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26. 決戦の準備

 一人で眠りにつき、遅い朝に目を覚ましたリズベットは、アルゼンが戻らなかったことを知った。初日が何事もなく過ぎ去ったことに、少しばかりの(むな)しさを覚える。


(大丈夫。本当の勝負は今夜よ。今夜の夜会が終わった後こそ、うやむやにはできないはずだから)


 食事を済ませて休息を取ったリズベットは、悲壮な覚悟で夜会の準備に取りかかった。いざ完成したドレスを目の前にすると、万感が胸に迫る。


(本当にこんなものをやってのけてしまうなんて……)

 緊張と興奮で、体が微かに震えた。


「高貴なる者の(ロイヤル・サファイアブルー)」。文字通り、上級サファイアを粉砕(ふんさい)して錬金術で加工したその色合いは、今までに目にしたことがないものだった。このドレス一着だけに、前世の感覚で言えば優に数億円はかかっている。


 この生地に初めて触れた時の、仕立て屋のモダリの反応が思い返された。モダリはしばらく言葉を失い、目を見開いたまま、目の前に置かれた生地を凝視(ぎょうし)していた。


 彼の額にじっとりと汗がにじむのが見えた。隣に座っていた長女であり助手のゾフィーにいたっては、小刻(こきざ)みに身震いするほどだった。


 長い沈黙の後、モダリが震える唇で恐る恐る尋ねたものだ。

「これは……私の目が確かであれば、ほぼサファイアそのものに見えますが……」


 リズベットの(かたわ)らにいたシャロナが答えた。


「ご明察(めいさつ)です。上級サファイアを古代の錬金術で加工したものです。これを裁断(さいだん)する際は通常のハサミではなく、共にお渡しする特殊なハサミをお使いください。破片(はへん)の一片たりとも、決して無駄にしてはなりません」


 モダリはごくりと生唾(なまつば)を飲み込み、毅然(きぜん)と答えた。

(きも)(めい)じます」


 まるで決戦を控えた兵士のように、決意に満ちた姿だった。


 そして今、モダリとゾフィーは、激しい戦闘を勝利で飾った戦士のように、達成感に満ちた満足げな表情でドレスの横に立っていた。


「お疲れ様でした。本当に完璧に、私のデザインを具現化してくださいましたね」


「奥様のお仕事に、微力ながらもお力添えできたことが、ただただ無上の喜びにございます」

  モダリの顔には、隠しきれない喜びと誇りが満ちあふれていた。


 リズベットは深呼吸をし、夜会のための本格的な準備に入った。


 まずはガウンを羽織(はお)った状態で、オイルとベースで肌のキメを整えることから始まった。錬金術で精製して作った、多角的に光を屈折(くっせつ)させる透明な魔法のオイルを肌に薄く伸ばすと、彼女の肌は澄んだ海水を(たた)えたかのように、みずみずしく透明感に満ちていった。


 続いてヘアのベースセッティングを終えた後、色彩メイクの前にドレスを着用する番だった。


 リズベットは顔に薄く滑らかなシルクのベールをそっと被った後、ゾフィーと侍女たちの手を借りてドレスを着始めた。彼女らはドレスを頭上から慎重に着せつけていく。


 首元と肩のラインが大胆に(あら)わになるオフショルダーのドレスをまとい、鏡の前に座ったリズベットは、本格的なメイクに取りかかった。


(ドレスがすでに宝石のように華やかな状態で、目元や唇にまで強い色を足してしまったら洗練さが損なわれてしまう。


 むしろ色は極限まで削ぎ落とし、優雅な光沢をプラスする『グラッシーメイク』で……)


 目元には色をのせる代わりに、細かく(くだ)いた銀とダイヤモンドの粉を極々(ごくごく)少量あしらって神秘的な印象を強調し、唇には唇本来の血色感を活かしたモーヴベージュのリップに、(ほの)かな光沢を放つオイルで仕上げた。


 さらに目尻の端へ、ドレスと同じ色合いのブルーパールを微細なポイントとして乗せてメイクを締めくくった後、首筋から鎖骨(さこつ)のライン、そして肩先へと、柔らかな輝きを放つ透明なハイライターを滑らせた。


 みずみずしい肌の(つや)が、ドレスの放つサファイアブルーの(きら)めきと自然に溶け合い、彼女の全身が穏やかな光に包まれているかのようだった。


 もうすぐアルゼンと対面するのだと思うと、緊張で体が微かに震えた。アルゼンは一体、どんな反応を見せるだろうか。


 今日の夜会がどれほど重要な席であるかは、アルゼン自身が誰よりも分かっている。感情を(りっ)する能力が並外れた男だ。たとえ頭に血が上るほど怒りを覚えているとしても、夜会が幕を閉じるまでは絶対に表に出さないはずだ。


 リズベットは鏡に映る自分の姿を最終チェックした。ヘアスタイル、メイク、衣装、アクセサリーに至るまで、すべてが完璧(かんぺき)に整っていた。


 燦然(さんぜん)と輝く青いドレスに、同じ生地で仕立てられた靴。アクセサリーは、以前アルゼンからもらった真珠のネックレスだけを身につけた。今日の主役は、どこまでもドレスなのだ。


 すでにそれ自体で(まばゆ)い光彩を放っているドレスに、ぎらつく宝石を付け足すのはかえって野暮(やぼ)というもの。(ほの)かな乳白色の美しい輝きを放つ真珠は、顔まわりの(きら)めきを上品に抑えつつ、ドレスの華やかさを格式高く調和させていた。


「アルゼンが見たら、驚くかしら?」


 リズベットの独り言に、侍女たちは一斉に深く首を縦に振った。


(落ち着きなさい。今の私に必要なのは、『嫌われる勇気』にプラスして『戦士の心臓』よ)


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