17. 投資説明会
会議室にはアルゼンと大伯爵、そしてクラヴァンテ伯爵家の主要な家臣たちが集まっていた。彼らの前に立ったリズベットは、緊張の中にも冷静さを保とうと努めた。
(落ち着いて。自分の名前を冠した化粧品ブランドをローンチするんだと思えばいいのよ)
アルゼンを除いた出席者たちは、ヴィーチェやギスカールではなく、伯爵夫人であるリズベット自身が前に出てきたことに少なからず驚いている様子だった。
「お集まりいただいた皆様、ありがとうございます。本日ご紹介する事業提案は、ヴィーチェ様、ギスカール様、シャロナ様が研究してこられた古代の錬金術の知識に、今日の感覚を加えて作られた製品群で構成されています」
リズベットは、シャロナが次々とめくる図解チャートに合わせて、落ち着いた自信あふれる態度で説明を続けた。
「皆様もご存知の通り、ラベンナは農業、漁業、そしてレトナ港を中心とした中継貿易を主要産業としています。しかし、これほどの天恵の条件を備えていながら、ラベンナ独自の『特産品』がないために、その利点を十分に活かしきれていません……」
会場の雰囲気は予想以上に良かった。最初に紹介した「精製水」から大きな関心が寄せられた。無色透明・無味無臭であることに加え、密閉さえしっかりすれば長期間腐敗しないという説明に、出席者は身を乗り出した。
次に「日焼け止め」が紹介されると、これもまた反応が熱かった。女性が喜ぶものと思いきや、騎士などの男性たちも多大な関心を示したのだ。
続いて石鹸、そしてエリの火傷をきっかけに思い出した「傷薬」の順に説明した。切り傷、擦り傷、火傷などに幅広く使用でき、化膿を防いで迅速に傷を回復させる塗薬であり、材料の調達が比較的容易で大量生産が可能だという説明に、会場の熱気は最高潮に達した。
ヘアケアやスキンケア製品についても、「品質さえ良ければ需要はかなりあるはずだ」と肯定的な反応が相次いだ。
そしてついに、真打ちである「魔導炉」の番が来た。これらの製品を生産する装置の動力を供給する核心設備として紹介したが、これには一同が首を傾げた。
リズベットに続いてヴィーチェまでが説明に立ち、ようやく人々は「それが魔導装置を動かすための動力源である」ということまでは理解した。
だが、やはり莫大な制作費用がネックとなった。それ以上に問題視されたのは、本当に制作が可能なのかという点だった。
「費用もさることながら、錬金術というのは蓋を開けてみれば失敗することも多い。安易に投資して家産を傾けた家門は枚挙にいとまがありません」
アルゼンの従兄弟であるマロム・パランゼが慎重に意見を述べると、他の家臣たちも同調した。
「前例のない新しいものならなおさらです。成功率は万に一つと言われる世界ですからな」
「戦略物資である貴重な魔石を、そのような冒険的事業に大量投入するのはいかがなものか……」
費用の多寡よりも成功の可否が問われ始めると、リズベットも迂闊なことは言えなかった。自分は『美の錬金術』が本物だと確信しているが、魔導士でもない自分が根拠を示すのは難しい。
その時、ヴィーチェが前に踏み出し、凛とした声で言い放った。
「他でもない、メルカリアス様の書物です。あの方の本に偽りがあるとおっしゃるのですか?」
その瞬間、座が静まり返った。人々の表情が凍りついたのを見て、リズベットは何事かと辺りを見回した。
「……今、その名を口にしたか。我々の知る、あのメルカリアス様のことか?」
ルヴェイン大伯爵が、重苦しい口調で問いかけた。
「左様です。最も偉大なる魔導士であり、すべての魔法の始まり、魔法の神。まさにあのお方です」
「あの方の本だという言葉、責任を持てるのか?」
「私の首をかけましょう」
それを聞いた大伯爵は席を立つと、執事長に命じて会議室の扉を内側から施錠させた。
「メルカリアス様の本は伝説としてのみ語り継がれるもの。その存在をこの場で明かしたからには、相応の理由があるのだろうな?」
「神秘の実現を見届けたいのです。我々は長年研究してきましたが、まともな解読には至りませんでした。しかし……」
ヴィーチェはリズベットに歩み寄り、背後から彼女の両肩を掴んだ。
「ここにいらっしゃる麗しき伯爵夫人が、神秘のベールを剥ぎ、至高の知恵の世界へと我々を導いてくださったのです」
すべての視線がリズベットに注がれた。
「持っていながら読めぬものに何の意味がありましょう? 夫人の助力のもと、共に神秘を探求することこそが正しい道だと判断したのです。
我々には本が、伯爵夫人には解読の力が、そして伯爵家にはそれを実現する富と力がある。やらない理由がありません」
ルヴェインは、どうするかとアルゼンを振り返った。
アルゼンがヴィーチェに問う。
「我が家門は何をすればいいのですか?」
「本の秘密を守り、ギスカールの一族を保護してください」
「承知しました。ギスカールをクラヴァンテ伯爵家の家臣として迎え入れ、彼を中心に本の秘密を守る守護騎士団を組織しましょう」
アルゼンの即答に、ヴィーチェは満足げな笑みを浮かべた。
すると、家臣のうち二人が慌ててリズベットの前に進み出ると、その場にひれ伏した。魔導士家門のソネン子爵と、造形術師家門のカイフェルト男爵だった。
「奥様、どうかその偉大なる神秘の端くれにだけでも触れることをお許しください!」
震える声で懇願する二人に対し、リズベットはどうしていいか分からず、アルゼンとルヴェイン大伯爵を見た。自分が本を所有しているわけでもなく、責任者というわけでもないので、自分が決めることではないように思えたからだ。
ルヴェインが二人に尋ねた。
「そなたら二つの家門の忠義は分かっている。だが、これは魔導士なら誰もが夢見る深淵の知恵に至る道だ。その参入を許される代償として、そなたたちは何ができるというのだ?」
二人は同時に叫んだ。
「すべてを! いかなることでもいたします!」
ルヴェインはアルゼンを見やり、アルゼンは黙って頷いた。 そして一座を見渡して厳かに宣言した。
「この事実はこれより門外不出とする。家族を含め、誰にも口外してはならぬ。絶対に外部へ漏れてはならぬことゆえ、この場で『血の誓約』を交わす」
(血の誓約……?)
急変した空気に、リズベットは圧倒されながら状況を見守った。
大きな銀のカップが用意され、アルゼンを筆頭に出席者たちが次々と手のひらを傷つけ、自らの血を注ぎ込んでいく。
アルゼンがカップを掲げ、厳粛に誓った。
「これは血の誓約である。この秘密を許しなく漏らす者は、命をもってその代償を支払うこととなるだろう!」
アルゼンが血を一口飲み、大伯爵と残りの人々も回し飲みをしていく。
(現代人の感覚からすれば、非衛生極まりない行為だけど……凄まじい悲壮感ね)
誓約が終わると、ルヴェインがヴィーチェに言った。
「その本を、我々に見せてくれるか?」
「ええ、もちろんです。今すぐ参りましょう」




