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18. 再生の秘術

 いつものようにリズベットが『美の錬金術』を開いた時のことだった。ページがひとりでにめくれ、見たこともないページが現れた。


「再生の秘術……?」


 不可解に思いながら内容を読み進めていたリズベットは、これが尋常ならざるものであると悟り、ヴィーチェを呼んだ。


 該当するページを共に覗き込んだヴィーチェが尋ねる。

「これは……とてつもない秘術だね。一体何を思ってこんなものまで見つけ出したんだい?」


「わざと探したわけじゃありません。本を開いたら、勝手にこのページが開いたんです」


「意図したものではないと? だとすれば、本がリズベットの関心を読み取って反応したということか」


「そんな気がします。一番最初に開いた時に出てきたのが、化粧品に関することだったのを考えても」

「ふむ……」


 ヴィーチェは意味深な眼差しでリズベットを見た。

「おそらくオロールのことだろうね。これが出るほど、あんたが彼女のことを想っていた証拠だ。当然、やってみるんだろう?」


「可能なことなら、してあげたいです。傷跡(きずあと)も問題ですが、少しでも彼女の健康が回復すればいいと思って」


「いいだろう。あたしが術者を務めてやる。その代わり、条件がある。この秘術をあたし以外の術者には決して教えないと約束しておくれ。

 これは禁忌の秘術であり、魔法の深淵(しんえん)に触れるものだ。大いなる祝福であると同時に、災厄(さいやく)の源にもなり得る」


「約束します」

 リズベットはヴィーチェの要求を素直に受け入れた。


 ヴィーチェの言葉通り、この秘術は一般的な魔法ではない。神的な存在に由来する神聖な力を借りて行われる秘儀だった。ゆえに、この術には神に祈りを捧げる「司祭」と、術を()り行う「術者」の二人が必要だった。


 さらに、この秘術を授かる者の「資格」もまた重要な要素であった。成功するか否か、そして成功したとして、どの程度の奇跡が体現されるかは神の判断に委ねられており、人間には未知の領域だった。


 ヴィーチェが「呪い」という表現を使った理由は、資格のない司祭や術者が不適切な対象にむやみに試みた場合、神の怒りに触れて惨酷(ざんこく)な結果を招く恐れがあるからだった。


「……悪い結果になったりはしませんよね?」

 リズベットの不安げな言葉に、ヴィーチェは笑った。


「そんなことはあり得ないよ。これほど立派な司祭に、あたしほどの術者が揃っているんだ。最悪でも効果が薄い程度さ。

 オロールは大丈夫だよ。リズベットがあれほど心を砕く相手なんだ、資格は十分にある」


「何ですか、それ」

 リズベットは(あき)れて笑ったが、ヴィーチェは至って真剣だった。


「聖なる書物、『美の錬金術』が認めた人じゃないか。リズベットは一度だって、この本から『資格がない』と言われたことはないだろう?」


「……そんな言葉は出ませんでしたが、望む答えが得られなかったことはあります」


「望む答えでなくとも、答えはあったはずだ。その答えには、必ず意味があるものさ」

「そうでしょうか……」


 リズベットは物思いに(しず)んだ。自分の行く末や、どうすべきかについては依然として道が見えない。確かなのは、ただ進まなければならないということだけだった。


    *** ***


 リズベットとヴィーチェから秘術についての提案を受けたオロールは、激しく動揺し、しばらく言葉を失っていた。


「……あまりに勿体ないお言葉です。私にこれほど大きな恩恵を授けてくださるなんて。私は夫人様に、お返しできるものを何も持っておりませんのに……」


 戸惑うオロールに、ヴィーチェが告げた。

「あんた自身がいるじゃないか。これからはリズベットの人間になって、彼女を助ければいい」


「ヴィーチェ、何を言い出すんですか」

 慌てて制そうとするリズベットを余所に、ヴィーチェは構わず続けた。


「これは神的な存在からの恩寵(おんちょう)()う儀式だ。誰にでもできることじゃないし、誰にでも授けられるものでもない秘術なんだ。相応の対価が伴うのは当然の理さ。

 リズベットがあんたを選んだ以上、少なくとも今よりはずっと良くなる。それはこのあたしが保証してやるよ」


 オロールは淡々と、だが重みを持って首首肯した。

「至極、ごもっともな(おお)せです。喜んでお言葉に従います。

 ただ、私はジェルニエ侯爵閣下に多大なる恩義を賜っておりますゆえ、閣下にご了解をいただいた後、正式に夫人様にお仕えできるようお時間をいただけますでしょうか」


「ヴィーチェ、何もそこまでしなくても……」

 困惑するリズベットに、ヴィーチェはその理由を説明した。


「リズベット、これは神的な力を借りる神聖な術であり、魔法の深淵なんだ。決して軽い気持ちで臨んではいけないよ。

 それ相応の覚悟なしにむやみに秘術を振るえば、対象のオロールだけでなく、あんたにも後々耐え難いほどの大きな負担となって跳ね返ってくるだろうからね」


 致し方なく、リズベットはヴィーチェの言葉を受け入れた。


「分かりました。ジェルニエ侯爵も今回の行事に参加されますから、その時にお会いしてお話ししましょう。

 私たちも初めて試みることなので、どれほどお役に立てるかは分かりません。ですが、少しでも好転することを願って臨みましょう」


 オロールは(うやうや)しく答えた。

「私のためにこれほど心を(くだ)いてくださる、そのお気持ちだけで恐悦(きょうえつ)至極(しごく)に存じます。

 ただ一つ、心に掛かるのは……果たして私にそのような恩寵を願う資格があるのか、もしや夫人様を失望させてしまうのではないか。それが心配なのです」


「どういう意味ですか?」

 リズベットが不思議そうに尋ねると、オロールは一瞬躊躇(ちゅうちょ)した後、慎重に口を開いた。


「正直に申し上げます。私の心には、未だに私をこのような姿にした者への怒りと怨恨、そして復讐心が消えずに残っております。


 私の力ではどうにもできぬことゆえ、考えまいと努めてはおりますが、決して消えることも色褪せることもなく、折に触れては(よみがえ)り、私を生き地獄に突き落とすのです。


 このような心で、果たして神聖な儀式を執り行うことができるのでしょうか……」


 すると、ヴィーチェが言った。

「世の中には、許されざる者、許される資格のない者が大勢いる。罪を犯した者が悪いのであって、許せないことは決して間違いじゃないよ。


 オロール、あんたは強くて真っ直ぐな人だ。怒りと復讐(ふくしゅう)(しん)に支配されず、自分自身を守り抜いてきたじゃないか。それだけで資格はもう十分さ。だからリズベットを信じて、この機会をあんたのものにしなさい」


 オロールの瞳に、熱いものが宿った。

「……ありがとうございます。(つつし)んで、夫人様のお(こころざし)拝受(はいじゅ)いたします」


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