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14. Show must go on.

 レトナ内城の別館の前に、二台の馬車がやって来て並んで停まった。馬車からは若い女性たちが一人、また一人と降りてきた。内城の人々は突然現れた美しい女性たちを見て、手を止めて集まり、見物し始めた。


 最後に降りてきたのは、顔の半分以上を覆う陶器製(とうきせい)の白い仮面をつけた女性だった。彼女を除けば、全員が10代後半から20代前半の、あどけなくスレンダーで線の細い女性たちだった。


 人々は露骨(ろこつ)に女性たちを値踏(ねぶ)みするように見つめ、ひそひそと(うわさ)し合っていた。


「綺麗だな。貴族の令嬢じゃなさそうだけど、誰なんだ?」


「王都から来た踊り子だってさ。奥様がお呼びになったらしいぞ」


「奥様が?」

「来年の春に開かれるパーティの時、何か見世物をご準備なさるらしい」


「おお、そうなのか? 奥様がご準備なさるなら、何かすごいものに違いないな」


 踊り子たちは踊り子たちで、『レトナの翼』を見て驚きを隠せずにいた。


「信じられない! 近くで見るともっと凄い!」

「本当に大きいわね」

「見た? 今、あれがはためいたわよ」


 踊り子たちは人々の視線など全く気にする様子もなく、内城をぐるりと見回しながら(ささや)き合った。 仮面の女性、オロールが冷ややかな口調で注意した。


「遊びに来たのではないわ。(つつし)み深く振る舞いなさい」


 オロールもまた、他の女性たちと同様にツバメのようにしなやかな体つきをしていた。仮面で隠されていない半分の顔は、20代後半の容姿だった。


 踊り子たちはツンとした表情を見せながらも逆らうことはできず、目配せを交わした。


 本館から出てきた侍女が彼女たちに近づいてきた。


「宿所へ案内するから、ついていらっしゃい。伯爵夫人様にお目にかかるのは明後日だから、それまでは休んでいて構わないわ」


 踊り子たちはそれぞれ自分の荷物を持ち、侍女の後に続いた。


「明後日、夫人様にお会いするの? じゃあ、明日は何しようか?」


「決まってるでしょ。すぐに市場へ行って化粧品を買わなきゃ。レトナで買うとずっと安いらしいわよ」


「私はレトナのシルクスカーフ!」

「あっ、私も。それは絶対に買うわ」


「頼まれたものまで買ったら、荷物が多くなっちゃうわね」


 彼女たちは長旅の疲れも忘れ、翌日の買い物の計画を話し合いながら浮き足立っていた。


        ***     ***


 翌日、庭園の(あずま)()でオロールと対面したリズベットは、彼女の顔を覆う陶器(とうき)の仮面を見ても、気づかないふりをした。


 今回の行事で()()けを担当するオロールは、顔に怪我を負う前は王都最高の踊り子と称された人物であり、現在も優れた振付師兼舞台監督として知られていた。


「ゴールデンローズ劇団のオロールと申します。このようにお招きいただき、光栄の至りに存じます」


 オロールは丁重でありながらも、淡々とした態度で挨拶した。


「遠いところをご苦労様でした。クラヴァンテ辺境伯夫人のリズベットです。立ったままではなく、どうぞお座りになって」


滅相(めっそう)もございません。私のような者が、そのような」


 オロールは丁重に辞退したが、従者が椅子を引くと、リズベットに目礼して恐縮そうに腰を下ろした。メリンダが二人に茶を()れた。 リズベットがティーカップを手にするのを見て、オロールもカップを取った。


(口数が少なく、慎重な人ね)


 リズベットは茶を飲みながら、オロールを静かに観察した。細面の輪郭に、深くてはっきりとした目元。片目を含めて顔の三分の二近くが仮面で隠されている状態であっても、同性の目から見ても美しい人だった。


 リズベットに初めて会う人々は、大抵が()びへつらって機嫌を取ろうとするか、恐れて萎縮(いしゅく)している場合が多かった。リズベットの名声が高まるにつれて、なおさらそうだった。


 オロールはそのどちらでもなかった。身分制社会において、踊り子や役者といった者たちは、その華やかさとは対照的に低い身分に属している。実際に貴族の(なぐさ)み者扱いされるケースも多々あると聞いていた。


 現代人としての感覚が残っているからだろうか。それとも、ヘアメイクの仕事を通じて接していたエンターテインメント業界との縁のせいだろうか。リズベットは、オロールのこのような淡白で堂々とした態度が気に入り、一種の親近感さえ覚えた。


 オロールの事情については、踊り子たちがレトナに到着した後、情報通のメリンダから聞いていた。


 かつて王国最高の踊り子と呼ばれ、絶大な人気を誇っていたオロールは、数多くの男たちから求愛を受けた。その中には名だたる貴族はもちろん、王族までいたという。


 もちろん、踊り子という身分ゆえに貴族の正妻になれるはずもなく、愛人にしようという誘惑であった。オロールはそうした誘惑には一切応じなかった。そのため、熱を上げた貴族たちはさらに破格の金銭を提示して群がってきた。


 そんな中、事件が起きた。高価な贈り物攻勢や執拗(しつよう)な誘惑にも靡かない彼女に対し、ある貴族がオロールの家族を金で買収し、嘘の理由で彼女を呼び出しては無理やり()()めにしようとしたのだ。


 その際、オロールの激しい抵抗に遭い、激昂(げっこう)した貴族が暖炉の火かき棒で脅そうとして、誤って彼女の顔に深い傷を負わせてしまったのだという。


 この事件の波紋(はもん)は大きかった。しかし、その貴族は劇団やオロールの父親に大金をばら()き、まるで何もなかったかのように()み消してしまった。


 その後、金だけを受け取った劇団と家族から見捨てられたオロールを助けたのが、ジェルニエ侯爵だった。当時はまだ爵位(しゃくい)を継承する前だった若きジェルニエは、オロールの治療を支援し、行き場を失った彼女を自らの家門が後援する劇団で振付師(ふりつけし)として働けるように手配した。


 ジェルニエの熱心な後援について、オロールは実はジェルニエの愛人だったのではないかという噂が、まことしやかに(ささや)かれたという。


 オロールの仮面や傷については言及しないと心に決めていたリズベットは、本題に入った。


「ここへお呼びした理由は、ここがパーティの開かれる場所だからです」


 リズベットの言葉を聞いたオロールは庭園を見回した。遠くに見える『レトナの翼』にオロールの視線が留まるのを見て、リズベットが言った。


「あれが、ここでパーティをする主な理由でもあります」


「では、あのレトナの翼を背景にして舞台が作られるのですね」

「それに近いですね」


 リズベットは立ち上がり、レトナの翼の方向へと歩き出した。オロールは静かに彼女の後に続いた。


「まだイメージだけの状態ですが、とりあえず現在の構想はこうです。別に舞台を設置するのではなく、公演が始まればあちら側からこの前方に向けて、長く絨毯(じゅうたん)が敷かれます。その上を、踊り子たちが踊りながら前に進んでいくのです」


「人々の間を通り抜けながら踊る、ということですね」


「はい。長い絨毯(じゅうたん)が舞台の役割を果たし、その両側に参列者たちが取り囲むように立ちます。

 格調高いパーティにふさわしい、美しく芸術的な公演になってほしいのです。踊り子たちが月の妖精のように優雅で美しく輝く、そんな公演を作りたいと思っています。

 決して、皆さんを接客のような仕事に動員することはありません。また、ここに滞在されている間も、オロールさんを含め踊り子の方々は、私の大切なお客様として丁重におもてなしいたします」


 リズベットはオロールの顔を真っ直ぐに見つめて頼んだ。


「この構想を現実にするためには、あなたの助けが必要です。良いアイデアがあれば、いつでも言ってくださいね」


 オロールは落ち着いた態度で頭を下げた。


「勿体ないお言葉です。最善を尽くし、ご意向に沿うよう努めさせていただきます」


      ***    ***


 伯爵夫人リズベットの呼び出しを受け、練習室に案内された踊り子たちは、入るなりひどく驚いて開いた口が塞がらなかった。元々は剣術の練習室だったその場所は、リズベットの注文によってダンスの練習室へと作り変えられていたのだ。


 四方の壁には大型の鏡が取り付けられ、床には高級な木材が敷き詰められていた。踊り子たちは鏡に近づいて自分の姿を映してみたり、表面を撫でたりしながら、二、三人ずつ群れになって感想を交わし合った。


「まあ、凄く滑らかだわ。本当に高級な鏡。きっと凄腕(すごうで)の職人か造形術師が作ったのね」


「こんなの、一枚だけでもすごく高いはずなのに」


「クラヴァンテ伯爵家はとてつもない大金持ちだって聞いてたけど、本当みたいね。こんな部屋を作るなんて」


「元々お金持ちだったけど、今はとんでもなく大儲けしてるじゃない」


「確かに。昨日市場に行ってみたけど、冗談抜きで凄かったわよ。外国の商人もたくさんいて」


 浮き足立つ踊り子たちの中で、オロールだけは静かに練習室を見回していた。


 そんな中、従者が伯爵夫人の入場を知らせてきた。踊り子たちは一斉に口を閉ざし、大人しく頭を下げた。好奇心からリズベットの姿をそっと盗み見る者もいたが、怯えて恐ろしいものを見るように深く頭を垂れる者もいた。


 伯爵夫人にまつわる様々な噂の中でも、「大魔法使い」「錬金術師」という肩書きは、人々に畏敬(いけい)の念と同時に恐怖を抱かせていたのだ。


 リズベットは踊り子たちをじっくりと観察した。王都でも指折りの者たちだけあって、美貌(びぼう)も雰囲気も並外れていた。 彼女たちが一堂に会して踊るだけでも、人々の視線を集めるには十分に見えた。


 ただ、慎み深い雰囲気の中にも、彼女たちの間には目に見えない張り詰めた緊張感が漂っていた。リズベット、いやハルナにとっては既視感のある光景だった。


(トップモデルが集まるファッションショーみたいな雰囲気ね。あの時も、互いのマウントの取り合いが凄かったっけ)


 6つの劇団から集められたと聞いている。そのうち、オロールが所属するゴールデンローズ劇団から3人、残りの7人は5つの劇団の所属だった。彼女たちは皆、それぞれの劇団で主役級の踊り子たちだ。ライバル意識がない方がむしろおかしいだろう。


(私が出しゃばったからといってすぐに変わるものでもないし、オロールに任せて見守ることにしよう。私が下手に介入すれば、かえって状況を悪化させるかもしれないし)


 オロールが踊り子たちを簡単に紹介した後、それぞれの踊り子が踊りを披露(ひろう)する番になった。まずは振付師であり舞台監督であるオロールからだった。


(最高のスターだったと言うだけあって、本当に格別ね)


 リズベットは、オロールの踊りにすっかり魅了された。


 静かに流れる川の水のように流麗(りゅうれい)かと思えば、打ち付ける波のように激情的な身のこなし。彼女の指先から風が起こり、その動きに嵐が巻き起こるような感覚だった。


(この人の踊りを舞台で見られないのが残念だわ)


 芸術家として絶頂の時期に、無残にも折られてしまった花。その怒りと絶望がどれほど大きかったか、到底推し量ることはできない。


 それでも彼女は生き残り、人生を歩み続けてきた。オロールの踊りからは、静かな悲しみの中にも決して折れない強靭(きょうじん)さが感じられた。


 短くも強烈だったオロールの踊りが終わり、他の踊り子たちの踊りが続いた。オロールの踊りを見た後だからか、それともリズベットの御前だからかは分からないが、皆ひどく気合が入っていた。


 最高の踊り子たちらしく、それぞれが美しく独自の個性を放っていた。リズベットは彼女たちの特徴や雰囲気などをメモし、簡単なスケッチをした。衣装をデザインする際に反映させるためだった。


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