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23. 華やかな幕開け

 大伯爵がとりわけ心待ちにしていた客人の一人であり、リズベットにとっても特別な意味を持つ人物――ジェルニエ侯爵が、ついにレトナ城に到着した。


 ジェルニエと対面したリズベットは、平然を装おうと必死だった。ここへ来る前、現世で最後に攻略したキャラクターである彼を目の前にして、どういうわけか緊張で胸が震えていた。


 黒みがかった紺青(こんじょう)の髪に、輝く灰色の瞳。繊細で秀麗(しゅうれい)な顔立ちのジェルニエは、さすがに一目で目を引く美男子だった。発表されたばかりの赤褐色のシルクコーデュロイのコートに、アイボリーのシルクジャケットを合わせた洗練された装いだ。


遠路(えんろ)はるばるお越しいただき、深く感謝いたします」


 ルヴェインに続き、アルゼンも挨拶を交わした。

「お越しいただき、ありがとうございます」


 ルヴェインは以前から度々王都に出入りしていたが、アルゼンは領地を離れることが滅多になく、ジェルニエとは顔見知り程度の間柄だった。


「クラヴァンテ伯爵にお目にかかるのは、ずいぶんと久しぶりのようですね。王都へはあまり足を運ばれないので、お会いするのが難しい」


「近頃は色々と立て込んでおりまして、そうなってしまいました」


 挨拶を終えると、ジェルニエはリズベットへと歩み寄った。

「ようやくクラヴァンテ伯爵夫人にまみえることができましたね。ミロス・ジェルニエと申します」


 リズベットの手の甲に口づけを落としながら、ジェルニエは微笑んだ。明るい灰色の中に、ほんのりと緑が混ざった、神秘的で美しい瞳だった。


「私の方こそ、お目にかかれて光栄です。クラヴァンテ伯爵の妻、リズベットです」


「近頃レトナ城では、驚くべき出来事が連日のように起きていると聞き及んでおります。その中心に夫人がいらっしゃるとか。王都の多くの者たちが、夫人の噂をしておりますよ」


「噂に尾ひれがついているのでしょう。私はただ、少しばかりの知識で魔導士の皆様をお手伝いしているに過ぎません」


(やっぱり、グラフィックは本物には敵わないわね)


 アルゼンの時にも感じたことだが、実際に目の当たりにしたジェルニエの魅力は凄まじいものだった。


 ゲームの世界において、ジェルニエ侯爵は中央政界の有力政治家であり、諸国の言語や情勢に通じた外交官。多くの女性の憧れの的でありながら、流行を牽引するファッションリーダー――いわば、時代のセレブのような存在だった。


 考えてみれば、実に奇妙な巡り合わせだった。4人の男主人公の中で唯一攻略しておらず、それゆえに情報もほとんどなかったアルゼンと、結婚から物語が始まるなんて。


(何の意味もない、運命の悪戯(いたずら)のようなものかしら? それとも、これらすべての出来事には何か隠された意味でもあるの?)


 ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。


     *** ***


 (あか)い夕焼けが降りた庭園に、数百もの魔法の灯火が一斉に明かりを灯した。初春の、本来なら肌寒い気候であるはずだが、魔法結界に包まれた会場は暑すぎず寒すぎず、適度な快適さに保たれていた。 そこへ、夕映(ゆうば)えを反射して淡く輝く『レトナの翼』が、いっそう神秘的な雰囲気を添えていた。


『レトナの翼』がよく見える位置へと、コの字型に配置された長い晩餐用(ばんさんよう)テーブルに参加者たちが案内された。人々は挨拶を交わし、近況を語り合う。その席で、断トツの話題となっていたのは、やはりレトナの翼とレトナ・シルクだった。


「聞き及べば、クラヴァンテ伯爵夫人は美に対する感覚が人並み外れているとか。一体どのようなドレスをお召しになって現れるのでしょうね?」


「あのレトナ・シルクを生み出したお方ですもの。素晴らしいものをお披露目(ひろめ)してくださるに違いありませんわ」


「本当に楽しみですな」


 しばらくして、家令が伯爵夫妻の入場を告げ、アルゼンとリズベットが姿を現すと、それまでざわついていた庭園は好奇に満ちた静寂(せいじゃく)に包まれた。


 ミッドナイトネイビーのコートに銀灰色のシルクベストを纏ったアルゼンの(かたわ)らで、リズベットのパールホワイトのドレスは、まるで月光を粉にして散りばめたかのように玲瓏(れいろう)な輝きを放っていた。彼女が動くたび、奥ゆかしい光沢がしなやかに波打った。


 二人が会衆に丁重に挨拶をして(かたわ)らに控えると、本日の主役である大伯爵ルヴェイン、そして先代伯爵夫人であるトリシが入場した。


 ルヴェインは重厚感のあるミッドナイトブルーのシルクに、金糸で伯爵家の紋章である海竜を織り込んだシルクブロケードのコートを羽織(はお)り、その内側にはシャンパンゴールドのシルクベストを合わせていた。トリシは重厚なシルクベルベットを用いた、ディープエメラルドグリーンのハイネックドレスを身に纏っていた。


「まあ、なんて気品があって優雅なのでしょう」

「本当ね、色合いもデザインも素晴らしすぎるわ!」

「さすがはレトナシルクの産地と言うべきね」


 人々は声を(ひそ)め、感嘆に満ちた感想を口々に漏らした。


 リズベットは内心、誇らしげな喜びに(ひた)っていた。これらの衣装はすべて、この日のためにリズベット自身がデザインし、素材を厳選したものだった。自分のブランドを立ち上げたファッションデザイナーにでもなったかのような気分だった。


 参加者が全員席につき、祝賀の乾杯が交わされた後、本格的な晩餐が始まった。山海の珍味を網羅(もうら)した多彩で華やかな料理がテーブルを埋め尽くす中、歌手の歌声や道化師(どうけし)の才気あふれる小話、曲芸師たちの妙技など、様々な出し物が宴を盛り上げた。


 晩餐が終わりに近づく頃、屋外庭園を明るく照らしていた魔導照明が一つ、また一つと消えていき、代わりに木々に仕込まれた魔法具が、淡い銀色の光を放ち始めた。


 家令(かれい)が客人たちに案内を告げる。

「これより、伯爵夫人様が大伯爵様の古希のお祝いとしてご用意された、特別な公演が執り行われます」


 その言葉が終わるや否や、黒い制服に身を包んだ使用人たちが現れ、素早い身のこなしで晩餐の席を迅速(じんそく)に片付けていった。


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