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5. 悪党との遭遇

 野遊会から二日後、リズベットは馬に乗り、フランゼットと共に別荘からかなり離れた場所まで出かけていた。ひとしきり馬を走らせた末、なだらかな丘の間に広がる広大な草地で足を止めた彼女たちは、春の陽光の下でのどかな風景を満喫していた。


(馬を走らせるのにも、もう随分と慣れたわね。この調子なら、馬に乗っての長距離移動も問題なさそうだわ)


 リズベットは春の花が咲き乱れる野原でゆっくりと馬を進め、のどかな気分で周囲を見渡した。蝶がひらひらと羽ばたきながら花々の間を飛び交い、リズベットの愛馬「パール」をはじめとする馬たちは、青々と芽吹(めぶ)いた新葉をパチパチと音を立てて食み始めた。


 ブンブンブン。

 ふと、耳腔(みみこう)を刺激する羽音が鼓膜に響いた。蜜蜂の羽音だった。 リズベットの周囲を、2、3匹の蜜蜂が飛び交っているのが見えた。リズベットは息を潜め、蜜蜂を刺激しないよう細心の注意を払いながら手綱を握り直した。


 パールを別の場所へ移動させようとしたその瞬間、突如としてパールが大きく(いなな)き、跳ね上がった。リズベットは危うく手綱を離しそうになったが、間一髪でパールの首筋にしがみついた。


 息をつく暇もなく、パールはどこかへ向かって猛然と暴走し始めた。


「身を低くして、しっかり掴まってください、奥様!」


 後ろからコレットの緊迫した叫び声が聞こえた。リズベットは必死になって馬の背に身を伏せた。


 恐ろしい速度で疾走するパールを追いかけ、コレットたち騎士も急いで馬を走らせた。しかし、パールの速度があまりにも速く、到底追いつくことができなかった。


 徐々に距離が開いていき、ついにパールとリズベットの姿が見えなくなると、シャイナが騎士たちに向かって叫んだ。


「先に行くから、後から付いてきて!」


 馬の背から身を躍らせたシャイナは、魔法で身体を宙に浮かせ、リズベットが消え去った方向へと猛スピードで飛び立った。



 リズベットはパニックに陥りながらも、どうにかパールにしがみついて耐えていた。ここから落ちれば死ぬという恐怖だけが頭の中を支配していた。


 どれほど走ったかも分からないままでいたが、突然、パールが前脚を高く上げ、身を(ひるがえ)すようにして急停止した。


 震える胸を宥めながら、ようやく顔を上げたリズベットは、予想だにしない展開に凍りついた。パールが止まったのは、目の前にある障害物のせいだった。大きな丸太や茂みが積み上げられ、行く手を阻んでいたのだ。


 いつの間にか、数人の者たちが現れてパールとリズベットを取り囲んだ。それぞれ剣、斧、メイス、弓などの武器を手にしており、その人相は一様に凶悪で荒々しかった。


「おいおい、何だこれは? 凄まじい名馬じゃねえか」


「本当だな。とんでもねえ高値がつきそうだ」


「こいつはいい大金づるだぜ」


 彼らが金を狙う盗賊だと気づいたリズベットは、先ほど暴走する馬の上で感じた以上の恐怖に襲われた。これまで漠然と思い描いていた外の世界の危険、そして前世でも遭遇したことのない「本物の悪党」の登場に、心臓が止まってしまいそうだった。


 こうした事態が起こり得るという想定と、実際に直面した状況とでは、まったく比較にならなかった。恐怖で身体がすくみ、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。


「おい、女。馬さえ置いていけば見逃してやる。大人しく馬から下りな」

 そのうち、頬に大きな刀傷のある男がにじり寄り、野太い声で脅しをかけた。


 すると、別の仲間が異議を唱えた。


「何言ってんだよ? 女をそのまま帰すってか? 見るからにどこかの貴族の嬢ちゃんだろう。身代金をたっぷりふんだくってやろうぜ」


「こんな女が一人でこんな場所に来るわけねえだろ。すぐに護衛が押し寄せてくる。さっさと馬を奪ってずらかるぞ」


 さらに別の男が口を挟んだ。

「女も連れていきゃいいじゃねえか。こんなとんでもねえ美人は生まれて初めて見たぜ。このまま帰しちまうのは惜しいだろ、なあ?」


 下なめずりをしながら、露骨に自分を舐め回すような視線に、全身に鳥肌が立った。


「馬鹿野郎! 世界の果てまで追いつめられて首を吊られたいのか!四の五の言わずに馬だけ奪って行くぞ!」


 男がリズベットに向かって大股で踏み出した、その瞬間だった。


「その汚い手を退けなさい!」


 鋭い一喝が響き渡り、何者かが空中から舞い降りてリズベットの前に立ちはだかった。シャイナだった。


 不逞(ふてい)の輩どもは驚いて一瞬たじろいだが、シャイナの姿を確認するや、ふっと鼻で笑った。外見の幼い彼女を見て、緊張感もなく身内同士で騒ぎ立てた。


「どこから現れたんだ、このガキは?」


「魔法を少し使えるみたいだが、一人で俺たち全員を相手にする気か?」


「そのガキも捕まえようぜ。楽しめそうだ」


 鼻の横に黒いホクロのある男が下卑た笑みを浮かべると、スキンヘッドの男が嘲笑った。


「あんな 身体(からだ)もできてねえようなガキが女に見えんのかよ? 胸もねえじゃねえか」


 別の仲間も(はや)し立てた。

「こいつはいつも、ああいう子供ばかり好むからな」


 仲間のからかいにも、ホクロの男は図々しく言い返した。


「俺は年増には興味ねえんだよ。子供のほうがいたぶり甲斐があるだろ。泣き叫んで命乞いするのを見ると、たまらなく昂るんだぜ」


 シャイナの瞳が鋭く据わった。即座にリズベットに防御魔法を、自身には様々な強化魔法を重ね掛けしたかと思うと、片手で大剣を引き抜きながらシャイナは吐き捨てた。


「あんたたち、今日はたっぷり殴られてもらうわ。大人しく死なせてあげるなんて、そっちには慈悲が過ぎるもの」


 言い終わるや否や、シャイナは即座に大剣を大きく()ぎ払い、リズベットの近くにいた悪党から叩きのめした。大剣の広い剣の腹でまともに強打された悪党は、悲鳴をあげる暇さえなく遥か彼方へと吹き飛んでいった。


 素早い身のこなしでリズベットの周囲の悪党たちを瞬く間に片付けたシャイナは、黒いホクロの男へと突進した。


「どこからそんな小生意気な……!」


 男が振り下ろした剣を大剣で受け止めたシャイナは、もう一方の拳で男の腹を思い切り殴りつけた。


「ごふっ!」


 男が剣を手放して吹き飛ぶと、瞬時に男の背後へと回り込んだシャイナが、再びその背中を強打した。それだけでは終わらなかった。  シャイナは地面に這いつくばった男の胸ぐらを掴み、強引に吊り上げた。


「もうくたばるんじゃないわよ。私の気が済むまで、まだまだ殴られ続けてもらうんだから――『ヒール』!」


 回復魔法で男の傷を強制的に癒やしたシャイナは、その顔面を容赦なく殴りつけ、再び男をぶっ飛ばした。


 コレットたち護衛騎士が必死で馬を走らせてその場所に到着したとき、悪党たちは回復魔法で無理やり生き返らされながら、ひたすらボコボコにされている最中だった。


 騎士たちの姿を見た悪党たちが、悲鳴混じりの声で救いを求めた。


「た、助けてくれぇ!」

「うわああ、地獄の拷問官だ!」


 護衛騎士たちは当然のごとく悪党たちの懇願を黙殺し、まずはリズベットの身の安全を確認した。


「お怪我はございませんか、奥様」

 コレットがリズベットの顔色を(うかが)った。


 リズベットはそこでようやく緊張が解け、安堵のため息を漏らした。

「ええ……おかげさまで無事よ」


「ご無事で何よりです」

 どれほど驚き、肝を冷やしたのか、コレットの顔色は未だに真っ青だった。


 バートが馬から下りてパールの状態を確認すると、声をあげた。


「鼻を蜂に刺されていますね。草を食んでいる最中にやられたのでしょう」


 そしてパールの首筋を撫でて宥めながら、慎重に蜂の針を抜いてやった。


「私たちが側にいながら、このような事態を招いてしまい、弁解の余地もございません。申し訳ございませんでした」

 騎士隊長に続き、騎士たちが一斉に頭を下げた。


「いいのよ。予期せぬ事故だったのだもの。幸い何もなかったのだから、あまり気に病まないで」


 リズベットは騎士たちを労った。本当は動転した心がまだ静まりきっていなかったが、あまりにも恐縮している彼らを思いやり、必死に平静を装っていた。


 遅れてフランゼットたちもその場に到着した。


「ご無事だったのですね! 本当に良かった……」


 フランゼットがかける言葉に、リズベットは無理に笑みを浮かべた。


「驚かせてしまってごめんなさい。おかげさまで大丈夫です」


 その間にも、悪党たちはシャイナから苛烈な鉄槌(てっつい)を下され続けていた。シャイナの怒りがようやくある程度収まり、彼女の魔の手から解放された悪党たちは、見るも無残にボコボコにされた状態で縄で縛られ、騎士たちに引き立てられていくのだった。


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