6. バルマン辺境伯一家
クラヴァンテ伯爵家に客人が訪れた。西側に領地を隣接するバルマン辺境伯の一家である。バルマン辺境伯の領地ヴァレッタは、ラヴェンナと共にパルトヴァンと国境を接しており、非常時には軍事協力を惜しまない間柄でもあった。
両家は古くから家門同士の交流があり、特に今回の訪問は商談を兼ねたものだった。山地の多いヴァレッタは、主産物である鉄鉱石や様々な鉱物を、ラヴェンナの穀物と交易することが多かった。
最近、クラヴァンテ伯爵家からの鉱物の注文がこれまでの数倍以上に増えたうえ、本格的な定期取引の提案があったため、その相談を兼ねて家族全員で訪ねてきたのだ。
バルマン辺境伯一家を迎える晩餐には、大伯爵ルヴェインと、アルゼンの叔母であるパランジェ子爵夫人テルザも同席した。テルザは姉のアメリアとは違い、穏やかで慎み深い性格の人物で、これまでリズベットとも何度か顔を合わせていた。
バルマン伯爵夫人エルザが、リズベットに挨拶を投げかけた。
「結婚式の時にお会いして以来、数ヶ月ぶりですね。あちこちで噂は伺っておりましたが、こうしてまたお会いできて嬉しいわ」
「私も、お会いできて光栄です」
リズベットは礼儀正しく応対した。
シャロナの話によれば、バルマン伯爵夫人は、かつてトリシが身分を理由に社交界で冷遇されていた時、唯一の友人として寄り添い、多くの助けを差し伸べてくれた人だという。
「お二人の睦まじいお姿を拝見できて、本当に安心いたしました。こちらへ来る途中でトリシ夫人にお会いしたのですが、とても表情が明るく、健康になられたようでしたわ。伯爵が、良い伴侶を得たと、嫁御寮のことを自慢しておいででしたよ」
エルザは明るい顔でアルゼンに語りかけた。
「ありがとうございます」
睦まじく、絵に描いたような一家だった。アルゼンより2歳年上の長男であり後継者のケイは、すでに結婚して2人の子供がおり、他家に嫁いだ娘もいる。同席している末娘のフランゼットはまだ独身だった。
これまでの近況を語り合う中、ルヴェインが誇らしげに口を開いた。
「来春に開くパーティーのことだが、規模がさらに大きくなりそうだ。王都の諸家から参加の返事が届いておる。ディクレール公爵に加え、ジェルニエ侯爵も直々に参加すると言ってきたのだ」
その場にいた全員がこの言葉に反応したが、誰よりも驚いたのはリズベットだった。
ディクレール公爵は、ゲームのメインストーリーとも言える「王子ルート」に登場する人物で、有力な王族であり、王国でも指折りの魔法の名家の当主だ。大きな出番ではないものの、それなりの役割を持つ脇役だった。
そしてジェルニエ侯爵は――ゲームの中に4人いる攻略対象の一人であり、ハルナがこの世界に来る直前に攻略を成功させた、まさにその人だったのだ。
「魔導師であられるディクレール公爵なら、『レトナの翼』がある以上、参加も驚きではありませんが……ジェルニエ侯爵まで来るとは。それは凄まじいことですな」
バルマン辺境伯が驚きの声を上げた。
「あの方は有名な洒落者ではないか。精製水や化粧品の時から太っ腹な買い手だったが、今回『レトナ・シルク』を贈り物として添えて招待状を送ったところ、すぐに使いを寄こしてきたのだ」
「ジェルニエ侯爵が参加されるとなれば、近隣の若い貴族たちが雲霞のごとく押し寄せるでしょうな。今回の機会に良い縁談が見つかるかもしれん。フランゼットを精一杯着飾らせてやらねば」
浮き立つバルマン伯爵とは対照的に、夫人のエルザは軽く娘を睨みながらため息をついた。
「そうなれば良いのですが、心配でなりませんわ。年頃だというのに着飾ることに興味がなく、馬を乗り回したり剣を振るったりする方が好きなのですから」
今年で18歳になるというフランゼットは、濃い茶色の髪を横に流して束ね、化粧気のない顔に装身具もほとんど身につけていない、質素な身なりをしていた。
「私はまだ、結婚なんて考えていませんから」
目を伏せ、冷ややかに言い放つフランゼットを、兄のケイがからかった。
「しつこいくらい『アルゼンと結婚する』と言い張っていたのは、どこの誰だったかな?」
伯爵夫人はリズベットの顔色を伺いながら、ケイを嗜めた。
「あなたったら、もう。それはいつの話だと思っているの? 物心つく前の昔話を蒸し返すものではありませんよ」
ルヴェインがリズベットを見ながら、バルマン夫妻に提案した。
「パーティーの際、娘さんのドレスや化粧をリズベットに任せてみてはどうかな? 見ての通り、リズベットは腕もセンスも抜群でな。 ここに滞在している間にも、リズベットからあれこれ教わるといい」
「そうしていただけるなら、これほど有り難いことはありませんわ。ですが、お忙しい伯爵夫人に御迷惑をおかけするわけには……」
エルザが申し訳なさそうに言葉を濁すと、アルゼンがリズベットに向かって言った。
「手間をかけるが、そうしてやってくれると助かる」
大伯爵に続き、アルゼンにまで頼まれては断るわけにはいかない。
「私がお役に立てるかは分かりませんが、尽力させていただきますわ」
バルマン夫妻は大きく喜んだ。
「ありがとうございます。おかげで肩の荷が下りました」
リズベットに礼を言った伯爵が、フランゼットに命じた。
「何をしている? 早く夫人にお礼を申し上げなさい。せっかくの貴重な機会なのだから、伯爵夫人からよく学ぶように」
「……よろしく、お願いします」
フランゼットは頭を下げて挨拶をしたが、一目見てそれと分かるほど、あまり乗り気ではない様子だった。
(あまり乗り気じゃないみたいね。おしゃれは本人が楽しんでこそなんだけど、大丈夫かしら?)
リズベットは少しばかりの不安を抱きながら、フランゼットの様子をうかがうのだった。




