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29. それぞれの円舞曲

 舞曲が終わり、飲み物を口にして一息ついているシャイナの周囲には、大勢の若い男たちが群がっていた。小柄なシャイナは男たちに完全に埋もれてしまい、姿が見えなくなりそうなほどだった。


(これは、無理にでも割り込むしかなさそうだな)


 テイトンが適当にタイミングを見計らって男たちの間に割って入ると、彼に気づいたシャイナが明るい声で話しかけてきた。


「こんにちは、テイトン子爵様」


 それから、先ほどまで話をしていた者たちをテイトンに紹介した。中にはテイトンも見覚えのある顔が幾人かあった。軽く挨拶を交わし、社交(しゃこう)辞令(じれい)的な会話をしていると、再び舞曲が始まった。


「一曲、踊りません?」

 思いがけず、シャイナの方から先にテイトンへダンスを申し込んできた。


 二人は手を取り合ってフロアへと進み、音楽に合わせて踊り始めた。


「子爵様? ダンスがお上手なんですのね」

 シャイナは意外そうに目を丸くした。


「貴族のたしなみですから」

「ふーん……」


 突然、シャイナが手を動かしてテイトンの手と指を深く絡ませた。そうして、己の指をそわそわと動かし始める。


 予期せぬ行動に、テイトンは困惑した。

「今、何を……?」


「手は、案外普通なんですね」


 シャイナは首を傾げた。

「どうやって、鍛えている形跡(けいせき)を隠しているんです?」


 テイトンは呆れたようにため息を()らした。

「まだその話をしているのですか?」


「だから、一度手合わせをしてくれればいいじゃないですか」


「申し上げた通り、私はそのような実力は持ち合わせておりません」


 シャイナの目が悪戯(いたずら)っぽく輝いた。

「それは、試してみないと分からないでしょう?」


 そう言うや否や、彼女は長いスカートの下で素早く足を動かし、テイトンの足を払おうとした。テイトンは俊敏(しゅんびん)にそれをかわした。 しかし、それだけでは終わらなかった。シャイナは執拗(しつよう)にテイトンの体勢を崩そうと試み続けた。テイトンは機敏(きびん)に動いて回避し、術中にはまったかと思われた瞬間にも、驚異的な柔軟さで姿勢を立て直した。


「一体何のおつもりですか? 私に恥をかかせたいのですか?」


 テイトンが鋭い口調で問い詰めると、シャイナはにこりと笑った。


「まさか。私が手を握っているじゃないですか。いざとなったら支えてあげますよ」


 テイトンの脳裏に、シャイナの腕にぶら下がっている自分の姿が浮かんだ。いっそ転んだ方がマシだ。そちらの方が何倍も無様で、醜態(しゅうたい)(さら)すことになるのは目に見えている。


 そうしている間にも、ダンスを装った二人の攻防は続いていた。


「恥をかかせるつもりでないのなら、本当の理由を聞かせていただきましょう」


 シャイナは無邪気な表情で答えた。

「面白いじゃないですか」


「私が(あなど)られている、という意味ですか?」


「あっ、誤解しないでください。そうじゃなくて『ギャップ』ですよ。全くそんな風に見えない人が、実は隠れた強者だったりする、そういうギャップが面白いんです」


「誤解です」

「そんなことないはずです」


 シャイナが意味深な笑みを浮かべた瞬間、テイトンの足の間に自分の片足を滑り込ませ、体を鋭く反転させた。その勢いでテイトンの体も引き回されそうになったが、彼は逆にその力を利用して完全に一回転し、シャイナの均衡を崩して彼女の上体を後ろへとのけ反らせた。


 折しも舞曲が終わり、周囲の目には、実に見事なポーズで決まった強烈なフィナーレのように映った。


 テイトンは、自分がダンスを踊ったのか格闘を演じたのか判然としない奇妙な感覚に包まれながら、アルゼンの(かたわ)らへと戻った。


(ギャップと言うなら、私よりも彼女の方がよほど(はなは)だしいのではないか?)


 どうしても予測不能な相手だが、それが決して不快ではないという事実が、実に奇妙だった。


         ***     ***


「伯爵夫人に着飾ってもらった甲斐(かい)がありましたね」


 バルマン伯爵夫人エルザは、満足げに夫へと(ささや)いた。バルマン伯爵も深く頷いた。


「本当に。今日、良い縁談にでも恵まれれば良いのだがな」


 リズベットがデザインしたドレスを(まと)い、彼女の手によってメイクを(ほどこ)されたフランゼットは、多くの若い男たちの注目を集めていた。


 両親の期待通り、ダンスを申し込んでくる男たちと踊り、言葉を交わしながら、フランゼットは(かたく)なにアルゼンを見まいと努めていた。


 前回の訪問から実家へと戻った後、しばらく寝込んで、ひたすら泣き、絶望した。一度もまともに伝えることすらできず、虚しく終わってしまった自分の恋心が、(みじ)めで悲しかった。


 リズベットの何がアルゼンを虜にしたのだろうと、考えては考え抜いた。乳母のルシンダは、リズベットがクラヴァンテ伯爵家にとって多大なる利益をもたらす存在だからだと強調し続けたが、大した慰めにはならなかった。


 フランゼットの知るアルゼンは、そのような形で他人を利用する男ではなかった。


 死にたいほどに苦しかったが、死ぬこともできず、どうにか日常へと戻ってきた。さっぱり諦めようと心に決めた。最初から自分とは縁がなかったのだと、最初からいなかった人間だと思うように自分に言い聞かせた。そして、本当に吹っ切れたのだと信じ込んでいた。


 それなのに、レトナ城へとやって来て再びアルゼンを目にした瞬間、これまでのすべての努力と決意が水の泡であったことを思い知らされた。


 アルゼンへのこの恋慕(れんぼ)が、自分自身を完全に焼き尽くし、消滅させてしまうだろうということ。その果てには灰すら残らない、悲しい空虚(くうきょ)だけが待ち受けているという、絶望的な確信が彼女を襲った。


 万人の視線を一身に浴びて燦爛(さんらん)と輝くリズベットと、そんな彼女をじっと見つめ続けるアルゼン。アルゼンを愛してもいない女に彼を奪われたという悲痛が、再び激しく押し寄せてきた。


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