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ギルドがない!?〜召喚されたけど捨てられた〜  作者: 竹冬 ハジメ
8章 虫食い
23/31

襲撃

 夕闇の後に開催された晩餐会では、予想通り、貴族たちがランに群がる事態となった。

 王の取り計らいから早めに退場出来る事となり、ランは扉を出た瞬間、倒れた。

「出てから倒れるとか、流石だね」

「しつこいにも程がある!」

 ランを横抱きに抱えながら、アレックスとシャールは王宮の絨毯の上を歩く。

 夜会用のドレスは昼間の清楚な物とは違い、Aラインの長いもので歩き辛くあっという間に囲まれてしまい身動きが取れなくなった。

 着替えるために入った部屋へ、急遽、別のドレスが運び込まれたとランが言っていたから、誰かの仕業だろう。

「早く下がろう」

「ああ」

 不機嫌な表情を隠しもしないアレックスを誘導しつつ、ソフィア王女からあてがわれたランの部屋へと入るとメイドに託す。

 なんとか起きてくれたが、フラフラだ。

「着替えが終わったら、呼んでくれ」

 彼らはメイドに伝えて隣の部屋へ入ると上着を脱いでソファへ放る。

「少し心配だな」

「うん…このまま、引き下がると思えない」

 晩餐会での貴族たちの群がりは尋常ではなかった。あれほど目の色を変えた老若男女の対応を一人一人丁寧にしていたランには脱帽だ。きっと余計に印象良く映っただろう。

「…でもまぁ、聖女も人間だからね」

「当たり前だ」

 どこか普通の人とは違うのでは、という意識が皆にはあるのだろう。対応してもらって当然だと思っているようにも見えた。

 しかし今まで一緒に居て、凄まじい魔法を操るとか、常軌を逸した剣技を操るとか、目に見える派手なスキルが彼女にはない。

 魔法ならシャールやジゼル、それに人外の域に達しているシャンメリーがいるし、剣技はアレックス、人を癒やすのはモニク、商いはエドワード、食事は黒鹿亭のハリー&ハリソン、統率は町長のラッドマン…様々な専門家がいるのだ。

 ラン自身は魔力は甚大だが目に見えない。体力もそこそこでいたって普通の娘だ。

「しかし、沢山の人をあの小さな体で繋ぎ止めているからな…」

「そうだね。助けられた人も多い。無意識なのに凄いよね」

 元はもう一人の聖女を、そしてジゼルとモニクを救おうとしていたが、徐々にその手のひらが広がっていった。

 結果、彼女が意識していた人たちだけではなく、多くの人を救うことになった。

「王も王女も、彼女を聖女と見ている…かな」

「俺たちだけは、普通にしたい」

「もちろん。嫌がってるしね」

 冗談で言うことはあるが、一部の人以外は本心ではない。

「……?」

「どうした?」

 シャールが窓を向いた。

「何か、知ったような魔力が…」

 しかし会話は中断する。

 大きな音とともに、武装した男たちが乗り込んで来たからだ。

「なっ!?」

「…おかしいね」

 護衛の部屋に来るより先に行く場所があるだろう。

 素早く剣を引き抜き、構える。

「聖女はどこだ!」

「引き渡せ。さもないと」

 アレックスとシャールは顔を見合わせる。

 一つ頷くと、アレックスは前を向きニヤリと笑った。

「さもないと、なんだ?…”仲間”を渡す訳がないだろう」

「聖女は神の使者!愚民と同列と思うな!」

 男たちは飛びかかってくる。

(神聖王国の者か)

 神とともに聖女や勇者も崇める国だ。

 王族よりも神殿が幅をきかせていて、その神官たちは選民思想が強いためわかりやすい。

 アレックスは相手の剣を己の剣で弾く。

「無理に攫えば、神に嫌われるぞ?」

「聖女があるべき場所へ戻ることを、神は望んでおられるのだ!」

 アレックスは肩をすくめた。

 こういう盲目的な者には何を言っても通じない。

 背中のシャールが言う。

「…この国もだいぶ疲弊していたけど、あちらは腐敗しているようだね」

「平和が続きすぎたか?」

 しかし魔王が現れるのは困る。

「その平和にも気がついてないんじゃない?」

「…そうだな」

 神聖王国だというのに偽の神託を出して、他国の平和を乱そうとしている。

 何を持って神聖なのか、問いただしたいくらいだ。

 しかし神官の言葉イコール神の言葉である彼らには、何を言っても無駄そうだ。

「アイツはどこだろうな?」

 ランはこちらの部屋にはいないが、隣の部屋にも居ないらしい。

 シャールは風魔法を操りながら言う。

「たぶんね、外かな」

 おそらくだが、ランがバルコニーに出たあとに男たちが部屋へ入ったのだろう。メイドが聖女は居ないと言ったに違いない。

「まぁ、人質に取られるよりいい」

「そうだね」

 流石、他国の王宮に襲撃目的で連れてきた者たちだ、なかなか強い。

 背後を気にせずに防戦しつつ向かってきた者たちを切り捨てればいいだけなので、気が楽だった。

「さて、どうしようか」

 切り捨ててはいるが致命傷ではない。治癒魔法使いがいるようで、復活してきてしまう。

「…もう少し、待とう」

「避けれたほうがいいか?」

「そうだね」

 アレックスはシャールとともに、襲撃者に押されているかのように廊下の扉へと徐々に下がる。

 襲撃者たちは自分たちを痛めつければ聖女がやってくると思っているのだろうか。

(…ランなら来るだろうけど、違う意味だね)

 シャールは顔を上げて窓の外を見る。

 大きな月明かりを背に、何かがいるのが見えた。そして。

『退け』

 低く、重く、沈みそうな静かな声が頭に直に聞こえた。

「外に」

「おう」

 目の前に居た襲撃者たちをシャールから受け取った剣も使って薙ぎ倒すと、内開きのドアを開いて廊下に出て渾身の力で閉める。

 そこへまた、声が響く。

 先程の声に更に、春風を思わせるような高く美しい声が重なった。


『『神を騙る者に、神の鉄槌を』』


「!?」

 直後に凄まじい音が室内で響き渡った。轟音といったほうがいいだろう。

 額にたらりと汗をかきつつ、シャールに問う。

「他は?」

 索敵をしていたシャールは答えた。

「…いないね。あれで全部だ。近衛も騎士団もきっと他で足止めされていたんだろう」

 場内で3箇所ほど、背中にある魔力と同じ質の魔力が迸っている場所がある。

「隣は?」

「<施錠>の魔法が掛けられているよ。…メイドだけだし、大丈夫だと思う」

 アレックスは短く息を吐くと、背中の様子を伺う。

 先程まで物同士がぶつかり合う音や、悲鳴が聞こえていたが今はシンとしていた。

 扉に手を掛けても警告の声は聞こえないので、2人は頷き合い中へ入る。

「…これはまた、すごい…」

「アイツがやったのか?」

 2つあったベッドや調度品は全てボロボロ、先程脱ぎ捨てた近衛の上着も細切れになっている。

 しかし、床に転がっている襲撃者の衣服はズタズタだが中身は生きているようだった。

「痺れているね。これはなかなか解けそうもない」

「お、いたな」

 ホッとした顔をしつつ、アレックスはガラスが飛び散ったバルコニーの扉へ駆け寄る。

 そこには、ペガサスに跨ったランがいた。

「2人とも、無事?」

「ああ…ん?」

 ランの背中に、もう一人誰かがいる。

 その金色の目と目が合った途端、アレックスは動けなくなった。

 いや、身体の自由はあるのかもしれないが、畏怖で指先一つ動かせない。息をするのもつらい。

『おぬしの騎士か?』

 その男は、ランの髪を愛おしそうに、まるで我が子のように撫でている。

「なんか語弊があるけど、今はそうです。友達です」

『そうか。では託そう。…またな』

 黒い不確かな闇色の衣を纏った青銀色の髪の美丈夫は、ランの額に口づけを落とすと夜の闇に溶けるように消えた。

「なっ…!?おいコラ待て!!」

 さっきまで動けなかったというのに、それを見てアレックスは声を上げるが、当の本人は消えてしまった。

 シャールは苦笑しつつアレックスの肩を叩く。

「まぁまぁ落ち着いて。…どうやっても勝てない相手だよ」

「なんでだ!」

「それより、ランを」

 アレックスはハッとすると、バルコニーへ下りてきたペガサスの背から白いナイトドレスを身に纏っていたランを抱き上げた。

 ランは鞍も何も付けていないペガサスの首筋を撫でる。

「アポロン、ありがとね」

『どういたしまして』

「今度、見つけたら教えるね」

『よろしくお願いします』

「???」

 まるで会話しているようにランが話しかけている。

 アポロンと呼ばれたペガサスは頬をランに擦り寄せると、バルコニーから飛び立っていった。

(あっちの場所は厩だな…抜け出てきたのか…?)

 シャールが歩み寄り、隣の部屋へ行こうと提案した。

「そうだな。ここは騎士団に任せよう」

 開け放たれた扉からは、様々な物音が聞こえている。襲撃者の目的を聞いた者たちが慌ててやって来たのだろう。廊下を出た所で真っ青な顔をした近衛に会ったが、ランの無事を見て若干腰砕けになりつつ安堵していた。

 隣の部屋ではなく、別の部屋へと案内されて行ったのは王族が住まう居室エリアだった。

「警備が楽になるからかな?」

「…眠れなさそう…」

「お前、さっきまで寝てたよな?」

 お供用の続き部屋のある、とても大きな部屋に案内されてお茶や軽食を運んで来たメイドが去ると、ようやく3人だけになりランはため息をついた。

「あ〜…ビックリした」

「それはこっちの台詞だ」

「そうだねぇ。僕らが真っ先に襲われるとはねぇ」

 なお、ランの部屋にいたメイドは傷一つ無く無事とのこと。シャールが古巣の顔見知りを捕まえて聞き出してきてくれた。

「なぜ部屋に居なかった?」

「テラスにペガサスが遊びに来たからさ、メイドさんと一緒に果物をあげて背中に乗せてもらって…」

 背に乗った途端に、廊下の外が騒然とした。

 メイドに「そのまま遠くへ逃げて下さい!」と言われてバルコニーの扉を閉められペガサスは飛翔し、室内に見知らぬ男たちがやって来たという。

 シャールの感じた魔力は、今日の朝方に迎えに来てくれたペガサスのものだった。

「きっと変な輩が来るのをわかってて来てくれたんだね」

「そうなんだ?ってか、あの人たち、誰??」

 この国の地理すら覚えきっていないランが知らないのも無理はない。

「お隣の…神聖王国ティアラスの僧兵だよ」

「偉そうな神官が幅をきかせていて、なぜかそいつらが民に圧政を敷く国家だ」

 それだけでもうわかったらしい。ランの顔には薄笑いが浮かんでいた。

「なるほど。聖女様が居ればもっと偉そうにできるもんねぇ」

「そういうこと。…ちょっとおかしい理由がわかったよ」

「…丸尾さん、じゃない、セイが居ないこと?」

 やはりランも気になっていたらしい。王宮に来たというのにセイと一度も会えず、式典の時にも居ないし宰相も姿が見えない。

「近衛や騎士団の配置も偏っていたな。それもか?」

「そうだね」

 シャールは頷いた。

 もしかしたら僧兵をあぶり出す囮に使われたかも?とも思ったが、それは口にしないことにした。

 ランは「ふーん」で済ませそうだが、アレックスが怒りそうだからだ。

「さっき、エイレーネ様とアトラース様の声が二重に聞こえた。きっと、君の友達ももうすぐ戻ってくるよ」

「!!!」

 アレックスは思い出したように不機嫌になるが、アトラース、と聞いて押し黙った。

 一介の人間が神に勝てる訳がない。

「…それって、やっぱ、攫われたってこと?」

 シャールは頷いた。

「宰相は聖女奪還の陣頭指揮でもとっているのか?」

「だと思う。元々騎士の家系だし…さっき聞いた所によると、2人は想い合っていると言っていたしね」

「ゴフッ!」

 紅茶を飲みかけていたランが盛大にむせた。

「聞いてないのか?」

「だって忙しかったし…プライベートな話、そんなほいほいしないよ…」

 ずっとギルドの事で走り回っていた。セイも冒険者ギルドを広めるために忙しかったはずだ。

 まさかその中で、宰相と愛を育んでいたとは露にも思わなかったが。

(忙しかったのは同じなのに…)

 ランはちょっと遠い目をした。その頭をポンと叩きつつ、アレックスがため息をついた。

「まったく…馬鹿な奴らもいたもんだ」

「そうだね。きっともう、神官たちは落ちぶれるよ」

 なにせ神様を怒らせたからね、とシャールはニヤリと笑う。

 きっと神聖王国ティアラスにも同じように神の怒りが落とされたのだろう。こちらにいたのはアトラースだったから、あちらはエイレーネに違いない。

 自分たちが主と崇める者に斃されるのだ。本望と思えばいい。

「そっか、さっきのは神様の一人なんだね」

「アトラース様だ。闇の神様だよ。…どうやってあの御方は来たの?」

「いつの間にか後ろにいたよ。超ビビった」

 ペガサスが飛翔して一旦王宮の屋根の上に上がった所で、月明かりが眩しいな、と思ったらもう後ろに居た。

「驚いたけど、怖くないっていうか…お父さんみたいな感じ?」

 それと眠くなるともランは言う。シャールは頷いた。

「そうだね。エイレーネは昼の神、アトラースは夜の神とも言われている。世界を創造した夫婦神だ」

「やっぱそうなんだ」

 ランは最初に読んだ児童向けの本を思い出す。あの本は違和感を感じたので、ギルドの書棚にはおかずに収納の中にしまいっぱなしだ。

 そう話すと、きっとあちらの国から流れてきた本だね、とシャールは教えてくれる。

 神聖王国ティアラスは光の神エイレーネしか崇めていないそうだ。

「父か…じゃあ仕方ない」

「何が?」

「ランは気にしなくていいよ。きっとアトラース様の加護がついたんじゃないかな?」

「へぇ!あれ?じゃあ前からあった加護ってなんのだろう」

「それはエイレーネ様だよ」

「おっ。じゃあ両方じゃん。なんか嬉しい」

 個人が喜ぶだけではないくらいの誉れなのだが、価値を知らないランだからこそ、今まで慎重に見守っていたと思われるアトラースが授けたのかな、とシャールは思った。

「…お前、ペガサスと話してたか?」

「うん?うん。なんか、声聞こえたよ」

「それがその加護のおかげなんだろうか」

「さぁ?」

 加護を受けた人物がそもそも少ないので効果は誰も分からない。

 が、ペガサスと言葉が交わせるのは、別の加護の効果だ。

(誰も気が付きませんように!)

 アトラースと同じ行為でランにエルフの加護を付けたシャールは、ちょっぴり冷や汗をかきつつニコニコと2人の話を聞き流すのだった。

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