28. 嫉妬
アルゼンはジェルニエと踊るリズベットを見つめていた。ジェルニエのリードに合わせてステップを刻むリズベットは、眩いほどに輝いていた。彼女のドレスは、動きや角度によって、その時々で微妙に異なる色合いと光を放ち、波打っている。
人々の感嘆に満ちた囁きが、そこかしこから漏れ聞こえてきた。
「あのようなドレスがこの世に存在したとは……本当に神秘的ですわ」
「全くだ。まさしく『身に纏う宝石』という言葉がこれほど似合うお方はいない」
「なんと堂々として美しいのだろう。海の女神という侯爵閣下の賛辞も、決して誇張ではないな」
誰もがリズベットと、彼女のドレスについて口にしていた。
「高貴なる者の青」。正直なところ、アルゼンにとっても想像を絶する衣装だった。製作過程で大量の上級サファイアを購入したことは、報告を受けて知っていた。
しかし、研究所で行われていた具体的な製作過程については関知していなかった。リズベットが秘密にしたがっていると聞き、あえて調べようとはしなかったのだ。彼女の楽しみを台無しにしたくはなかった。
今日、初めてそのドレスを目にした時、アルゼンもまた驚きを隠せなかった。漠然と思い描いていた、サファイアをあしらったドレスや装飾品という既存の概念から、それは完全に逸脱していた。
それは生まれて初めて触れる、神秘的で高貴な美だった。リズベットだからこそ可能であり、また彼女だからこそ似合う、極上の美であり贅沢だった。
ジェルニエがリズベットへ「海の女神」という賛辞を贈った時、内心では自分もまったく同じことを思っていた。違いがあるとすれば、ジェルニエはそのような言葉を滑らかに口にできる男であり、自分はそうではないということだけだった。
「あのお二人、あまりにもお似合いだと思いませんこと?」
「しっ」
ある貴婦人の感嘆の声に、隣にいた者がアルゼンを盗み見て慌てて彼女を制した。
ミロス・ジェルニエ侯爵。彼を修飾する言葉は多い。富と名誉、権力を兼ね備えた名門の当主であり、中央政界の有能な政治家。数々の外国語と国際情勢に通じた外交官。文化を愛する知識人であり、芸術の擁護者。
何より、華やかな容姿と洗練されたマナー、卓越した話術で多くの女性の心を掴んできた、当代きっての人気者であり、プレイボーイとして知られる男。
そのジェルニエが今、リズベットを抱き寄せ、熱っぽい眼差しで見つめている。リズベットが彼を見つめ返して笑みを浮かべた瞬間、グラスを握るアルゼンの手にぐっと力がこもった。胸の奥深くから、何か熱いものが突き上げてくるのを感じた。
テイトンが低く囁いた。
「お気をつけください、閣下。ジェルニエ侯爵は人妻キラーとして悪名高い男です」
アルゼンが鋭い視線を向けると、テイトンは慌てて言葉を付け足した。
「もちろん、奥様が軽率な行動を取られる方でないことは重々(じゅうじゅう)承知しております。
しかし、ジェルニエ侯爵は文学や芸術に造詣が深い知識人です。そういった方面で、奥様と話が合ってしまう可能性もございますので」
その時、舞曲が終わった。待ってましたとばかりに、何人もの貴族男性がリズベットにダンスを申し込んだ。リズベットがその中で最初に手を差し伸べた相手の手を取ってフロアへ向かう姿を、ジェルニエは静かに退いて見つめていた。
テイトンの言葉が続いた。
「ジェルニエ侯爵が滞在している間は、できる限り奥様の傍を離れない方が賢明かと」
アルゼンは黙って頷いた。
これまで他人の存在を意識し、自分と比較したことなど一度もなかった。自分が成すべきこと、成せることにのみ集中してきた。
しかし今、あの男――ジェルニエは明らかに神経に障る。夜会会場にいるすべての男たちの視線がリズベットに集中していることに対しては、誇らしい反面、手放しでは喜べないという複雑な感情を抱く程度だった。しかし、ジェルニエの存在は、それとは次元の違う強烈な緊張感を呼び起こしていた。
これまで感じたことのない不安と焦燥が、アルゼンを困惑させていた。このようなものは全く自分らしくない、見知らぬ不快な感情だった。
結局、ジェルニエの次の男とのダンスが終わると、アルゼンはリズベットの傍らに歩み寄った。
「少し休んだ方がいい。あそこに、お前の好きな海鳥の卵がある」
「わかりましたわ」
リズベットは素直にアルゼンの手を取り、彼に導かれるまま移動した。アルゼンは海鳥の卵を自らエッグスタンドに立て、エッグスプーンを添えて彼女に手渡した。
「ん、美味しいですね」
リズベットが美味そうに食べる姿を見ると、先ほどまでの不安と焦燥が嘘のように霧散していった。ジェルニエとの間にどんな会話が交わされたのか、何が彼女を笑顔にさせたのか、気になって仕方がなかったが、それを口にすることなど到底できなかった。
*** ***
(どういうわけか、いつもより親切ね)
アルゼンが勧めてくれるままに料理を口にし、飲み物を嗜みながら、リズベットは彼の顔を盗み見た。
(人前だからって、わざわざ態度を取り繕うような人ではないけれど……)
どのみち覚悟を決めてしでかしたことだ。今は夜会を楽しもうと決めたリズベットは、会場を見渡した。
盛大な夜会だった。華やかな衣装で着飾った人々が踊る姿は、まるで映画の一場面のようだった。
ある男性の手を取って踊っているシャイナの姿が見えた。シャイナの人気は今日も相変わらずで、若い男たちの熱い視線を一身に浴びていた。
(夜会なんて面倒くさいってこぼしていた割には、ずいぶん楽しんでいるじゃない?)
リズベットはアルゼンの後ろに控えているテイトンに声をかけた。
「テイトン子爵は踊らないのですか?」
「あ、ええ、そのうちに」
平然を装ってはいるものの、テイトンの視線は頻繁にシャイナの方へと向いていた。
「シャイナのところへ行って、声をかけてあげてくださいな。見知らぬ人ばかりで、少し気後れしているようですから……」
リズベットの勧めに、テイトンは一瞬ためらうような素振りを見せたが、アルゼンに目礼をすると、シャイナがいる方向へと歩き出した。




