1.「気になる」の正体
『カリスマヘアメイク』を読んでいただき、誠にありがとうございます。
第3章からは「月曜・金曜」の週2回更新へと変更させていただきます。もともと執筆速度が早くないことに加え、本業が忙しくなってしまい、これまでの頻度を維持することが難しくなってしまいました。
これからはマイペースな更新となりますが、今後ともよろしくお願いいたします。
日常に戻ったリズベットは、数日ぶりに研究所へと足を運んだ。ヴィーチェは旅からまだ戻っておらず、シャロナとギスカルは家臣団の会議に出席していたため、研究所にはシャイナだけが残っていた。
リズベットの姿を見るなり、シャイナが真剣な面持ちで尋ねてきた。
「リズベット、一つ聞きたいことがあるんだけど。テイトン子爵について、何か知っていることはない?」
「テイトン子爵? 聡明で有能な方よ。何ヶ国語も話せて、家門で大きな商会や商団を経営しているわ」
「そのくらいは私も知ってるわよ。そんなことじゃなくて、もしかしてクラヴァンテ伯爵家の『秘密兵器』か何かじゃないかってこと!」
「秘密兵器?」
シャイナは目を輝かせながら深く頷いた。
「ルパート卿みたいな人は、あからさまに『俺は護衛騎士だ』って見せつけるタイプじゃない? でも、テイトン子爵は普段はまったくそんな素振りを見せないくせに、本当の緊急事態になったら凄まじい実力を発揮する、そういうタイプなのよ!」
「漫画の主人公みたいな話ね」
「マンガ? 何よ、それ」
「何でもないわ。どうしてそんな風に思うの? あなたの大剣を持ち上げたから?」
「それだけじゃないわ。私みたいに見かけによらず筋力がある人間もいるしね。
それよりも、何度か会ってじっくり観察しているうちに、何となく直感が働いたのよ」
「どんな直感?」
「言葉で説明するのは難しいんだけど……とにかく一種の『勘』よ。一度確かめたくて何度も手合わせ(模擬戦)を申し込んでいるのに、全然受けてくれないの」
そうして、まるで武勇伝でも語るかのように自慢げに言った。
「だから、この前のパーティーで踊った時にちょっと試してみたの。どう動くか見たくて、足を引っかけて転ばせようとしたんだけど、まったく通じなかったわ。ものすごく機敏でしなやかだったのよ」
「なっ……」
リズベットは呆れ果ててシャイナを見つめた。
どうりで、シャイナと踊り終えた後のテイトンが、ひどく疲弊しているというか、魂が抜けたような顔をしていたわけだ。
「それは大変な非礼よ。お怒りにならなかったの?」
「呆れてはいたけど、怒っている風ではなかったわね」
普通なら激怒してもおかしくない案件だ。ここに至って、リズベットはテイトンに同情を禁じ得なかった。よりによって、心に決めた女性がこのような御仁だとは。
「それをどうしてそんなに確かめたいの?」
「どうしてって、面白いじゃない! 全然そんな風に見えない人が実は隠れた強者だなんて、そういう『ギャップ』がたまらないのよ」
「それって、シャイナ、あなたのことじゃない?」
シャイナは否定せずにニカッと笑った。
「そう、私のことでもあるわ! 小さいからって見くびって襲いかかってくる奴らを叩きのめす時、どれだけ痛快か!」
「テイトン子爵は、そういったタイプには見えないけれど……」
リズベットは首を傾げた。
「私とは違って、あの方は能ある鷹として爪を隠し続けたいタイプなのかもね」
「本人が明かしたくないのなら放っておけばいいのに、どうしてそこまで暴こうとするの?」
その問いに、シャイナはしばらく口を閉ざして目をぱちくりとさせていたが、やがて呟いた。
「……さあ。ただ、何となく気になるのよ」
「それって、もしかして気になっているんじゃない?」
シャイナは飛び上がらんばかりに否定した。
「絶対に違うわ! ああいうおじさんタイプは、私の好みにこれっぽっちもかすってないもの!」
「おじさんだなんて。私たちとたったの4歳しか違わないじゃない?」
「老けて見えるんだから仕方ないじゃない。前に私からそう言われて気にしているのか、最近は少しマシになった気もするけれど」
「テイトン子爵に、そんなことまで言ったの!?」
「ちゃんと謝ったわよ。本人も気にしていないって言っていたし」
テイトンの容姿が、良くも悪くも極めて地味なタイプであることはリズベットも知っていた。
(確かに人目を引くような美形ではないけれど、決して不細工でもなければ、そこまで老け顔というわけでもないのに……)
リズベットはシャイナを少し探ってみることにした。
「じゃあ、シャイナの好みはどんなタイプなの? 可愛らしくて年下に見える人?」
「それこそあり得ないわ! 私がこんな見た目なのに、男の人までそうだったら、完全にちびっこカップルじゃない。私は大人の包容力がある人がいいの。ただし、おじさんは除外!」
「アルゼンみたいなタイプは、そうそう見つからないと思うけれど……」
わざとからかうように言うと、シャイナの顔が一気に真っ赤に染まった。
「辺境伯様じゃないわよ! とっくの大昔に諦めてるんだから!」
そう言うと彼女はバッと立ち上がり、アイテムボックスから大きな木箱を取り出して蓋を開けて見せた。
「リズベットがスタイルを変えてくれたおかげで、私だって最近は結構モテるんだから。これ、全部男の人たちから届いた手紙よ。お菓子やお花も山ほどもらったわ」
箱の中には、色とりどりの封筒がぎっしりと詰まっていた。香水が吹き付けられているのか、様々な甘い香りが混ざり合って漂ってくる。
「へえ、すごいですわね。手紙を集めているの?」
「別に集めてるわけじゃないわよ。お母さんが『人の好意を無下に扱うとバチが当たる』って言うから、とりあえずこうして保管しているだけ。
将来、本当に好きな人ができたら、その時は全部処分するかもしれないけれどね」
「もしかして、この中に気になる人はいるの?」
「さあ、今のところは……。珍しい異国の菓子をご馳走するとか、美味しい店に招待するって言うから何人かと会ってはみたけれど、そこまで惹かれる人はいなかったわ」
「美味しいものをくれるからって、ホイホイ誰にでも付いて行っちゃ駄目よ」
心配になって忠告すると、シャイナは不満げに口を尖らせた。
「子供じゃあるまいし、余計なお世話よ」
さっき自分が言ったセリフは何だったのか。密かに笑いを噛み殺したリズベットは、シャイナの無邪気な顔を見つめながら、テイトンの姿を思い浮かべた。
(意外とお似合いの二人かもしれないわね。見たところ、シャイナも方向性が少しズレているだけで、テイトン子爵を意識しているのは間違いなさそうだし。シャイナが変な男に捕まる前に、一度仲を取り持ってあげようかしら?)
*** ***
二人の仲を繋ぐ前に、リズベットはシャイナの母であるシャロナの意向を確かめるべく、彼女と個別に面会した。シャイナは友人である前に、ギスカルの孫娘でありシャロナの娘だ。そこを無視して事を進めるわけにはいかなかった。
「シャイナについてお話ししたいこと、とは何でしょうか?」
「シャイナに人を紹介してみようかと思っているのですが、まずはシャロナさんの考えをお聞きしたくて」
幸いにも、シャロナは興味深そうに身を乗り出してきた。
「奥様が紹介してくださるのですか? 一体どなたでしょう?」
「テイトン子爵ですわ」
「テイトン子爵?」
シャロナは首を少し傾げて尋ねた。
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「テイトン子爵がシャイナのことを想っていらっしゃるようなのです。シャイナの方も、理由は少し的外れですが、子爵を意識しているように見えまして」
シャロナに二人の間にあった出来事を話して聞かせると、彼女は笑みを浮かべた。
「テイトン子爵は、能力においても人品においても非の打ち所がない方ですからね。テイトン子爵家はクラヴァンテ伯爵家と歴史を共にしてきた由緒ある家柄でもあります。
シャイナさえ良ければ、私は大賛成です。父や夫もきっと同じ意見でしょう」
「シャイナは、子爵が凄まじい実力を秘めた『隠れた強者』だと疑っているようなのですが、何かご存じのことはありますか?」
シャロナは慎重な様子で言葉を濁した。
「さあ、どうでしょう。多方面で多才に活動されている方ですので……シャイナが考えているようなものとは、少し違うのではないかと思いますわ」
リズベットとしては、テイトンの隠された戦闘力などにさほど興味はなかったため、それ以上深くは追及しなかった。
「何はともあれ、シャロナさんが賛成してくださるのなら、私の方で一度、場を設けてみますわ」
「ええ、よろしくお願いいたします。どうか上手くいってほしいものですわ。
実は私たちがずっと心配していたことの一つが、シャイナが冒険者生活の中で、頭の中まで筋肉で詰まったような、戦うことしか脳のない男を連れて帰ってくるのではないか、ということでしたの」
シャロナが溜息混じりに語る言葉を聞き、リズベットは深く納得してしまった。自分もまた別の意味で似たような懸念を抱いていたし、シャイナの性格を考えれば、決して根拠のない心配ではないと思えた。
*** ***
次の段階は、当事者の一人であるテイトンの意向を確認することだった。リズベットから個別での面談を申し入れられたテイトンは、かなり不可解そうな反応を示した。リズベットとテイトンが二人きりで会うのは、これが初めてのことだった。
「テイトン子爵、シャイナのことをどう思っていらっしゃいますか?」
単刀直入に投げかけられた問いに、テイトンは一瞬動揺したようだったが、すぐに冷静さを取り戻して答えた。
「優れた実力を備えた御方であると認識しております」
「お嫌いではございませんよね?」
「嫌う理由などございません」
(やはり、滅多に本音を覗かせないタイプね)
以前から感じていたことだが、テイトンの過黙さは優柔不断さや臆病さからくるものではなく、芯の強さからくるものだった。彼からは、容易には揺るがない、しなやかで頑なな芯が感じられる。このような人物の腹の内を探るのは容易なことではない。リズベットは正攻法を選ぶことにした。
「シャイナに関心がおありなのでしょう? 私が二人の仲を繋いでみようかと思うのですが、いかがですか?
私の目から見れば、シャイナも子爵を意識していますわ。まだ本人は自覚していないだけのようですけれど」
「シャイナ様が、私に関心を……?」
テイトンは半信半疑の様子だった。
「子爵の実力を確かめたくて、しきりに手合わせを申し込んでくるのでしょう? それも一種の好意ですわ。本当に興味がなければ、相手がどうあろうと気に留めたりしませんもの」
しばしの沈黙の後、テイトンが尋ねた。
「不躾ながら、なぜそこまでしてくださるのか、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「シャイナは私の友人ですから。素晴らしい方と縁を結び、幸せになってほしいのです。そういう意味で、お二人はとてもお似合いだと思います」
テイトンは覚悟を決めたような表情で深く頭を下げた。
「感謝いたします。何卒、よろしくお願いいたします」
「その代わり、条件が一つあります。テイトン子爵のスタイリングを私に任せてください」
「スタイリング、ですか?」
「ヘアスタイルから衣装、靴に至るまで、トータルでケアさせていただきますわ。一度、雰囲気を変えてみるのも悪くないと思いますの」
テイトンは相変わらず感情の読めない瞳でしばし思案していたが、やがて頷いた。
「承知いたしました。よろしくお願いいたします」
(まずはあのオールバックから手を入れなくちゃ。分け目を作って片方の額と眉は見せるようにして、残りは柔らかく額を覆い隠すスタイルにしてみようかしら?
眉の形と毛量を整えれば、もっと垢抜けて清潔感が出るはず……)
リズベットはテイトンをそっとスキャンしながら、改善すべき点を頭の中で整理し始めた。




