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16. 投資説明会の準備

 それから二日が過ぎた。『美の錬金術』の解読作業は順調に進んでいたが、リズベットは未だにアルゼンへ「魔導炉」の話を切り出せずにいた。


 夕食の時間、アルゼンと向かい合って食事をしながら、リズベットは言いかけてはやめる、という動作を繰り返していた。あまりにも莫大な費用がかかることなので、どうしても気後れしてしまうのだ。


(やっぱり、やめておこうかな……)


 懸念材料はヴィーチェだった。あの性格と勢いからして、このまま引き下がるとは思えない。明日までに進展がなければ、本当にアルゼンの元へ乗り込んでくるだろうし、そうなれば次は……。


 ヴィーチェがどんな強硬手段に出るか、リズベットには見当もつかない。

 常識的に考えれば、数多くの騎士や兵力、そして多数の魔導師を(よう)するレトナ城で、ヴィーチェが一人で騒ぎを起こすなど不可能な話だ。それは分かっているはずなのに、不安が消えなかった。


「私に何か言いたいことがあるのではないか?」

 不意にアルゼンが声をかけてきた。


「あ、いえ、その……」

 言葉に詰まってまごついていると、アルゼンが先手を打った。


「ギスカルとヴィーチェ様から話は聞いている。その『()(どう)()』とやらについて、君はどう考えているんだ?」


 リズベットは唾を飲み込んだ。話が出た以上、もう腹をくくるしかない。

「やってみたい……とは思っています」


「二人の話では、君なら古代の神秘を解読できるとのことだった。彼らが信じているように、それは漠然とした推論ではなく、確実な解読なのか?」


「はい」

 そもそも、この世界の文字に関する基礎知識すらない自分に、推論などできるはずがない。この地の言葉や文字を自然と理解できる、転生特典チートの延長線上にある能力なのだから。


「完全に解読できているとして、次に、君が読んでいるその本が真実を記していると確信できるか?」

「確信しています」

 それだけは断言できた。


「分かった。君を信じよう」

 リズベットは驚いて、アルゼンを見た。


 彼の表情は淡々としていた。

「だが、いかんせん大金が動く話だ。私一人の独断で決めるわけにはいかない。祖父上や主要な家臣たちに、君たちがやろうとしていることを説明する場を設けたいと思うのだが」


「やります!」

 舞い上がった勢いで、考えるより先に返事をしてしまった。


「いつ頃なら可能だ? 早いほうがいい」

「明後日。明後日にします」


「承知した。明後日の時間を空けておこう。明日、時間が決まり次第知らせる」


 意外な展開に安堵(あんど)しつつ、リズベットはアルゼンの様子を伺った。相変わらず真意の読めない無表情だ。しかし、こうした機会をくれるということは、少なからず関心があるという証拠でもある。


(それなら、もっと早く言ってくれればいいのに……)

 心の中で愚痴(ぐち)をこぼしたリズベットは、勇気を出して尋ねてみた。


「ギスカール様とヴィーチェ様がアルゼンに話したのは3日前ですよね。どうして今になって私に聞いたんですか?」


 アルゼンの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

「君が頼んでくるのを待っていたんだ。だが、ずっと躊躇(ちゅうちょ)してばかりいたからな」


(この男……全部知ってて観察してたわけ!?)

 むくむくと怒りがこみ上げてきた。


「君の考え通り、それだけの価値があるものなのか。まっとうな説明を期待しているぞ」

「えっ? 私が説明するんですか?」


「解読しているのは君だ。君が一番理解しているのではないのか?」

 アルゼンの瞳が悪戯(いたずら)っぽく輝いた。


 負けん気に火がついたリズベットは、毅然と言い返した。

「分かりました。私が準備します」


 予想外の反応だったのか、アルゼンの表情が少し動いた。

「大丈夫か?」


「大丈夫です。やってみせます」

 リズベットは堂々と胸を張った。


(私のことをか弱い貴族令嬢だと思ったら大間違いよ。これでも修羅場をくぐり抜けてきたんだから)


 前世で元々ファッションデザインを専攻していたハルナは、その後方向転換してヘアメイク業界に足を踏み入れた。熾烈な世界で荒波に()まれながらキャリアを積んできたのだ。


(今度こそ、本当の私の実力を見せてあげるわ)


       ***    ***


 翌日、図書室で集まった3人にアルゼンの言葉を伝えたリズベットは、ヴィーチェに尋ねた。

「魔導炉の核として、必ずしも『レトナの心臓』を使わなければならないわけではないですよね?」


「絶対に、というわけじゃないが、あれが最上なのは間違いない」

「とりあえず、レトナの心臓の話は伏せておきます。そればかりは、到底言い出せそうにありませんから」


 意外にも、ヴィーチェはあっさりと同意した。

「好きにしろ。それは予算が下りてから話せばいいことだ」


 ヴィーチェが執着を見せなかったことに胸をなでおろし、リズベットは本格的なプレゼン資料作りに取り掛かった。


 3人の魔導師は、紙を広げて文字を書き、スケッチを始めるリズベットの姿を不思議そうに見守っていた。


「今、何を作っていらっしゃるのですか?」

 シャロナが精製水の装置を描いた紙を覗き込みながら尋ねた。


「説明資料です。これは一種の『投資説明会』なんです。投資家を説得して資金を引き出すには、口先だけで喋っても足りません。視覚的な資料があったほうが、ずっと効果的ですから」


「投資説明会か。面白い発想だね」

 ヴィーチェが興味を示した。


「絵がお上手なのですね」

 ぎスカールの感嘆の声に、リズベットはにっこりと笑った。


「少し描ける程度ですよ」

 幸い、前世の学生時代に培ったスケッチの腕前が存分に発揮されていた。


「どうせなら、色がついていたほうがいいんじゃないか?」

 そう言って、ヴィーチェはアイテムボックスから絵の具を取り出した。


「ヴィーチェ様、絵も描けるんですか?」

「時間が余るほどあったから、いろいろ習っていただけだ」


 ヴィーチェは事もなげに答えてから問いかけた。

「ところで、明日は何をもって彼らを説得するつもりだ?」


「投資家の立場で最も重要なのは、投資金の回収と利益です。初期投資費用が膨大なので、短期間での回収は不可能ですが、中長期的に利益が見込めるアイテムをいくつか選定しました。  

 まずは精製水から始めて、日焼け止めにクレンジングウォーター、それからシャンプーやトリートメント、傷薬、スキンケアといった製品群をプレゼンし、最後に真打ちとして魔導炉を説明しようと思います」


「一番の核心である魔導炉を最後に?」


「理由があります。まず『継続的に大きな利益が期待できる』という展望を提示し、そのために『大規模な初期投資が必要だ』と繋げることで、これが単なる浪費ではなく、将来の利益のための不可欠な投資だと認識させるんです。  

 単に『高い設備が必要です。それでこんなものが作れます』と言うよりも、ずっと説得力がありますから」


「へぇ……理にかなってるね」

 ヴィーチェは感心したように頷くと、ギスカールに向かって言った。

「私たちは、まさにその逆をやっていたわけだ。だろう?」


「そうですね……商売や事業についてはとんと疎いもので……」

 ギスカールは決まり悪そうに頭をかいた。


 ヴィーチェは楽しげな表情でリズベットを見た。

「私の人生に、これ以上新しくて面白いことなどないと思っていたが、君はいろいろと興味深い人間だね」


 リズベットが現代のプレゼン資料を作る感覚で、フォントや文字の大きさ、レイアウトなどを考慮して下書きを作ると、ヴィーチェが大きな紙に清書し、ギスカールとシャロナが色を塗った。


「ところで、商品の順番にも意味があるのですか?」

 シャロナが尋ねた。


「はい。まず精製水は、すべての基本なので一番最初に。あとは、ここの人々が関心を持ちそうな製品の順に並べています」


「日焼け止めというのは、面白い発想だ」

 ヴィーチェがくすくすと笑った。


「『美の錬金術』に処方があるのを見ると、当時の人々にとっても重要な問題だったんでしょうね」

「それもあるが、その本はリズベット、君の関心や興味に反応しているからね。君の興味がそっちにあるということだよ」


「否定はできませんね」

 リズベットもその点は素直に認めた。もし明日の説明会がうまくいき、魔導炉を作ることになれば、これからも作りたいものは山ほどあった。


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