2. 不器用な告白
初春の気配が色濃い庭園のガゼボで、リズベットと向かい合って座ったシャイナは、何も知らずにもぐもぐと美味そうにケーキを頬張っていた。
「今日はどうしてここで会おうなんて言ったの?」
「シャイナに紹介したい人がいてね」
シャイナの手がピタリと止まり、その表情が一瞬にして不満げに歪んだ。
「お母さんに頼まれたの?」
「そんなんじゃないわ。シャイナに想いを寄せている人がいるのだけれど、私から見ても素敵な方だと思ったから、こうして席を設けてみたのよ」
「へえ? どんな人なの?」
「もうすぐここに来るわ」
幸いにもシャイナの反応が悪くないことに安堵しながら、リズベットはテイトンが現れるのを待った。
そして、ついにテイトンが姿を現した時、シャイナは最初、彼だと気づかなかった。
いつも髪を後ろに流して額を出していたヘアスタイルが一変し、分け目を作って三分の二ほど前髪を下ろしていた。眉の毛量も整えられ、ベースメイクで肌のキメが整えられたことで、非常に清潔感のあるクリーンな印象を与えていた。
ダークチャコールのスリムフィットのフロックコートのインナーには、クリーム色のサテンシャツと、ウエストラインにぴったりと沿う革製のダブルブレストのベストを合わせ、スマートかつダンディな雰囲気を醸し出している。
さらに、いつも着用していたハイカラーの代わりに、首筋が少し覗くオープンカラーのシャツを選び、エメラルドグリーンのシルクのクラバットを緩く結んで垂らしていた。
間近まで来て、ようやく彼だと気づいたシャイナが目を丸くした。
「テイトン子爵……?」
テイトンはリズベットに目礼を送った後、シャイナへ大きな花束を恭しく差し出した。
「ありがとうございます」
呆気に取られたまま花束を受け取ったシャイナは、首を傾げた。通常の花束とはどこか違っていたのだ。
色とりどりの薄紙で花を模って作られており、膨らんだ萼の部分には、キャンディやお菓子が詰められていた。
「何これ? 面白くて可愛い花束ね!」
シャイナが愉快そうに笑い声を上げると、テイトンも笑みを浮かべた。
「お気に召したようで何よりです」
「まだ気に入ったとは言ってないわよ」
つんと澄ました顔で言い返したシャイナだったが、すぐに、どこか勿体ぶるような口調で付け足した。
「まあ、悪くはないけれど」
「お待ちしておりました。どうぞお掛けください、テイトン子爵」
リズベットが着席を勧めると、テイトンはシャイナの向かい側に腰を下ろした。
(幸い、雰囲気は悪くないみたいね)
リズベットは隣に座るシャイナの様子を窺いながら、内心で笑みを浮かべた。
「随分と雰囲気が変わられたのね。それ、リズベットの手によるものでしょう?」
「ええ。この度、夫人には多大なる恩を受けまして」
「ふうん。リズベットの手によって『変身』したという点では、私たちお互いに共通点があるわね」
「変身、ですか?」
「そのくらい変わりましたよ。最初は別人が来たのかと思ったくらいですから」
「それほどですか?」
テイトンが苦苦しい笑みを漏らした。
「そのくらい、合っていますよ。10歳は若返って見えますわ」
「それはつまり……ようやく年相応に見えるようになった、という意味でしょうか?」
「まあ、そんなところです」
心配をよそに、二人の会話が自然に弾んでいるのを見届けたリズベットは、適当なタイミングで席を立った。
「私はこれで失礼するわね。お二人でゆっくりお話しになって」
リズベットが侍女たちを引き連れてその場を去ると、シャイナは紅茶を一口すすり、テイトンに問いかけた。
「私のどこが気に入ったの?」
テイトンじっとシャイナをしばらく見つめていたが、小さく溜息を吐いた。
「正直なところ、分かりません」
「何よ、それ」
シャイナが不満げに唇を尖らせた。
「最初は、おそらく容姿に目を奪われたのでしょう。次はその、掴みどころのない言動と申しますか……
奇妙なのは、本来の私は予測不能な事態を楽しむような性分ではないということです」
「ますます意味が分からないわ」
シャイナが首を傾げると、テイトンは自嘲気味に微笑んだ。
「これも問題です。本来の私は、これほど要領を得ない話し方をする人間ではないのです。お世辞の一つも言えない不器用な男でもありません。
あなたの愛らしい美しさや、明るく快活な魅力、輝かしい才能を賛美する言葉なら、いくらでも並べ立てることができます。ですが……」
テイトンは一度言葉を切り、シャイナをまっすぐに見つめた。
「あなたの前では、いつもの自分を失ってしまう。思考と言葉が縺れ、愚か者のように振る舞ってしまう。
明確に嫌悪し、避けるべき状況のはずなのに、不思議と不快ではないということすら、私にとっては難解な謎なのです」
シャイナはぷっと吹き出した。
「これまで聞いた中で、一番突飛な告白ね。いいわ、私もリズベットの言う通り、テイトン子爵のことが気になっているのは間違いなさそうだし」
テイトンの表情が、そこでようやくいくらか和らいだ。
「ありがたいお言葉です。では、これからは『テイトン子爵』ではなく、『ジャレット』とお呼びください」
「分かったわ、ジャレット様。今日が初デートだけれど、この後は何をする?」
「考えてあるプランはございますが、まずはシャイナ様がやりたいことがあれば仰ってください」
「私たち、手合わせ(模擬戦)をしましょう」
「やはりまたその話ですか。私としたいことはそれだけですか?」
シャイナはにっこりと笑って言い返した。
「当然、他にもあるわよ。でも、私のやりたいことだけをするのは不公平でしょう? だから手合わせが終わったら、次はジャレット様のやりたいことに付き合うわ」
テイトンは万策尽きたと言わんばかりに短く溜息を吐き、言った。
「分かりました。では、私の屋敷へ移動し、そこの訓練場で軽く一手交えることにしましょう」
*** ***
翌日、研究所でシャイナに会ったリズベットは、二人きりの場で初デートの報告を受けた。結局、テイトンと手合わせから始めたという話を聞き、リズベットは思わず深い溜息を漏らした。
「ちょっと、それのどこがデートなの? 誰が初デートから戦い始めるっていうのよ」
「喧嘩じゃないわよ。お互いの腕を競い合ったの。ダンスを踊るのと似たようなものだわ」
「一つも似てないわよ……。これじゃ私、テイトン子爵に申し訳なさすぎるじゃない」
リズベットは額を押さえて嘆息した。
「何が申し訳ないの? 結構楽しかったわよ。ジャレットも心なしか楽しんでいる様子だったし」
「もう呼び捨てで呼ぶようになったの?」
「ええ。お互いにそうしようって決めたの」
その言葉を聞き、二人の関係が確実に進展したのだと分かって、リズベットは辛うじて胸を撫で下ろした。
「それで、結果はどうだったの?」
二人きりの空間であるにもかかわらず、シャイナはリズベットの方へと身を乗り出し、声を潜めて囁いた。
「リズベットだから教えるのよ。やっぱり私の勘は正しかったわ。
短めの双剣を扱いながら一瞬で間合いを詰めてくるんだけど、あんなに速い人は初めて見たわ。魔法で攻撃しても軽々と回避して、また瞬く間に距離を詰めて懐に飛び込んでくるの。
模擬戦だから適当なところで切り上げたけれど、本気の死闘だったら、相当な難敵だったに違いないわ。もし狭い室内や夜間の戦闘だったら、私の方が圧倒的に不利だったでしょうね」
「そうなの?」
リズベットはかなり驚いた。テイトンの普段の物静かなイメージからは到底想像もつかない姿だったからだ。
「ジャレットの言葉を借りるなら、私たちは戦う専門分野が違うんですって。私のような人間が前線に立ってド派手に戦うタイプだとしたら、ジャレットは闇の中に潜んで動く、クラヴァンテ家の『影』のような存在だということよ」
「そんな話までしたの?」
シャイナはいたずらっぽく片目をウィンクした。
「後半のセリフは私の推測を付け足したんだけどね。でも、私の表現もあながち的外れじゃないはずよ」
それから、いささか真剣な面持ちになって付け加えた。
「その代わり、この話はリズベットも他の人の前では絶対に秘密よ。リズベットに話すことも、ちゃんとジャレットに了解を得てからにしてるんだから。
本来、表に見えているものより、見えないように隠されている刃が突如として剥かれる時の方が、遥かに恐ろしいものよ」
どこか楽しげに目を輝かせるシャイナを見つめながら、リズベットは二人の相性がすこぶる良いことに安堵すると同時に、あらゆる意味で本当にお似合いの二人なのかもしれない、としみじみ思うのだった。




