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15. シルクの誘惑

 新しいシルクの生地たちが、ついに完成した。 雲のように軽く蜘蛛(くも)の糸のように透き通った「シルクシフォン」や「シルクオーガンジー」、(きり)のように半透明な「シルクジョーゼット」、そして「ハブタイ」。それらを眺めていると、舞台衣装を作る前に、自分でも身に(まと)ってみたいという欲が湧いてきた。


(これくらいの贅沢(ぜいたく)はいいわよね)


 どうせ「贅沢プロジェクト」を始めたのだ。自分へのご褒美くらいあってもいいだろう。そう考えたリズベットはモダリを呼び、自分のための服を注文した。


 シルクジョーゼットで作られたスリップドレスとナイトガウンが届いた瞬間、リズベットはその美しさに一目で魅了されてしまった。予定していた乗馬や剣術の練習を後回しにして、さっそく試着してみることにした。


 シルクジョーゼットの感触を肌で直接感じたくて、下着まで脱ぎ捨ててスリップを身に(まと)う。リズベットはかすかな興奮の中に目を閉じた。肌を滑り落ちるそのひんやりとして、かつさらりとした感触は、完璧そのものだった。


「やっぱり、バイアスカットで注文して正解だったわ」


 リズベットが体をひるがえすと、布目(ぬのめ)に沿って裁断されたシルクの(すそ)が、腰の曲線をなぞるようにしなやかに揺れた。薄い布越しに透ける彼女のシルエットに、侍女たちは息を呑んで見惚れた。


 光を反射して柔らかく輝く半透明のスリップドレスは、まるで淡い霧に包まれているかのような雰囲気を(かも)し出し、ひどく官能的だった。


(ものすごく気に入ったけれど……やっぱり、これを夜に着るのは駄目ね。アルゼンが遠出して留守の時、一人で寝る時にだけ着ることにしましょう)


「どうかしら?」

 リズベットが振り返ると、魂を奪われたかのように見つめていた侍女たちが口を揃えた。


「なんてお美しく、神秘的なのでしょう……」

「美しいという言葉では足りません。何と言いますか、とても……人を惑わすような魅力に溢れています」


「伯爵様が明日お戻りになってこれをご覧になれば、さぞお喜びになるでしょうね」

 ジルマの言葉に、リズベットは苦笑いを浮かべた。


(夜に着るなんて、とんでもないわ)


 アルゼンは10日間の予定で出掛けており、戻るのは明日の予定だ。これはあくまでリズベット自身の満足のために作ったものだった。


(これはサテンのパジャマと一緒に、アイテムボックスに入れて持っていこう)


 満足げな気分で鏡に映る自分の姿を鑑賞していた、その時だった。 予告もなく、突然ドアが勢いよく開いた。驚いた侍女たちは、とっさにリズベットの前に立ちはだかり、彼女の姿が見えないように隠した。


 部屋に入ってきたのは、他でもないアルゼンだった。侍女たちは状況が状況だけに、アルゼンに深々と礼をしながらも、リズベットの前から退こうとはしなかった。


 アルゼンは、女たちが群がってリズベットの姿を隠している状況が理解できないのか、怪訝(けげん)そうな表情で立ち尽くしていた。


「えっ? お、お早いお帰りですね?」

「予定より早く片付いたんだ」


 アルゼンの後ろにいるルパートが、何事かと思って首を伸ばして覗き込もうとすると、ジルマが目を剥いて「早く外へ出ろ」と合図を送った。


 それを察したテイトンがルパートの背中を軽く叩き、外を指差して促す。テイトンがルパートと従者たちを連れて出ていくと、リズベットが止める暇もなく、ジルマは侍女たちを引き連れて素早く彼女の側を離れた。


「では、私たちはこれで失礼いたします」

「あ、ジルマ……っ!」


 リズベットは侍女たちを呼び止めようとしたが、時すでに遅し。侍女たちは笑いを(こら)えるように唇をきつく噛みしめ、早足で部屋を出ていってしまった。


 不意にアルゼンと二人きりにされたリズベットは、激しく狼狽(ろうばい)した。同性同士でも少し気恥ずかしい格好なのに、まさかこんな姿でアルゼンの前に立つことになるなんて。


 その瞬間、リズベットの背後にある窓から、正午の(まぶ)しい陽光が差し込んだ。


 アルゼンはそのまま硬直した。彼の目に映ったのは「服」ではなかった。(まぶ)しい光を含んで白く散乱するシルクの霧。そして、その霧の向こう側に隠しようもなく投影された、リズベットの細い腰と滑らかな脚のラインだった。


 アルゼンの吐息が、深く荒くなった。リズベットは慌てて腕で胸元を隠したが、その動きさえもシルクの(すそ)をより刺激的に体に密着させるだけだった。


 真っ赤になった顔で、リズベットは言い訳するように口を開いた。

「あ、あの……これは、その、新しくできた生地を試着していただけで……」


 しどろもどろになりながら、まずは服を着なければと動こうとした。しかし、アルゼンが素早く彼女の行く手を塞いだ。


 戸惑って見上げると、アルゼンの口角がわずかに上がっていた。

「あの……服を着ますから、どいてください……」


「今のほうがいいが?」

 アルゼンの瞳には、悪戯(いたずら)っぽい光が宿っていた。


「驚かせようと一日早く帰ってきたのだが、まさかこんなサプライズを用意してくれていたとはな」

「違います! これはただの試着なんですってば!」


 からかわれてムッとしたリズベットは、つんとそっぽを向いて何とか服を手に取ろうと動いたが、そのたびにアルゼンに阻まれる。そうしているうちに、どうしたことか結局壁際(かべぎわ)まで追い詰められ、身動きが取れなくなってしまった。


「悪ふざけはやめてください。着替えて外へ行かなければならないんですから」


 リズベットは切れた息を整えながら、抗議するように彼を強く押し除けて逃げようとした。するとアルゼンが素早くリズベットの手を(つか)み、彼女の両手首を持ち上げて、頭の上で()い止めるように固定した。


 これまでになかった強引な振る舞いに、リズベットは緊張してアルゼンを見上げた。彼の顔からは、すでに笑みが消えていた。


(まさか、怒ってるの?)

 頭の中が真っ白になり、茫然(ぼうぜん)と立ち尽くすリズベットを見下ろしながら、アルゼンが口を開いた。


「……あなたという女は」

 彼の声は、低く(かす)れていた。


「本当に人を狂わせる」

(えっ? 本当に怒ってるの? どうして急に……)


 次の瞬間、アルゼンの唇がリズベットの唇を塞いだ。吐息(といき)さえもすべて飲み干してしまいそうな、獣のように荒々しく、激情に()られた熱いキスだった。


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