5. 慰め、あるいは遠回しなディス
ジャレット・テイトン子爵は、向かいに座るシャイナを、彼女に悟られぬよう探るように観察していた。レトナ城の防備と治安、そして要人警護を担う責任者たちが集まるこの会議場において、シャイナの存在はあまりにも異質だった。
男女を問わず、体格や雰囲気からして容易には近づきがたい威圧感を放つ者たちが並ぶ中、そこに座るシャイナだけが、可愛らしく愛くるしい雰囲気を漂わせている。
一見すると場所を間違えて迷い込んできたのではないかと思えるほどだが、彼女の実力を誰もが知っているため、シャイナを疎かに扱う者は一人もいなかった。
普通の人なら気後れしてしまいそうな場だが、シャイナには全くそんな様子はなく、至って自然体だった。今日が3度目の会合であることを差し引いても、彼女は初日からそうだった。
レトナ城内の治安状況や内城の防備といった現況報告が続く間、シャイナは目の前に置かれた菓子を食べていた。
(また目が合ったな)
テイトンは何事もなかったかのように、自然な動作で手元の書類に視線を戻した。さっきから何度もシャイナと視線がぶつかっている。
(まさか、俺を見ているのか?)
最初は偶然だと思っていた。だが、それが何度も続くと、偶然ではないという確信に変わった。
(どうしてだ? 俺の顔に何か付いているのか?)
様々な考えが頭をよぎった。
初めてシャイナを見た時は、大人に見られたがっている女の子のように見えた。もちろん、魔剣士としての実力は凄まじく、レトナ城の主要戦力として申し分ないものだったが。
だがある日を境に、シャイナの雰囲気は一変した。伯爵夫人が直接着飾ってくれたというあの日以来、彼女は愛らしく快活な妖精のように変わったのだ。
伯爵夫人が来てから、それまで硬くどこかぎこちなかった内城の空気が一気に和らいだとすれば、城のあちこちを元気に駆け回るシャイナの姿は、そこに生気と活気を与えているようだった。
4度目に視線が合った時、やはり偶然ではないと判断したテイトンは、シャイナに声をかけた。
「私に、何か言いたいことでも……」
するとシャイナは、待っていましたと言わんばかりに食い気味に答えた。
「失礼ですが、それ召し上がらないなら、私が食べてもいいですか?」
その時ようやく、テイトンは気づいた。シャイナが見ていたのは自分ではなく、自分の前に置かれた彩り鮮やかな菓子だったのだ。普段から間食をしない彼は、手をつけずに放置していた。
「あ、ああ。どうぞ」
テイトンは決まり悪そうに、自分の皿をシャイナの前へと差し出した。すると、他の数人も同じように自分の皿を彼女の方へ押しやった。
「私のも召し上がってください」
「よろしければ、こちらも……」
瞬く間に、シャイナの前には菓子が山積みになった。
「こんなにたくさん! ありがとうございます!」
シャイナはニコニコと笑いながら、菓子を口に運んだ。
(甘いものが好きな割には痩せているな。やはり魔剣士はエネルギーの消費が激しいのか?)
そんなことを考えていたテイトンは、自分自身に少し驚いた。会議中に雑念を抱くなど、彼らしくないことだった。
どう考えても、以前シャイナから言われた「おじさん」という言葉が脳裏に焼き付いているせいに違いない。
自分の年齢や容姿について特に気にしたことはなかったのだが、不思議なことに、あの日以来、自分が老けて見えるのではないかと意識するようになってしまった。「おじさん」という言葉が、喉に刺さった魚の骨のようにチクチクと気になって仕方がない。
(これ以上先延ばしにせず、訂正しておかなければ)
そう心に決めたテイトンは、会議が終わった後、シャイナがどこへ行くかも分からぬまま、とりあえず彼女と同じ方向へと歩き出した。
「研究所へ行かれるのですか?」
「はい。テイトン子爵もそちらに用事があるんですか?」
「ええ。研究所付近の警備状況を点検しておこうと思いまして」
かつて内城の図書室だったその場所は、今や厳重な警備下に置かれる重要施設となっていた。
その後も二、三、意味のない会話を交わしたが、肝心の本題を切り出すことができない。
(くそっ、どうしたんだ、俺は)
テイトンは自分自身に苛立ちを覚えた。子供でもあるまいし、女性経験のない初心な男でもないというのに、シャイナに対してはどう接すべきか見当もつかない。
ためらっているうちに、研究所が近づいてくる。このモヤモヤした気分を抱えたまま帰るわけにはいかなかった。テイトンは正攻法を選んだ。
「唐突ですが、一つ訂正しておきたいことがあります」
「訂正? 何をですか?」
シャイナが天真爛漫な顔で聞き返した。
テイトンは精一杯、平静を装って言った。
「覚えているか分かりませんが、以前、私のことを『おじさん』と呼びましたよね? 実は、それほど年をいっているわけではないのです。24ですし、まだ独身です」
シャイナは大きな目を何度かパチパチさせると、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。その言葉に傷ついていらっしゃるとは思いませんでした」
あまりに潔く謝罪され、かえってテイトンの方が狼狽えてしまった。
「いや、まあ、謝るほどのことでは……」
「いいえ。謝って当然のことです」
断固とした口調で言い、シャイナは顔を上げた。
「私も、自分の年齢に見られないことでストレスを感じていたので、子爵のお気持ちは分かる気がします。
いつも子供扱いされるのが本当に嫌だったんです。でも、リズベット様のおかげで良いところを見つけられて、自信がつきました。
だからテイトン子爵も、年齢にこだわらず、ありのままの自分を受け入れてポジティブに考えてみてください。貫禄があって素敵じゃないですか」
テイトンはどう反応すべきか困り、立ち尽くした。これが慰めなのか、励ましなのか、それとも高度な「遠回しなディス」なのか、判断がつかなかったのだ。
彼の心中も知らず、シャイナは満面の笑みで手を差し出した。
「そういう意味で、握手しましょう!」
テイトンは、思わずシャイナの手を握った。
「私たち、一緒に頑張りましょうね! ファイトです!」
握手を終えたシャイナは、手を振って軽快な足取りで研究所へと向かっていった。
テイトンはその場に立ち尽くしたまま、呆然とその背中を見送った。たった今、何が起きたのか。まるで狐につままれたような気分だった。
(「そういう意味」とは何だ? そして俺は、何を頑張ればいいんだ……?)
今となっては、そもそも「おじさん」という言葉に、なぜそこまで固執していたのか、それ自体が最大のミステリーだった。




