17. 衣装の完成
舞台衣装が完成したという知らせを聞き、練習室に集まった踊り子たちは、好奇心と期待に満ちた表情を浮かべていた。レトナ・シルクの本場であるレトナ城で、しかも伯爵夫人が直々にデザインした衣装となれば、間違いなく素晴らしいものに違いないという確信があった。
「隣の部屋に衣装が用意されているわ。ついてきなさい」
侍女に従って練習室の隣室へ入った踊り子たちは、それぞれの名前が記された木箱を受け取った。堅牢な高級木材で作られた、立派な箱だった。
監督であるオロールにも、同じ箱が与えられた。衣装の特性を理解し、その魅力を最大限に引き出す演出をしてほしいという、リズベットの意図だった。
「伯爵夫人様が直々にデザインされた、この上なく貴重な衣装だわ。ゆめゆめ、傷つけることのないように」
侍女の厳重な警告を受け、踊り子たちは高鳴る鼓動を抑えながら、慎重に箱を開けた。衣装を目にした瞬間、あやうく歓声を上げそうになったが、侍女たちの視線を気にして皆ぐっと堪えた。
流麗な光沢を放つハボタイシルクの上に、半透明のシルクシフォンを幾重にも重ねたパールホワイトの衣装。それはまるで妖精の羽のように、幻想的で神秘的な雰囲気を醸し出していた。
王都でも指折りの踊り子である彼女たちの多くは、パトロンからシルクの服を贈られた経験もあったが、この衣装に使われている生地は、当然ながらどれも初めて手にするものだった。
空気のように透明なシルクガーゼのヴェールもまた、驚嘆すべき一品だった。
踊り子たちは息を潜めて着替えを済ませ、それぞれのヴェールを纏った。衣装は同じ色合いだが、踊り子一人ひとりの身長や体型に合わせて、デザインが細かく調整されている。
夜明けの霧のように柔らかく透明な質感のヴェールは、端に魔力を宿した銀糸で刺繍が施され、裾に向かって徐々に深い夜の色へと染まっていくグラデーションになっていた。
「まあ、なんてこと……」
「あまりにも、美しすぎるわ」
あちこちから感嘆の溜息が漏れた。
*** ***
リズベットは満足げな眼差しで踊り子たちを見渡した。彼女たちからは、統一感がありながらもそれぞれの個性が際立つ、神秘的で優雅なオーラが漂っていた。
「動きに不便なところがないか、一度動いてみてください」
リズベットの要請に従い、踊り子たちが舞の所作を披露した。身体を柔らかく包み込み、翻るたびにたゆたう優雅さは、リズベットの期待を遥かに超えていた。
「今回の公演が、お祖父様への素敵なプレゼントになると同時に、多くの人々の心に特別に刻まれるものになってほしいと思っています。
皆さんがお一人ずつ、それぞれの劇団で最高の踊り手であることはよく承知しています。ですが、この公演に限っては、全員が主人公であるという気持ちで心を一つにし、舞台を輝かせてほしいのです。
公演が無事に終わりましたら、約束していた報酬とは別に、その衣装とヴェールを皆さんに差し上げます」
リズベットの言葉に、踊り子たちは息を呑んだ。この衣装とヴェールは、約束された報酬よりも遥かに高価であることは明白であり、彼女たちの立場では一生かかっても手にすることのできない、至高の贅沢品だった。
「ありがとうございます。精一杯務めさせていただきます!」
「必ずや、奥様の期待にお応えいたします」
踊り子たちは喜びを隠せなかった。感激のあまり、目に涙を浮かべる者さえいた。
*** ***
その夜、リズベットの呼び出しを受けて温室へ案内されたオロールは、『妖精の涙』が満開になった温室内の光景に言葉を失った。
「温室の中に、これほど美しい風景があるなんて……驚きました」 「本来は、満月の夜にこの野草が自生している場所へ行かなければ見られない光景なんです。昼間はありふれた雑草のように見えて、あまり見栄えがしませんけれど」
「これを拝見すると、夫人様がおっしゃっていた『霧に包まれた月光』のイメージが、より鮮明に伝わってまいります」
リズベットは照れくさそうに微笑んだ。オロールにこの風景を見せたかった理由を、すぐに理解してもらえたことが嬉しかった。
茶を挟んで向かい合った二人は、しばらくの間、言葉を交わさず静かな沈黙と、神秘的でありながらどこか可憐な夜の空気に浸っていた。
オロールの様子を伺いながら、リズベットは慎重に言葉を切り出した。
「ヴィーチェさんから、オロールさんの体調について聞きました」
オロールの体が強張るのを察し、リズベットは素早く言葉を継いだ。
「オロールさんを今回の公演から外すつもりはありません。オロールさんこそが、この公演を私のイメージ通りに形にしてくれる方だと信じていますから。
ただ、このお話をしたのは、決して無理をせず、十分に休息を取りながら臨んでいただきたいからです。ヴィーチェさんにも話してありますので、医者の助けが必要な時はいつでも、私の侍女たちに伝えてください」
オロールはしばらく沈黙を守っていたが、やがて静かに口を開いた。
「ありがとうございます。厚かましいとは存じますが、夫人様の慈悲に甘え、任務を全うさせていただきます。必ずや、この公演を成功させてみせます」
感情を最大限に抑えてはいたが、オロールの声はかすかに震えていた。




