21. 空間の主
その時だった。
「ちっ、あっけなく終わってしまったな」
どこからともなく見知らぬ声が響き渡り、周囲の景色が一変した。
リズベットとジェルニエは水路の流れる美しい庭園に立っていた。
青空を背景に太陽が眩いばかりに輝き、水路を流れる水は清らかに澄み渡っていた。正面には、白く輝く大理石の宮殿がそびえ立っていた。
二人の前に何者かが姿を現す気配を察したジェルニエは、リズベットの前に立ちはだかりながら風の精霊を召喚した。しかし、ジェルニエの指先から巻き起こった風は、瞬く間に跡形もなく掻き消えてしまった。
「ふん。その程度の雑魚どもで、この我の相手になると思うてか?」
彼らの前に姿を現したのは、鮮やかな青い肌に黄金の瞳を宿した存在であった。上半身を露出していなければ女性と見紛うほどに麗しい容貌をしていた。
頭にはターバンのような布を巻き、裾の絞られたゆったりとした幅のズボンを穿き、頭から爪先まで華麗な宝石の装身具をふんだんに身につけていた。
(キシャルじゃない……!)
リズベットは即座に彼を見分けた。
ゲームにおいてキシャルは、ジェルニエの最も強力な切り札(必殺技)として登場する存在であった。しかし現在のジェルニエは彼を知らぬ様子で、張り詰めた面持ちでリズベットを背にかばい、キシャルと対峙していた。
キシャルは余裕に満ちた仕草でジェルニエをちらりと見やると、リズベットに向かって恭しく一礼を捧げた。
「尊きお方に拝謁申し上げます」
そして、ジェルニエを上から下まで品定めするように見据えた。
「ちっ、今度はやけに品のいい坊っちゃまか」
独り言のように呟いたキシャルは、依然として自身を警戒し続けるジェルニエにフッと笑いかけた。
「そう身構えるな。ここまで来れば、貴様もここがどのような場所で、我がいかなる存在か大方察しがついたであろう。戦う気であったなら、疾うに息の根を止めておるわ」
そう言うと顎をしゃくり上げ、傲慢な態度で言い放った。
「ミロス・ジェルニエ。貴様にこの我と契約を結び、我に仕える栄誉を授けてやろう」
ジェルニエはリズベットへ視線を向け、冷ややかに言った。
「見当違いの相手に持ちかけているようだな。この本の持ち主は私ではない」
「本の持ち主が誰であれ関係ない。選ぶのは我だ。そちらの尊きお方は、我が契約を結ぶべき相手ではない」
ジェルニエが自分に配慮して辞退しているのだと思ったリズベットは、すかさず口を挟んだ。
「私は構いませんわ。選ばれたのはジェルニエ侯爵様なのですから、ご遠慮なさる必要はありません」
キシャルは勝ち誇ったように得意顔でふんぞり返った。
「ほら見よ。構わないと仰せではないか。さあ、恭しくこの栄誉を拝受するがよい」
しばしキシャルを冷またい視線で見つめていたジェルニエが、短く答えた。
「断る」
まさかそのような返答が返ってくるとは夢にも思っていなかったようで、キシャルの目が丸くなった。
「何だと? 今……何と申した……? 断る? まさか我の聞き間違いではあるまいな?」
ジェルニエは冷徹な面持ちで釘を刺した。
「もう一度言ってやろう。断る。人の心をもてあそぶような浅ましい真似は反吐が出る」
キシャルの表情があ然としたものに変わった。
「あれは試練であろう! 本来、偉大なる力を手にするには相応の試練を乗り越えるのが筋というもの。貴様、術士のくせにそんな基本すら知らんのか?」
「私は挑むと言った覚えはない。貴様が勝手に私を巻き込んだだけだ」
ジェルニエのあまりの冷淡さに狼狽したキシャルは、彼を説得しようと試みた。
「おい、今の状況をまるで理解しておらんようだな。頭を冷やしてよく考えよ。この我と契約を交わすことがどれほど途方もないことか知らぬわけではあるまい? 今までとは比べものにならぬ強大な力を手にできるのだぞ」
ジェルニエの心は微動だにしなかった。
「私は特にそのような力を求めてはいない。そうする理由もない」
キシャルの黄金の瞳がぎらりと光り、ジェルニエを鋭く睨み据えた。彼はやがて腕を組み、不遜に言い放った。
「断ることを断る! 貴様に選択権などない。何人たりとも、この我を拒絶することなど許されん」
「契約とは双方が合意して初めて効力を発するものではなかったか?」
「ゆえに貴様が大人しく受け入れればよいのだ!」
「私以外の別の者を探すがいい」
「断ることを断ると既に申したはずだ!」
「何度でも言ってやろう。断る」
「我も何度でも申してやる! 断ることを断る!」




