11. 秘密
アルゼンの後を追う二人の側近、ルパートとテイトンは、いまだに呆然としていた。感情を表に出さないテイトンとは対照的に、ルパートは何度も首を傾げていたが、ついに我慢できずに口を開いた。
「あの、閣下。どこかお加減でも悪いのではありませんか?」
「なぜだ? 私が正気を失ったようにでも見えるか?」
「あ、いえ! け、決して、そのような意味では……」
ルパートは慌てて言葉を詰まらせた。
アルゼンはふっと鼻で笑った。ルパートがこんな反応を見せるのも無理はない。これまで長年彼に仕えてきて、一度も見たことのない姿を見せたのだから。
最初、あの部屋に足を踏み入れた時は、そのまま引き返そうかとも思った。侍女たちはともかく、部外者がいることが癪に障ったのだ。だが、あの状況はリズベットの本意ではなかったらしい。彼女が困惑した様子でこちらの出方を伺っているのを見て、苛立ちをぐっと押し殺した。
ところが、いざリズベットの手が触れた瞬間、すべてが変わった。先ほどまでの居心地の悪い不快感は消え去り、心地よい安らぎが訪れたのだ。
リズベットがこれほど間近で自分を見つめていること。彼女の繊細な指先が自分の髪を弄る、その感触が愛おしかった。
何かに集中した時、下唇を少し突き出す癖があることは、以前ヴィーチェからもらった絵を見て知っていた。だが、目の前で直接見るその姿は、あまりにも可愛らしく、愛らしかった。
リズベットが自分だけに意識を向けているという事実も、この上なく満足だった。腰に巻いた奇妙な道具も、ハサミを握る姿も、すべてが新しく新鮮に映った。確かに今朝まで同じ部屋にいたはずなのに、数日ぶりに会ったような錯覚さえ覚える。
そうして彼女を見つめているうちに、いつの間にかその空間に二人しか存在しないかのような錯覚に陥った。リズベットが自分から離れようとした瞬間、堪えきれずに彼女の腰を抱き寄せ、自分の方へと引き寄せてしまった。
もし一抹の理性が残っていなければ、短い口づけ程度では済まなかったかもしれない。
「今後、髪を切る時は他の者がいないようにせねばな」
独り言のようなその言葉に、テイトンが即座に反応した。
「そのように手配いたします」
今日は結果的にああなってしまったが、人前で平熱を失う姿を見せるのは望ましくない。
人々がリズベットをどう見ているか、アルゼンもよく理解していた。古代魔法を継承する大魔道士、錬金術師、賢者――多大なる尊敬と賛辞から、畏怖や漠然とした恐怖心まで。様々なイメージと噂が彼女には付きまとっている。
中には、リズベットが魅惑の術でアルゼンをはじめ周囲の人間をたぶらかし、操っているという、とんでもない言いがかりまであった。だからこそ、リズベットのためにも、自分は揺るぎない姿を見せなければならない。
何よりも、人々が知らないリズベットの別の顔。へそを曲げた時に唇を尖らせたり、少し上目遣いになったりするところ。当惑した時に頬に差す赤らみ。驚いた時にさらに大きくなる瞳。
そのすべてを、自分だけが知る秘密の宝物として閉じ込めておきたかった。
*** ***
アルゼンは変わった。いかなる事態にも決して動じなかった、堅牢で冷徹な彼ではなくなっていた。
人々がリズベットの手つきに感嘆の声を漏らしている間、フランゼットはずっと鏡に映るアルゼンを見ていた。
冷ややかな空気をまとっていた無表情が、リズベットの手が触れた途端、一瞬で優しくなったあの眼差し。それはまるで、氷が溶けて穏やかで青い湖へと変わるかのようだった。
アルゼンの視線は自分ではなく、鏡に映るリズベットに向けられていた。口元に浮かぶ微かな微笑み。そして、以前の彼なら絶対にしなかったであろう、あまりにも衝動的な行動。
アルゼンが去った後、シャイナや侍女たちが羨望の混じった声を上げている間、フランゼットは何事もないかのように平静を装った。 だが、彼女の内面は、自己嫌悪と嫉妬心で無残にも崩れ去っていた。アルゼンがリズベットに見せているそのすべての姿は、フランゼットが自分に向けてほしいと切に願い、焦がれ続けてきたものだった。
(アルゼン様は、あの女を愛している……)
フランゼットは感情の動揺を隠すように目を伏せた。ここで涙を見せて崩れ落ちるわけにはいかない。
「フランゼット様、こちらへいらっしゃいますか?」
リズベットが彼女を呼んだ。アルゼンのカットの後、自分も整えてほしいという口実でこの場に同席していたのだ。だが、今この気分でリズベットの前に立つことなどできない。
乳母のルシンダが素早く割って入った。
「申し訳ございません、伯爵夫人。フランゼットお嬢様は昨夜あまり眠れなかったため、急に体調を崩されたようです。少し安静が必要かと存じます」
「あら。そう言われてみれば、お顔色が優れないようですね。髪のほうはまた今度にしましょう」
「恐れ入ります。では、失礼いたします」
辛うじてリズベットに挨拶し、ルシンダに支えられながら部屋を出たフランゼットは、危うくその場に崩れ落ちそうになった。全身の力が抜け、立っていることさえやっとだった。
「お嬢様、しっかりなさってください」
ルシンダの声にようやく意識を繋ぎ止めたフランゼットは、ルシンダの腕をきつく掴み、震える足を動かした。ここで倒れて、リズベットに無様な姿を見せることだけは、何としても避けたかった。




