表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/90

39. ブランコ

 夕食後、部屋で休んでいたリズベットは、アルゼンからの連絡を受け、温室へと足を運んだ。温室のガラスは外から見えないよう曇りガラスに変わっており、天井に浮かぶ人工の月が内部を優しく照らしていた。


 待ち受けていたアルゼンは、リズベットを温室の一角へと案内した。そこには、以前はなかった白い木製の二人掛けのブランコが設置されていた。アルゼンはリズベットをそこに座らせると、自身もその隣に腰を下ろした。


「あら、どうしてブランコなのですか?」


「幼い頃のことを思い出してな」


「幼い頃、ですか?」

 リズベットは不思議そうにアルゼンを見つめた。


「もしかしたら、耳にしているかもしれないが、俺はレトナ城で生まれたわけではない。両親がここを離れている間に生まれ、6歳になるまで外の世界で暮らしていたんだ。

 俺が生まれ育ったのは、ラヴェンナから随分と離れた場所で、両親と俺は、庭のある小さく小ぢんまりとした家で暮らしていた。家の前にある大きな木の下には、父が作ってくれたこのようなブランコがあった」


 アルゼンの話を聞きながら、リズベットは、もしや、その家は先日夢で見たあの家ではないだろうかと、ふと思った。


(まさか、そんなはずは……)


 そのブランコで、幼いアルゼンは母トリシの腕に抱かれ、彼女が読んでくれる本に耳を傾けたり、父とブランコに乗って遊んだりしていた。


 陽当たりの良いうららかな日には、3人で並んで腰掛け、おやつを食べながら穏やかな日常を過ごし、ギセンがギスカールたちと冒険に出かけている間は、そのブランコで父の帰りを待っていた。


「レトナ城に来てからは長いこと忘れていたのだが、ここで君と何をしようかと考えた時、ふとこれを思い出したんだ」


 アルゼンがリズベットを盗み見た。

「気に入らなければ、片付けさせるが」


 リズベットは慌てて答えた。

「いいえ、素敵ですわ。こうして座って眺めるのも、風情があって良いものです」


 馬車で隣り合わせに座る時とは、また異なる甘やかな雰囲気が漂っていた。しばらく言葉もなく、目の前の風景に視線を注いでいると、アルゼンがリズベットの手を取り、彼女の指に指輪を嵌めた。


「まあ、これは何ですか?」


「我々が結婚して一周年でもあるし、今回、色々と準備で苦労をかけたからな」


 アルゼンは普段の彼らしくもなく、少し決まり悪そうに視線を彷徨(さまよ)わせていた。


 思いがけない贈り物に、リズベットは戸惑った。

 プラチナのリングに、花を()したモチーフがあしらわれている。花びらは白い宝石を模って削り出されたものだったが、その形には見覚えがあった。


「……『妖精の涙』ですか?」


「ああ。花にまつわる逸話(いつわ)は気に入らないが、花言葉は悪くないと思ってな」


「ありがとうございます。私は何も用意していなかったのに……」


「気にするな。俺がただ、贈りたくて贈るだけだから」


 リズベットは指輪を見つめた。上品で洗練された指輪だった。彼女は勇気を出して、ここ数日間ずっと気になっていたことを口にした。


「パーティーの時に(まと)ったドレスのことですけれど。『高貴なる者の青』。正直、あなたに怒られるかもしれないと思っていました」


「少し驚きはしたな。宝石があのような用途に使われるとは思ってもみなかったから。

 だが、あまりにも美しかったし、何よりお前が言った通り、特別な意味があるものだろう?」


「特別な、意味ですか?」


「お前が言ったではないか。真に高貴なる者にのみ許された特別な色。古代の神秘を解読し、継承する者であるお前にこそふさわしいから再現したのだ、と」


 淡々としたアルゼンの口調に、リズベットはかえって言葉を失ってしまった。


 まさかあの言葉に納得してしまうとは。アルゼンを挑発するために、できる限り傲慢(ごうまん)で生意気に作り上げた方便だったのに、それが納得の理由になってしまうなんて。


「他の方々、おじい様や家臣の皆さんは何もおっしゃいませんでしたか?」


「皆、心から感嘆していたぞ。初日の幻想的な公演とオロールの奇跡に続き、二日目にも誰もが想像すらできなかった圧倒的な規模の美しさで、凄まじい話題を作ったと絶賛の嵐だった」


「ですが、あまりにもお金を使いすぎてしまいましたのに……」


「お前が意味のない浪費をする人間ではないことは知っている」


 アルゼンの唇の端に、微かな笑みが浮かんだ。


「あの日、俺自身、誇らしくもあった。お前が望むものを実現させてやれるだけの力がある、という意味でな」


 リズベットはどう返すべきか分からず、目を伏せて床を見つめた。


 確かに当初の意図からは外れた反応であり、結果だ。それにもかかわらず、困惑とは異なる、一種の充足感が混じり合った安堵に似た感情が胸に湧き起こっていた。


「『妖精の涙』という名は、北のキレアス王国との国境地帯での呼び名だそうだ。幼い頃、あの場所で育ったのか?」


「ええ……」

 ジェルニエに続き、アルゼンからも同じことを尋ねられたリズベットは、良心が痛んだが、そう答えるほかなかった。アルゼンの口から別の話が出る前に、リズベットは先手を打った。


「ところで、どうして温室を作って植えようと考えたのですか? ただ花が咲く頃に一緒に現地へ赴けばよかったでしょうに」


「危険な場所にお前を連れて行くわけにはいかない。それに、せっかく見つけたものだ、一度きりしか見られないのでは名残惜しいだろう」


 どういう意味だろうとアルゼンを見つめると、彼は付け加えた。

「故郷の花だろう」


 リズベットは呆然と目を(またた)かせた。


(故郷の花……そのように解釈されたのか?)


 確かに、野の花とはいえ、どこにでもあるわけではなく、地域によって呼び名も異なるのだから、そのように誤解されるのも無理はないと思った。ジェルニエの時もそうだったし。


「そのために、わざわざこれを建てさせたのですか?」


「ヴィーチェに相談してみたら、この花のことを知っていてな。幸いにも開花の条件を整えることができると言うので、頼んだのだ」


 この温室を見て、「巨大な花束」だと評したシャイナの言葉が思い出された。


「ありがとうございます、本当に」


「礼なら、あの時にも言われた」


 アルゼンは照れくさそうに顔を少し背けた。それから、隣のテーブルにあった菓子が入った木箱を手に取った。


「お前の好きな菓子だが、食べるか?」


 細かくすり潰した()(くり)にクリームを混ぜた栗菓子だった。自然な甘みと栗の豊かな風味が活きており、リズベットが特に好んでいる菓子だった。


「夜遅くに食べると太ってしまうけれど……」


 そう言いながらも、リズベットは菓子を口に放り込み、何気なくアルゼンに尋ねた。

「一つ、召し上がります?」


「ああ」


 返事はしたものの、自分からは手を伸ばさないアルゼンを見て、リズベットは彼の顔色を(うかが)いながら、菓子を指でつまんで彼の口へと運んでやった。すると、アルゼンはリズベットの手を掴み、彼女の指先を軽く舐めた。


 驚きのあまり目を丸くするリズベットを見つめながら、アルゼンはニヤリと微笑み、彼女の手を放した。


「驚くな。今は何もしない。こうして穏やかにお前と話すのも、悪くないからな」


 それから、心地よさそうな笑みを浮かべた。

「夜はまだ長い。そして、お前の夜は俺だけの時間だからな」


 リズベットの顔が、自分でも分かるほど一気に赤くなった。


「公演の話を聞かせてくれ。どのようにしてあれを企画するに至ったのか」


 リズベットは手の甲で火照(ほて)った頬を冷ましながら、話を始めた。


「モチーフは『月の妖精』です。夜の庭園で行う公演ですから、そのコンセプトが似合うと思ったのです……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ