヴァンテ家の護衛の規模が桁違いだったのですね。最初はいくら何でも大げさすぎるのではと思っていましたわ」
エルザが首を横に振った。
「決して大げさなどとは言えないわ。リズベット様がこれまで成し遂げてこられたことを考えてごらんなさい。
クラヴァンテ伯爵夫人の能力を欲する勢力が現れる可能性など、いくらでもあるのですから」
この言葉には、ジョゼナもアンヌも深く頷いて同意した。
「それはそうと、クラヴァンテ伯爵様があのような御方だとは思いも寄りませんでしたわ。常に冷静沈着で、感情を表に出さない方だとばかり思っておりましたのに」
アンヌが意外そうに首を傾げると、ジョゼナが言った。
「それはお姉様が先代の伯爵様をご存じないからですよ。あの方はトリシ夫人へ、それはそれは深い愛情を注いでいらっしゃいましたもの。
アルゼン様は父親とは随分と似ていないと思っていましたけれど、ご結婚されて、ようやく本当の姿がお目見えしたというわけですね」
「良い意味での『本当の姿』ですわね」
アンヌが羨ましげな様子を見せると、姑であるエルザが苦笑を漏らした。
「クラヴァンテの伯爵親子が少々特異なだけであって、それを普通だと思ってはならないわ。
大半の貴族の男たちに比べれば、バルマンの男たちもかなりまともな方よ。少なくとも、他所に目を向けることもなく誠実ではないの」
ジョゼナがすかさず相槌を打った。
「本当にその通りですわ。うちのあの人にしても、綺麗な女性を見かけるとすぐに目が釘付けになって……。
この前のレトナ城の夜会でも、伯爵夫人を目にした途端、口をぽかんと開けて我を忘れておりましたもの」
エルザがたしなめるように注意した。
「そう責め立てるものではないわ。男という生き物は元来そういうものなのだから。
考えてみれば、女とて見栄えの良い男に惹かれるのは同じことではないの?」
その言葉には、ジョゼナも否定できなかった。
「確かに、私もジェルにエ侯爵を目の当たりにした時は、目が離せなくなりましたわ。
クラヴァンテ伯爵様もご結婚されてさらに魅力的になられましたが、あちらは夫人があまりに強大で、とても付け入る隙がないという印象でしょう。
ジェルにエ侯爵はとにかく身軽な独身でいらっしゃいますものね。お声までどれほど素敵だったことか……」
アンヌも同意を示した。
「ジェルにエ侯爵様の人気は凄まじかったですわね。令嬢方は特に、一言でも言葉を交わそうと躍起になっておられましたわ」
「本当に。私も一言ご挨拶だけでもしたかったのですけれど、令嬢方の熱狂ぶりが凄まじくて、到底あの中に割り込む隙などありませんでしたわ」
3人の話を小耳に挟みながら、フランゼットは静かに一人、思考に耽っていた。
「通りがかりに立ち寄った」というアルゼンの言葉とは裏腹に、彼がどれほど遠い場所から急ぎここへ駆けつけたか、フランゼットも察していた。
アルゼン本人は表に出さなかったが、彼に従う部下たちの疲弊した顔や、鎧にこびりついた埃を見れば、推測することは容易だった。
だが、それ以上にフランゼットを驚かせたのは、リズベットの反応だった。フランゼットが護衛騎士たちと現場に到着した当時、リズベットはそのままパールの背に跨ったままであり、悪党たちはシャイナに一方的に叩きのめされていた。
多少顔色は青ざめていたものの、大きく動揺しているようには見えなかった。邸宅に戻ってからもリズベットは平然としており、むしろ驚愕するトリシを慰めてさえいたのだ。
そんな彼女が、アルゼンの前では突如として可憐な姿へと豹変し、涙を流してその腕の中へ飛び込んでいった。アルゼンはそんな彼女を愛おしそうに抱きしめ、幼子をあやすように優しく宥めていた。
フランゼットの目には、それが明白な「計算された猫かぶり」と映った。
(アルゼン様を愛してもいないくせに、なぜあのような姿を装うのかしら?)
人々はクラヴァンテ伯爵夫人を称賛し、彼女がクラヴァンテ家に計り知れない幸運をもたらしたと口々に言っている。
しかし、リズベットが成し遂げた事業は、彼女一人の力だけでは実現不可能な規模のものだ。クラヴァンテ伯爵家の財力とシステムが下支えしていたからこそ、可能となった結果である。
バルマン辺境伯家にしても、並の田舎貴族よりは遥かに恵まれた境遇だが、『レトナの翼』のようなものを造るなど、到底思いも寄らなかったはずだ。
クラヴァンテ伯爵家がリズベットを必要としている以上に、リズベットにとってもクラヴァンテ伯爵家は不可欠な存在格なのだ。
(やはり、アルゼン様を利用しているのかしら……)
*** ***
翌朝、出発の準備を整えたリズベットとトリシが馬車に乗り込み、バルマン辺境伯家の別荘を後にした。アルゼンは馬に跨って騎士たちと共に進み、その最後尾には、昨日の盗賊どもが縄で数珠繋ぎに縛られて引きずられていた。
テイトンがアルゼンに低い声で報告した。
「周囲をくまなく捜索いたしましたが、不審な者や痕跡は発見されませんでした。……あの者どもはいかがいたしましょう?
尋問の上、単なる強盗であるならば、レトナ城で市中引き回しの上、白骨化するまで軍船の船首に吊るし上げてやりましょうか?」
アルゼンはしばし思考を巡らせた後、答えた。
「そこまでする必要はない。漕ぎ手として強制労働刑に処せ」
本来ならばテイトンの言う通り、単なる強盗であっても、レトナ城で民衆から石を投げつけられて滅多打ちにされた後、絞首刑に処されるのが常道であった。昨日、この地へと馬を走らせていた時も、当然そのつもりでいた。
しかし、リズベットの顔を見て無事を確認した時の安堵感――何よりも彼女が自らの胸に飛び込んで寄りかかってきた瞬間の甘美な喜びは、盗賊たちに対するアルゼンの心をこの上なく寛大にさせていた。




