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21. 問い

 祝宴の日が近づくにつれ、レトナ内城全体がいっそう慌ただしさを増していった。


 バルマン辺境伯一家は、他の客たちよりも一足早くレトナ城に到着していた。フランゼットのドレスのデザインを、リズベットが引き受けることになっていたためだ。久しぶりに会うフランゼットは、以前に比べて多少やつれて見えたものの、どこか落ち着いた雰囲気をまとっていた。


 リズベットは、アルゼンへ向けられたフランゼットの恋心に気づかない振りをし、これまで通り彼女に接しようと努めた。仕立て屋のモダリ父娘を呼び寄せて採寸(さいすん)を済ませ、ドレスの色やデザインについての打ち合わせを終えた後、リズベットはフランゼットを連れて温室へと向かった。


 ヴィーチェが手がけた温室の噂はすでに広く知れ渡っているようで、フランゼットが興味を示したからだった。


「あの時、海岸で見た場所に似た雰囲気ですね」

 温室に足を踏み入れたフランゼットが、ゆっくりと周囲を見回しながら言った。


「そのようですね」

 リズベットは少し照れくさそうに笑った。


 色鮮やかな花や木々が香りを放ち、美しく調和している一般的な温室とは異なり、ここは大小の岩や粒の粗い無骨な土で覆われていた。まるで、どこか荒涼(こうりょう)とした屋外の景色をそのまま切り取って持ってきたかのような、独特の情緒(じょうちょ)(かも)し出していた。


「『妖精の涙』、とおっしゃいましたか? まあ、つぼみが結んでいますね。この季節にも咲くものなのですか?」

 フランゼットは軽く身を屈め、小さな花のつぼみを観察した。


「本来の開花時期とは違うのでしょうけれど、腕の良い庭師たちが、いつでも花を楽しめるように管理してくれているのです。ヴィーチェさんも手伝ってくださいましたし」


「この温室を作られたのも、ヴィーチェ様だそうですね」

 フランゼットは上体を起こし、顔を上げて温室を見上げた。


 透き通った光を優美に透過するガラスと、流麗(りゅうれい)な曲線を描く天井。温室そのものが、まるで一つの巨大な宝石のような芸術品だと周囲から称賛されていた。


「どのような方なのか一度お目にかかりたかったのですが、(かな)いませんでしたね」

「そうですね。あいにく今は旅に出ていらして、レトナ城にはおられないのです」


 祝宴には不参加だと言っていた言葉通り、ヴィーチェはしばらく旅に出ると告げて、すでに姿を消していた。


 一通り温室を見終えたフランゼットは、リズベットと向かい合って席に着いた。


「奥様のためにこれほど特別な温室を作ってくださるなんて……伯爵様は、奥様を本当に深く愛していらっしゃるのですね」


 リズベットは何と答えるべきか分からず、ぎこちない微笑みを浮かべたままティーカップを口に運んだ。肯定も否定もできない、いたたまれない心境だった。


 そんなリズベットを真っ直ぐに見つめ、フランゼットが静かに問いかけた。

「奥様は、伯爵様を愛していらっしゃるのですか?」


 ドクン、と心臓が()ね上がった。


 フランゼットはなぜ、このようなことを尋ねるのだろう。まだアルゼンへの想いを断ち切れていないからだろうか。それとも、単なる好奇心なのか。


 答えなければならないのに、どうしても言葉が出てこない。いずれ彼のもとを去るつもりでいる自分が、「愛」などという言葉を軽々しく口にしてはならないような気がした。


 それでも、目の前にいるフランゼットを完全に諦めさせなければならない。リズベットは懸命に表情を整え、穏やかに微笑んでみせた。


「ええ、もちろんです」


 その答えに納得したのだろうか。フランゼットはそれ以上何も聞かず、静かにお茶を口に含んだ。


       ***    ***


 刹那(せつな)の沈黙。一瞬、止まった動き。


 フランゼットは、リズベットが見せた(かす)かな動揺と迷いを見逃さなかった。アルゼンを愛しているならば、躊躇(ためら)う理由などあるはずがない。すでに彼の妻であり、あれほどの至上の愛を注がれている身ではないか。


(あの女は、アルゼン様を愛していない)


 結婚後、立て続けに凄まじい偉業を成し遂げていながらも、社交界には一切姿を現さないせいで、クラヴァンテ伯爵夫人に対する好奇の目と噂は日に日に大きくなるばかりだった。


 公爵家の庶子(しょし)であるリズベットが、あちらの実家では己を徹底的に隠し通し、クラヴァンテ伯爵家に(とつ)いでからその隠された能力と才能を思う存分開花させているという話も、その中の一つだった。


 もしかすると、結婚式の時に彼女が見せたあの涙は、公爵家を抜け出せたことへの安堵と喜びゆえだったのだろうか。それとも、アルゼンの同情を誘うための演技だったのか。


 フランゼットの心は、再び激しく揺れ動いていた。


 アルゼンはリズベットのために、彼女が望むことなら何だってしてのけている。それなのに、当のリズベットはアルゼンの権力と富を(むさぼ)るように享受(きょうじゅ)しながら、彼のことを愛してすらいない。


(アルゼン様は利用されている)


 手のひらに食い込む鈍い痛み。手が痛くなるほどに拳を固く握りしめている事実に気づき、フランゼットは激しい混乱に陥った。嫉妬を超えた、純粋な怒りの感情が自分を(むしば)んでいくのを感じたのだ。


(こんなことでは駄目よ。貴族の結婚など元々そういうものだし、そもそも私が口を挟むようなことではない)


 リズベットはクラヴァンテ伯爵家に多くの利益をもたらしており、何よりアルゼン自身が彼女に満足している。リズベットがアルゼンを裏切ったり騙したりしているわけでない以上、リズベットを非難する権利など自分にあるはずがない。


 そんなことは百も承知だというのに、己の意志とは裏腹に、フランゼットの胸は重苦しい絶望と悲しみに押し潰されそうになっていた。


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