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20. 儀式の準備

「魔導炉を作る時は、リズベットはこれを着るのがいいと思うよ」


『美の錬金術』を一緒に眺めていた際、魔導炉の製作に関するページでヴィーチェが挿絵を指差した。そこには、魔導炉を製作する術式を()り行う女祭司の姿が描かれていた。


「私が、これを着るのですか?」


「これは神の知識であり、それ自体が神聖な儀式なんだ。当然、それに相応しい形式と礼を尽くすべきだよ。

 神聖語を(あやつ)る者が祭司の役割を担うのは当然のことだしね。だから、衣装をあらかじめ作らせておきなよ」


「魔導炉を作るには、まだ先の話ではありませんか?」

「何をご冗談を。あと20日もあれば準備は整うはずだよ」


「えっ? そんなに早く? まだ10日ほどしか経っていませんのに」


「言っただろう、クラヴァンテ伯爵家はとんでもない金持ちなんだって。『レトナの心臓』に加えて、他の大衆型魔石もすべて宝物庫から補填されるし、主要な材料もほぼ揃っている。貿易港らしく、残りの必要な品々もすぐに入手できる予定だ。

 魔導炉以外の設備は、もう製作の真っ最中だよ。魔導炉さえ完成すれば、精製水をはじめとしてリズベットが作りたがっていたものは、すべてすぐに製作に取りかかれるようになるだろうね。

 アルゼンは見た目によらず実行力がある。頭の中まで筋肉で詰まっているのかと思っていたけれど」


 ヴィーチェの言葉に、思わず吹き出してしまった。

「本人が聞いたら怒りますよ」


「リズベットが告げ口さえしなければ、バレやしないさ」

「では、私も準備すべきことが多いですね」


「準備? 製造法ならもう全部あるじゃないか」

「自分たちだけで使うのではなく、商品として販売することを念頭に置いているので。シンボルマークやロゴタイプ、それに製品ごとの容器や包装などを決めなくてはなりません」


「シンボルマーク、ロゴタイプ? それはまた何だい?」

「私たちの商品を象徴する印です。シンボルマークは家紋のようなもので、ロゴタイプは文字をデザイン化したものだと考えてください」


「品物にもそんなものを付けるのかい? 特異な発想だね。時々見ていると、リズベットはどこか別の世界から来た存在みたいだ」


 リズベットはドキリとして、そっとヴィーチェの様子を窺った。 特に深い意味はなかったようで、ヴィーチェはリズベットの顔を見ながら別の話題を切り出した。


「ところで、『美の錬金術』を読み始めてから、何か自分の中で感じる変化のようなものはあるかい?」

「そうですね……。以前より少し賢くなったような気がする、とか?」


「賢くなったなら賢くなったでいいのに、『気がする』だなんて」

 リズベットは小さく溜息をついた。


「本当に賢くなったのなら、すべての答えがわかるはずなのに、そうではないですから。  

 けれど、以前より知っていることが多くなったのは確かです。例えば、状況に合った表現や単語を自然に使いこなせるようになったり、意味の込められた言葉を話せるようになったり。  

 あ、それは本をたくさん読んだからでしょうか?」


「読むだけで、それが自分のものになるわけじゃない。ただ知っていることと、それを体得することは別次元の話さ。

 世の中には、単に知識だけが豊富な、中身のない利口者が掃いて捨てるほどいるんだから」


 ヴィーチェは長く伸びをした。

「私はそろそろ造形師たちのところへ行かないと。作っていたものの続きをやらないとね」


        ***    ***


 図書館を出たリズベットは、ジルマに頼んで専属の仕立屋を呼ばせた。ヴィーチェが言っていた衣装を誂えるためだ。


 クラヴァンテ伯爵家の専属仕立屋、モダルは40代前半の落ち着いた印象の男だった。彼はリズベットが差し出した衣装のスケッチを、首を傾げながら覗き込んだ。


「製作は難しそうですか?」


「いえ……。このように詳細な図を何枚もいただければ、どのようなものかはすぐに理解できます。

 ただ、色が……ここに描いてくださったような色をそのまま出すのは、少々難しいかと。特に、この青色と青緑色は大変美しい色ですが、生地で全く同じように再現するのは、どうしても……」


(そういえば、こちらの生地の色は概して彩度が低く、濁っているものね。染料技術がまだ発達していないせいかしら?)


「そのままでなくても構いませんので、できるだけ近づけていただければいいですよ」

「ありがとうございます」


 その後、リズベットの採寸(さいすん)をしている最中、モダルが控えめに尋ねてきた。

「先ほど見せてくださった絵は、どなたがお描きになったのでしょうか?」


「私が描いたのですよ。それが何か?」

「奥様が、ですか?」


 モダルは驚いた表情を浮かべた。

「あ、いえ。なんというか……細部に至るまで詳細に指示されておりましたので、衣服について大変よく理解されている方が描かれたのだと感じたものでして」


「そうですか?」

 リズベットは「やはりプロは気づくものなのね」と心の中で密かに笑った。


「これ以外に、何か必要なものはございませんか?」

「ええ、今はそれだけ作ってくだされば大丈夫です」


「左様でございますか……」

 モダルがどこか寂しそうに見えたので首を傾げていると、ジルマがリズベットに声をかけた。

「今回の衣装以外に、お洋服は必要ありませんか?」


「服? そうね、今は特に思いつかないけれど」

「こちらへいらした際にお持ちになったもの以外、まだ一度も新しい服をお作りになっていません。この機会に、新調されてはいかがかと思いまして」


「まだ、服がもっと必要だとは思えないの」

 リズベットは首を振った。


 ファッションデザインを専攻していただけに、もともと服は大好きだった。しかし、今はそんな状況ではない。ここを出ていくことを考えているというのに、持っていけもしない新しい服を作ってどうしようというのか。


 モダルは助手の娘であるゾフィと共に、黙々と寸法を測って細かく記録した後、退出していった。


 親子が出ていった後、リズベットはジルマに尋ねた。

「さっき、どうして新しい服を勧めたの?」


「申し訳ございません。差し出がましい真似をいたしました」

「責めているわけじゃないわ。普段なら言わないようなことを言うから、どうしてかと思って聞いたのよ」


 ジルマは決まり悪そうな顔で理由を話した。

「奥様は、地位の割に服が少ない方でいらっしゃいますし、モダルさんが最近、かなり落ち込んでおりまして」


「落ち込む? なぜ?」

「奥様が嫁いでこられてかなりの時間が経ちますのに、一度もお呼びがかからないので……このままでは自分が必要なくなるのではないかと心配していたようです」


「伯爵家の専属仕立屋だというのに、そんなことがあるかしら?」


「前伯爵夫人のカトレン様や、ドルフン伯爵夫人は、こちらのスタイルは野暮ったいとおっしゃって、必ず王都へ行ってドレスを誂えていらしたのです。

 トリシ様はもちろんそんなことはなさいませんでしたが……。  奥様は王都からいらしたので、自分のような者の腕では満足いただけないのではないかと不安がっておりました」


「そう……。そこまで考える必要はないと思うけれど」

 リズベットは首を傾げた。実際には王都のことを知らないので、ここと比べて水準がどうなのか判断のしようがない、というのが実情だった。


(ここでもやはり、首都が流行をリードしているのかしら)


 ファッションの歴史は流行の歴史と言っても過言ではない。その時代で最も繁華な都市で流行が作られ、牽引するのは、ある意味当然のことだ。


「王都で何が流行していようと、それに合わせるつもりはないわ。服が必要になれば、今のようにモダルさんにお願いするから、心配しないでと伝えておいて」

「はい。そのように申し伝えます」


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