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25. 奇跡の波紋

 庭園のいたる所に配された魔導照明が再び(まばゆ)い光を放ち、燕尾服(えんびふく)姿の洗練された従僕たちや、優雅なエンパイアドレスをまとった侍女たちが、酒や茶、あるいは菓子を載せた銀のトレイを手に人々をもてなし始めた。


 ここからは自由に庭園を散策しながら親睦(しんぼく)を深める、歓談の時間だった。多くの人々が、示し合わせたかのようにリズベットとアルゼン、そして大伯爵のもとへと詰めかけてくる。


 舞姫たちの衣装やベールに使われた新しいシルクの生地、そしてその他の小道具に対する関心も多大だったが、最大の話題はやはり断トツでオロールのことだった。


「あの銀の仮面の舞姫は、やはりオロール殿で間違いないのですか?」

「本当に、完全に火傷が回復したのですか?」


 こうした熱狂的な関心は予想通りだったため、リズベットの(かたわ)らに控えていたシャロナが冷静に対応に出た。


「オロール殿の傷が()えたのは事実でございます。損傷前の状態へと巻き戻す『再生の秘術』であり、伯爵夫人とヴィーチェ様が古代の英知を再現なされたのです。

 もちろん、誰にでも、誰に対してでも扱える魔法ではございません。あくまで、お二人が力を合わせられたからこそ可能だったことであり、対象者の資格も重要となります……」


 シャロナは、誰にでも無条件で可能な術ではないという点や、そのリスクについて淡々と説明した。しかし、目の前で驚くべき奇跡を目撃した人々が、そう簡単に興奮を収めるはずがなかった。


 ディクレール公爵をはじめとする魔法名家の人々は目を輝かせ、少しでも関連する情報を探ろうと躍起になっていた。


「私はヴィーチェ様をお手伝いしたに過ぎません。決して私一人の力で成せることではないのです」


 リズベットはヴィーチェが言った通り、自分の役割は最小限に限定し、ヴィーチェが主導したこととして語った。


「伯爵夫人のお言葉通りなら、その魔法はヴィーチェ様が有していたもので、それを伯爵夫人が解読して実現させた、ということになりますな。私の理解で間違いないでしょうか?」

 ディクレール公爵が確認するように尋ねた。


「ええ、その通りです」


「ヴィーチェ様といえば古代魔法の研究でも名高いお方ですが、その方が解けなかったものを解読なさるとは……。

 失礼でなければ、そのような知識をどこで得られたのかお伺いしてもよろしいですか?」


「幼い頃、母から少し教わりました」

 これまですべてそう通してきたため、ここでも突き通すしかなかった。


「夫人のお母上は、きっと隠れた賢者に違いありませんな。以前、エンジット公爵邸を訪問したことがあったのですが、その際、夫人と偶然にでもお目にかかっておくべきでした。痛恨(つうこん)の極みです」


 ディクレール公爵は心から名残惜しそうにした後、近くにいたエンジット公爵へと向き直った。

「なぜこれほど素晴らしいご令嬢を社交界にも披露せず、隠しておられたのですか?」


 エンジット公爵夫妻は、ただぎこちない笑みを浮かべることしかできなかった。


 しばらくして、ドレスに着替えたオロールが登場し、リズベットの傍らにやってくると、人々の驚きはいっそう大きくなった。


 それまで半信半疑だった者たちも、あまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。オロールの姿は、現在の年齢というよりも、人々が記憶している事故の前のあの頃――20代前半のみずみずしい美しさそのものだったからだ。


 シャロナが再び説明を加える。

「先ほど申し上げた通り、これは『再生の秘術』でございます。あくまで損傷前の状態へと回復させるものに過ぎません」


 これが万が一にも「若返(わかがえ)り」のようなものとして受け止められるのを懸念してのことだった。それでも、これが奇跡であることに変わりはない。


「あの頃の姿のままだわ」

「これは奇跡だ。一体どうやってこんなことが……」


 人々のざわめきの中で、ディクレール公爵が低く感嘆の息を漏らした。


「これこそが、魔法の深淵(しんえん)か」

 多くの人々が深く頷き、同意を示した。


「ヴィーチェ様が出席されていれば良かったのですが、お目にかかれないのが残念ですな」

 ディクレール公爵が大伯爵に話しかけた。


「ヴィーチェというお方は、誰かが縛り付けておけるような存在ではないでしょう? 幸いにも縁があり、また我が家のリズベットを格別に見込んで共に研究し、活動してくれているのですから、出席を強いるわけにはまいりませんよ」


「若い頃に一度お目にかかったことがあるのですが、当時も捕らえどころのない、風のようなお方でした。

 おそらくヴィーチェ様は私のことなど覚えてもおられないでしょうがね」


 ディクレール公爵はどこか寂しげな表情で、名残惜しそうに言った。


      ***   ***


 しばらくして、リズベットとオロールを取り巻く騒ぎが多少落ち着いた後、オロールはジェルニエ侯爵の前へと進み、頭を下げた。


「事前にお知らせできず、申し訳ありませんでした。本日の公演でお披露目(ひろめ)する予定でしたので、お伝えすることができなかったのです」


 ジェルニエは穏やかに微笑んだ。

「気になさらないでください。このような嬉しい驚きなら、いつでも大歓迎です」


「先ほどお聞きになった通り、今回、私は伯爵夫人にあまりにも大きな恩義を受けました。

 この件に関しまして、明日にも侯爵閣下のもとへ正式に伺い、お話ししたいことがございます」


 ジェルニエはゆっくり首を振った。

「わざわざそんな面倒なことをする必要はありません。私が望むのは、あなたが自由に自身の人生を歩んでいくことです。どうか、心の(おもむ)くままになさってください」


「ありがとうございます。侯爵閣下のご恩は決して忘れません」


「今日のあなたの舞いは本当に美しかった。それだけで、報いは十分です」



 夜も更けていったが、アルゼンとリズベット、そして大伯爵の周囲には相変わらず多くの人々が群がっていた。本日の公演や各種衣装のことはもちろん、新しくお披露目されたシルク製品についての問い合わせが殺到していたのだ。


 別の場所では、若い男貴族たちがシャイナの周りに群がり、熱烈な関心を寄せていた。二枚重なった半透明で眩いきらめきを放つ翅を背負ったシャイナは、文字通り、小悪魔のように愛らしく可憐な妖精そのものだった。


 熱い視線に気後れしそうなものだが、シャイナは持ち前の快活で毅然(きぜん)とした性格を活かし、楽しげに会話を交わしながら人々とうまく打ち解けていた。


(シャイナはどこにいても堂々としているわね)


 内心で微笑んでいたリズベットは、ふとアルゼンの後ろに控えているテイトンに目を留め、首を傾げた。いつも冷静沈着で冷徹な雰囲気を崩さないテイトンが、どこか焦燥感(しょうそうかん)をにじませ、落ち着かない様子を見せていたからだ。


 彼の視線が頻繁(ひんぱん)に向かう先を確かめたリズベットは、少し驚いた。ここしばらく、シャイナが若い男たちから急速に注目を集めていることはリズベットも知っていた。


 しかし、あの実直(じっちょく)堅物(かたぶつ)なイメージのテイトンまでが、シャイナに想いを寄せているとは夢にも思わなかったのだ。


(自分とは正反対のタイプに()かれる……そういうものかしら?)


 合間を()ってはシャイナの方を(うかが)いつつも、完璧にアルゼンを補佐する姿には感心させられるが、職務上、持ち場を離れることもできずに気を()んでいる様子は、少し不憫(ふびん)に思えるほどだった。


 夜が深く更けた頃、宴が幕を閉じた後も、アルゼンは場所を移して会合を続けることになり、リズベットは一足先に寝室へと向かった。


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