聖女認定
シャールが言った通り、翌日には王宮内が喜びにあふれるように浮足立ったのでセイが帰還したのだとわかった。
昨日の襲撃者たちは全て捕らえられて牢屋の中。スキルを失い逃げる気力もないそうだ。
ランは今日一日はお休みとなり、メイドが持ってきてくれた本をアレックスと一緒に読んでいる。
シャールは情報収集してきます、と言って外に出て行ってしまった。
「…神聖王国は一応、王族はいるんだね」
今読んでいるのは、リフタニア王国の周辺の国の歴史がさらっと書かれた教本だ。
アレックスは武器防具のカタログから目を上げる。
「そうみたいだな。昨日も居たはずだが…いや、居なかったか?」
「いたいた。超おとなしいイケメンだった。」
式典や晩餐にも居たが、控え目で大人しく、ただ名乗って会釈を交わしただけだ。
王族ではなく外交官か?と思っていたが、教本によると王太子らしい。
金髪に青い瞳でスラリとした…それこそ女性向けライトノベルに出てきそうな王子様だった。
「…そういうのが好みなのか?」
「ぜんぜん。私はこう…どっしりしてたほうが…あ!そう言えばさ、昨日格好良かったよ!!」
「え?」
ランが突然目をキラキラさせて自分を見上げる。
「ほら、僧兵とかいうのをバッタバッタとふっ飛ばしてて。あんな腕力いいなぁ」
(そっちか)
ガクリとしながらも、格好いいと思ってもらえたならいいか、と思う。
「お前が腕力付けたら怖い。そういうのは俺たちに任せろ」
俺に任せろとは言えないアレックスだ。
「そうだねぇ。剣も重いし」
ソフィア王女から頂いた王家の証は、なんと、ペンダントに取り替えられた。
お主には剣よりもこちらが似合う!と言って昨日の内に用意させたらしい。
胸元に行くにつれて幅の太くなる金と銀が編まれた鎖に、ハート型にカットされた金と空色の大きな宝石が繋がっている。セイとお揃いになるそうだ。
「手に豆もできる。皮もぶ厚くなる」
「ホントだ」
アレックスの手を触ると表面がざらざら、ごつごつとしている。握手ぶりに触ったなぁ、とランは思った。
「…お前は頭を使う…いや、それはエディの仕事だな。思いついたら指示するだけで、いいんじゃないか?」
「いやいや、社長の器じゃないし」
しかもそれだとワンマン社長っぽいので尚更駄目だ。社長が分からないというアレックスに説明していると、シャールが戻ってくる。
2人が談笑する様子を見て、薄ら笑いを浮かべていた。
「…まだ進展なしか」
「え?」
「いや、こちらのこと。…セイ様はやはり神聖王国へ攫われていたそうだ。そして昨夜遅く宰相閣下とともに帰還したそうだよ。怪我もなくお元気だが、今は念の為休まれているそうで、会えるのは明日以降かな」
「良かったぁ〜」
ランは乗り出した身体をソファに預ける。
「…今回のことに、王族は関係ないのか?」
シャールは厳しい顔をしつつ対面へ座る。
「人質を取られて、僧兵をこの国へ入れざるを得ない状況だったそうだ」
ランも会った王太子の、母と弟妹を神殿へ隠して脅したらしい。
「最悪!」
「本当に神官なのか?そいつら」
「もう神官じゃないよ。少なくとも、昨日の夜からもう力は使えないようだしね」
神託と偽って聖女を攫いその威信を盾に、国内だけでなく各国から寄付という名の金をせしめようとしていた者たちは、神の罰をくらって虫の息。なおかつ、魔法や武器防具を扱うスキルが消え去ったという。
「スキルが消えるのか…」
「そう。それに頼ってた人たちなら尚更怖いよねぇ。…王はティアラスに条件をつけて今回のことを不問にするそうだ」
今後”神聖王国”と名乗らないこと、神殿組織は解体、王族が差別なくきちんと政治を行うこと。
「…聖女の意向ってやつと、宰相かな?」
「半分あたり。宰相は怒りまくってて属国とすればいいとまで言ってたようだけど、この国にはまだそこまでの余裕がないしね。セイ様は人質と一緒に閉じ込められていたそうで王族の人となりを知ったようだ。支援国として今後は付き合っていくみたい。あちらにも、冒険者ギルドができるといいね」
「…広がりすぎ!」
ニッコリ笑ったシャールにランは苦笑を返し、本をローテーブルに置く。
「ところでさ、ペガサスってどこにいるの?」
アレックスは知らないと言うので、シャールから聞こうと思っていたのだ。
「どこというか…今いるこの大地とは別の…亜空間にある精霊の国に生きている子たちだからね。ある日、現世に迷い込んだとか、神が気に入った者に褒美を遣わした際に顕現したとか…そんな感じだから、保有しているのは大抵が国だね」
どうしたの、とシャールが聞き返すとランはちょっと頼まれもの、と返した。
(ふーむ、どうしよう)
ランは考え込む。というのも、アポロンに”お嫁さんを探してほしい”と言われていたからだ。
シャンメリーならコレクションに持っていそうと思って引き受けたのだが、それほど希少だとは思わなかった。
明日は神殿に行って聖女認定とやらの儀式を受けるので、その時にでも神様たちに聞いてみようと考えた。
その日の食事は明日の事をソフィア王女が考えてくれたのか、3人で食事を摂ることが出来て穏やかな一日となった。夕食後に3人で相変わらずランの部屋でくつろいでいると、使いがやってきて宰相様がお呼びです、と3人纏めてこじんまりとした可愛らしい別邸ーそれでいて警備が尋常ではない離れへ案内する。
「ここに宰相が?」
氷のような男だ。白く角が丸い屋敷が似合わない。
「…丸尾さんの魔力があるような…」
「ああ、聖女用の居室なんだね。2人召喚されるというのも異例だから、1つしかないのかな」
なるほどねぇと頷き合いつつ中へ入ると、可愛らしいピンク色で纏められた応接室でセイが待っていた。
襲撃対応なのか、ローテーブルもなくカウチと一人がけのソファのみ。
まだ少々固い顔をしていたが、ランを見るとパッと笑顔になりカウチから立ち上がった。
「…お疲れ様」
ランは思わず駆け寄って背の高い彼女を胸に抱き込んだ。
笑顔が泣き笑いに見えたからだ。
(知らん世界に攫われて更に知らん場所へって…きつかっただろうなぁ)
背中が少し震えている。ランはゆっくりと撫でた。
「もう大丈夫だよ。神様がなんとかしてくれたからね」
「はい…」
返事をする声がか細い。
その様子を入口の扉を閉めて複雑な表情で見守るアレックスとシャール、そして傍らにひっそりと宰相のガーディがいた。青銀の短い髪を後ろに撫でつけて、切れ長の群青色の鋭い目を銀縁眼鏡の奥に隠している。
騎士の家系で体格は良いがアレックスよりは薄く、しかし俊敏そうに思えた。
「…あの小さい聖女は、女性を好むという性癖はありませんね?」
「は?」
思わずアレックスは耳を疑った。思考の停止した彼の代わりにシャールが答える。
「聖女に小さいも大きいもありませんよ。彼女は誰かと違い誰にでも別け隔てなく接しますし、セイ様を抱きしめておられるのは、同郷として彼女の苦労が分かるからでしょう?」
暗に元王子に攫われて捨てられたことをほのめかすと、ガーディは額に手を付きため息をついた。
「…失礼致しました。まだ少々、気が荒れているようです」
「昨日の今日では仕方ありません。…ご無事で何よりです」
「ええ、本当に。…私は何も出来ませんでしたが…」
ぎりり、ときつく握る拳に想い合っていると聞いた言葉が頭に浮かぶ。
しかし彼らの間には甘い雰囲気があるようには思えなかった。
ガーディは声を発しながら2人に近寄って行った。
「わざわざご足労いただきありがとうございます」
その声にランが顔をあげる。セイの顔は胸の中のままだ。
役目を変わりたいと思う気持ちを塞ぎ、ガーディは若干ランを睨みつけた。
「いえ…」
大丈夫です、と言おうとして彼の視線に気がつく。
(ははーん。羨ましいのか)
しかし彼女が呼んだのは自分だ。それも気に入らないのだろう。
だがランはそれこそが気に入らなかった。
視線をセイに戻して肩をポンポンと叩く。
「何かあっても…この国の人が駄目でも、神様が助けてくれるから」
「!」
ガーディの額に青筋が浮かび、セイが慌てて顔をあげる。
「い、いえ!!あの、今回は私の不注意ですから…」
どうも城下で事故があったと嘘を言われて聖女の治癒魔法が必要だ、と馬車に乗せられそのまま攫われてしまったらしい。
「いやいや。丸尾さんさ、この世界に合わせすぎだよ?」
「え?」
この言葉にはセイだけでなく、ガーディも目を見開いた。
ランは彼女をカウチに座らせた。自分は立ったままガーディをじっと見る。
「突然こっちにつれて来られてさ、何も知らない場所でどう気をつけていいかも分からんし、自分は聖女って言われるから聖女の責務を果たさないとって思っちゃうし、あんたたちは丸尾さんに何をさせたいの?」
睨まれているわけでもなく、ただただじっと静かに見ているだけなのに、ガーディは一歩後ろへと退いた。
「…何度も言ってるじゃん、聖女じゃないって。こっちの都合なんて知ったこっちゃないんだよ。…あんたさ、丸尾さんと一緒に出かけたことあるの?」
「っ!」
「か、金丘さん…あの、ガーディ様は宰相ですから忙しいのです」
言い淀んだガーディの代わりにセイが擁護した。
ランはため息をついてガーディを見た。
「…好きなんでしょ?だったら、相手の事知りたいと思わないの?こっち風の、しかもお貴族様のお付き合いじゃなくてさ、日本風のデートとかやろうって思わなかった?」
「それは…」
思ったが出来なかった。
彼女は聖女であり、彼女自身も皆の期待に応えようと努力していた。そこに私情で水を差すのはと躊躇った。
(だがそこで、セイの意思を考えたことが、尋ねたことがあっただろうか?)
微かに俯いたガーディを擁護しようとしたセイをランは制す。
「日本だと、恋人っていったらいつも一緒にいて手を繋いでて、しょっちゅう目が合ってるしそれでニコニコしてて。お互いの好きな店に行って買い物したり、カフェで流行りのスイーツ食べたり、どこ行っても楽しいって聞いた。ペアルックとかもする人もいるよ?…そんで、親しい人に幸せのおすそわけとかってお土産買ってきてくれたりさ」
自分の同僚の話だが、大抵はこんなもんだと聞いている。
「今部屋にある花、あんたが選んだの?」
「…いえ、違います」
使用人に美しく高級な花を、と指示をして持ってこさせただけだ。運んだのも、花瓶を用意して生けたのも使用人。自分は財布しか開いていない。
「ここには何でも揃ってる。…でも、丸尾さんの欲しいものがない」
「か、金丘さんっ!!」
セイは思わず立ち上がり、ランの袖を掴む。
ガーディは大きな声を出したセイに驚いていた。
「…大きな声も出したことないんだ。それじゃあストレス溜まるよ」
淑女教育を受けたと聞いたから、聖女はこうあるべき、という概念に今まで固められてきたのだろう。
セイの顔に浮かぶ疲れは、王宮が休まる場所ではないからだ。
”家”のように背中を丸めたりゴロゴロしたりもできない。
「あ、あの、ガーディ様は居るだけで、その…嬉しいので…」
「セイ様」
少し嬉しそうにしてガーディが顔を上げたが、セイは顔を伏せたままだ。
「もうさ、様なしにしない?あんたも攫われて戻ってきた大好きな人をぎゅーってするくらい、しなよ」
「なっ!?」
「かかかか金丘さん!!」
双方とも顔が真っ赤だ。何を今更、とランは半眼状態で鼻で笑った。
恋する者同士の行き違いというのは、韓流ドラマのように複雑に絡み合って非常に面倒らしい。
「わ、私はあの、ガーディ様に婚約の申込みをされていて、保留してもらっているんです。悪いのは私で…」
「へ?なんも悪くないじゃん、悩むくらい」
なんだ、そこまで行ってるのかと思うが、セイの顔が苦しそうだ。
これをガーディは聞けてないし、セイが言えないでいるのだ、と気がつく。
「…今、言っちゃえば?」
この際だ。溜め込む必要はないし、自分がいないと言わない気がする。
ランはセイを座らせて隣に座ると、手を握った。私がいるよ、と。
彼女はランを見て…少し躊躇った後に口を開いた。
「あの、私、顔を整形していて…」
小さな声だが、静かな部屋の中に響き渡ってしまい、セイは俯いた。
「な…るほど」
何だそんな事、と言いそうになったが、そもそも思い悩み整形しているのだ。
本人には小さな事ではない。
聞いていい事なのだろうかと、少々悩みつつガーディが質問する。
「…整形とは?」
質問にはランが答えた。
「日本では、顔にコンプレックスを持つ人が多くってね。まぶたが一重だったら二重に、鼻がちょっと大きかったら小鼻にしたりね、外科手術でパッと変えられるんだよ。…私は全然気にしないんだけど、あんたはどう?」
質問の意図に気がついてガーディはすぐさま答えた。
「全く意に介しません。私は、セイ様の優しいお心と、向上心に惹かれたのです。それに、一緒に仕事をしていて非常に楽しいと思っております」
この碁に及んでまだ敬語か、と思いつつランはセイを見る。
「ほら、大丈夫だって」
「で、でもっ…そのっ…」
耳まで真っ赤にさせたセイが言い淀む。
(あー…そっちもか)
遺伝子には整形情報は組み込まれない。生まれた子供が自分に似たら、と思ってしまったようだ。
「ガーディは生まれてくる子供の顔なんて気にしないよね?」
「ぅひゃああああああ!!!」
「ええ、気にしませんとも」
一部始終を見ているアレックスとシャールは少しセイが気の毒になった。
「これでオッケーだよ」
「そうですね。…儀式が終わりましたら、デートに行きましょう、セイ」
「!」
ガーディはセイの前まで歩み寄ると、騎士のようにゆっくりと片膝をついた。
「これからは私…いや、俺が貴女を護ります。他国からも、王族からも、あらゆる脅威から。…この手を取ってはくれないだろうか?」
そう言いながら手のひらを上に差し出した。
セイは真っ赤になりながら、目の端に涙を浮かべてランを見る。もちろん、ランは頷いた。
「……はい。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
細い手を、ガーディの大きな手のひらに乗せる。
ガーディはその手をガッチリと掴んだ。
「もう、逃さない」
「え?」
「ん?」
ガーディがセイの手を引っ張り、立ち上げつつ抱きしめた。
おおー!!っと見ているランの首根っこをアレックスが掴んでカウチの後ろに引っ張りあげる。
「…もういいだろう」
「ちぇっ」
「おじゃま虫は退散しますよ」
アレックスの小脇に抱えられたまま少しだけ振り返ると、セイが真っ赤な顔をして、しかし幸せそうにガーディの胸に顔を埋めていた。
ガーディはチラリとこちらに目を向け、目礼をする。
3人は扉から出ると、外で待機していたメイドに伝える。
「中から人が出てくるまで、絶対に入っちゃいけませんからね」
シャールがそう言うと老齢のメイドは苦笑した。
「…ようやくですか」
「おや」
「宰相閣下の態度には非常にヤキモキしていましてねぇ…。セイ様の憂いが晴れて何よりでございます」
一国の宰相、しかも剣術も戦術もイケる抜かりのない男でも、苦手なものはあるようだ。
ランたちは思わず笑ってしまった。
メイドにお礼を言われて王宮内の部屋へと戻ると、アレックスに聞かれる。
「お前は、遠慮してないか?」
「え…してるように見える?」
追い出されても城下町で行ったのは買い物だし、捨てられたあともジゼルとモニクと有意義な時間を過ごした。町に行ってからもさもありなん、だ。
「案外、捨てられたほうが良かったのかもしれませんね」
「だねー。聖女・淑女教育とか…きっと抜け出してたんじゃない?」
「お前が神殿で微笑みを浮かべている所を思い浮かべると、痒くなる」
「…それは失礼じゃないの」
そうは思うが、ヒラヒラした衣装を着て2日程度なのにもう疲れている。
久々に肩がこっているくらいだ。
早く黒鹿亭に戻って、ハリーやジゼルのご飯を、モニクのお茶とハリソンの笑顔を見たい。
「明日は、その神殿だよ」
「ええ…微笑みが引きつりそう」
「別に認定式なんだから、笑わなくていいんじゃないのか」
そんなくだらない事を言い合いつつ、3人の夜は更けていくのだった。
次の日に行われた聖女認定の儀式は夕方に執り行われた。
エイレーネとアトラースの…昼と夜が交わる時間帯に行うのが通例だそうで、早朝か夕方にしか儀式が出来ないらしい。
王族なども参加するため、夕方より少し前に儀式は始まった。
彼女たちは白い絹で出来たトーガのような衣装を纏っている。残されている衣装から型を起こしたらしいが、ドレスに慣れていないランは古臭くて重たくて最悪だ、と思っていた。
(やばい、踏みそう)
背が低いランは真っ白なトーガのような服を少々たくし上げて踏まないようにし、真っ白な廊下を歩いていた。
前を行く神殿長が立ち止まった前には巨大な扉がある。
地平線が描かれ、上に太陽が半分、下に月が半分描かれていて放射線が外側へ伸びていた。
(デカ〜)
髭を蓄えた老齢の穏やかそうな神殿長は振り返る。
「ここからは、聖女様方だけで神殿の最奥、御神像の前まで歩いて下さい」
「はい、分かりました」
「ゆっくりと、ですよ」
「了解です」
王宮で覚えたのか騎士の敬礼に似た動きをしたランに微笑み、神殿長が合図をすると両脇に控えていた神官により扉が開かれた。
この世界には珍しい引き戸だ。もしかしたら過去の勇者・聖女が伝えたものかもしれない。
(こっから2人か…)
ゼナン王、ソフィア王女、そして宰相のガーディにアレックスとシャールが背後に控えているが、見てはいけないと言われた。
1日前に襲撃があったばかりなので少々心細いが、何かあれば神様が撃退するだろうと思う。
不安そうなセイの手をランが取ってニッと笑うと、彼女たちは一歩を踏み出した。
扉の中へ入ると、大きな扉はまた閉められる。
50メートルくらい先に、とても大きな神像が2つある。
「んじゃ、ゆっくり歩こうか」
「はい」
人の目がなくこれ幸いと、ランは片方の手でスカートをたくし上げた。足が丸見えである。
「これ、重たいよねぇ」
「そうですか?私は慣れちゃいました」
歩きながらセイは、ガーディに愛していると言われた事を真っ赤になって教えてくれた。
それ以降のことは特に聞かないでおいた。
(大人だしねぇ…何したって別に構わないんだし)
「2人とも良かったね!」
「本当にありがとうございます。…あの、苗字呼びだと、真名を晒すとかでよくないと聞いたんです。ランさんと呼んでもいいですか?」
「いいよー。ランでいいんだけど?」
「いえ!そこは年上ですから」
「見えないと思うけど」
思わず苦笑すると、セイは首を振った。
「今も、隣にいてくれて本当に心強いのです。ガーディも、凄い人だと感心していました」
(ほほう。名前呼びね。良かった良かった)
「じゃあ、セイさん」
「私はセイでいいのです!」
「ええ〜…」
しかし意外と彼女は頑固だ。自分の意思を捨ててこの世界に染まろうとしたほどに。
仕方なく、セイと呼ぶことにした。
「私、ずっと…ちゃんとしなくちゃって思ってて…」
「なんで?」
「だって、私が城に残ったのも整形された顔のせいだから…ランさんはその、太っててもとてもかわいくてお胸もたくさんあって…」
(なるほど〜)
頑なに頑張ろうとした原因は、自分だったようだ。
「よくあるライトノベルみたいに、追い出された私が本物で、セイがニセモノ的な?」
「そうです!それ!」
久々に日本の話を聞いて嬉しくなったのか、セイが少し笑う。
「まぁ、これからその真偽はわかるけど、どっちも聖女じゃあないと思うけどね」
「どうしてです?」
「だって、勇者とか聖女を呼び出すのってもっと世界が混乱した時だろうし、そもそもあのバカが呼び出したんだよ?…神具もね、実はあれ魔導王国があった時代の、ただの魔道具だったんだって」
悪い魔法使いシャンタルが異世界召喚に興味を引かれて、溜まっていなかった魔力を補充した話をすると、セイは目をまん丸にした。
「…という事は、本当に…」
「うん。どっちでもないよ」
「はは…」
悩んだ自分は何だったのだろう、という遠い目に変わる。
「まぁまぁ、悩みは人を成長させると言うし」
「悩みすぎましたけど…あ!!」
もう少しで神像、というところでセイが歩みを止める。手を持ったままのランは引っ張られて止まった。
「ランさんは、いい人いないんですか!?」
「ええっ!?今その話?」
「だって、私はもう…結婚相手を見つけましたし…次はランさんの番です!」
「いやいや、ギルドで忙しいからしばらくないよー」
「そんな事ないです!ソフィア王女からは着飾ったランさんが妖精の姫のようだったと聞いたんです。夜会でも貴族に集られたとかで見たかった…じゃない、アレックスさんとシャールさんはどうなんですか!?」
突如2人の名前を出されてランはキョトンとした。
「うーん…?友達のような…」
「アレックスさん、たくましくて格好いいですよねぇ。シャールさんはハーフエルフと聞きました。美男子ですから貴族の娘が騒いでいたようですよ」
「そうなんだ」
あっさりしたものである。セイは少し驚いた。
(私の時はあんなに親身になってくれたのに…?)
そして結んだ手で気がつく。彼女がオカン属性持ちで、自分の恋愛事情にはとんと疎い事に。
「…これは由々しき事態です」
「何いってんの。ほら、行こう」
「この世界の人は、種族毎に寿命が違いますから、その方に合わせないと…」
なにやらブツブツ言い始めた。
「そういやシャールはあと500年くらい、アレックスも…あと200年だっけか、生きるって言ってたよ」
「え!?」
シャールはエルフだから当然で、アレックスは憑かれていた死神百足という魔物が周囲から寿命を少しずつ奪い取り、宿主を長く苦しめるために寿命を伸ばしていたと話すとセイは愕然とする。
「条件が厳しい…」
「まぁまぁ。十分楽しかったし、100歳でいいって」
こちらの人間も女性の大往生的な年齢は100歳だそうだ。
それくらい生きて、ギルドの長生きメンバーに看取られるのも悪くない。
『本当に、面白い事を考える』
『…堅実というのよ』
ふいの天井から声が振ってきた。
驚いて2人で見上げると、空中に2人の神が浮遊していた。
(き、きれーーーーーーーーーーーー!!!!)
エイレーネを初めて見たランは興奮する。
ストレートの金髪に空色の目、蠱惑的な肢体を持つとんでもない美女だ。若干透けているが、空色の豪奢なドレスを纏っている。
「ひぇぇ」
かたや、セイも青銀色の癖のある長い髪に金の目を持つ美丈夫のアトラースに腰砕けになっていた。
彼は相変わらず服には無頓着のようで、黒い簡単な上下に夜色のマントのようなものを羽織っている。
慌ててランは衣を戻してその場へ跪き、セイの衣も整える。
「す、すみませんお喋りしていて…」
しかしエイレーネは微笑んだ。
(まぶしっ!)
『よい。娘の色恋の会話はいつ聞いても楽しい』
『はしゃぐな。認定が先だろう』
まるで女子高生のような雰囲気のエイレーネに、厳格な父親のようなアトラースだ。
「認定?」
『聖女認定だ。…どちらもよい仕事をしてくれている。それに…』
『馬鹿な子たちから護るためよ。受け取って』
2人が手を合わせると、室内に白と黒の光が渦巻く。
それらはランとセイの周囲を取り巻き、やがて各々の右手の甲に吸い込まれていった。
(うわ…すごい魔力…)
叙勲の際に貰ったバッヂの太陽と月の紋章はどうやら2人の紋章のようだ。
淡く光ると、スッと紋章は消えた。
「あの…私たちが、聖女でよいのでしょうか…」
セイは思い切ったように聞いた。
それに答えたのはアトラース。
『良い。…この世界の人間が迷惑を掛けた』
『そうよー。元の世界にはネ、貴女たちの複製を作ってもらったから、心置きなくこちらで生を全うしてちょうだい!』
ランとセイは顔を見合わせる。
この世界で生きるしかないと思っていたが、心の底で一番悩んでいたことだ。
…突然消えた事に関する、家族や友人、職場の混乱を。
思わず脱力したように微笑んでしまう。
『召喚後すぐにここへ来てもらえればよかったのだが…』
通常はそうなのだが、今回は異例の召喚だ。仕方ない。
『ねぇ、まったく。…お詫びといってはなんだけど、貴女たちの願いを1つだけ叶えてあげるわ』
『この世界の範疇で頼む』
ちょっと夢がないわよ、だの、出来ないものは仕方ない、と言い合う夫婦神に苦笑してしまうが、ランはすぐに発言した。
「じゃあ、セイの今の顔を本当の顔にして下さい。黒髪黒目はそのままで。私のはそれでいいです」
「ランさん!?」
しかしエイレーネはチラリとセイの顔を見て『可愛らしいのに』と言いつつ、セイに向かって手を振った。
「!!」
セイの身体が白い光に包まれると、すぐに収まる。
「も、もう〜ランさん!あなたは人のことばっかり!!!!」
ランの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。
「いーじゃーん!これでもう憂いもなんもないよ!!」
笑いながら言うランに、セイは決めたようにアトラースへ言う。
「じゃあ!!ランさんの寿命を…彼女がこれから愛し合う人と同じくらいに伸ばして下さい!!」
「ちょっまっ」
『了解した』
アトラースも仕事が早い。ランの身体を黒い光で包んでしまった。
「ぬおぉぉ…」
これでエルフと結婚でもしたら寿命が1000年だ。絶対にエルフは駄目だ、いや、そもそもエルフから結婚を申し込まれることもないか、と思い直す。
アトラースはクスリと笑った。
『…近くにいる者に目でも向けてやれ』
「はい???」
「それって!」
セイは目を輝かすが、ランは首を傾げた。
2人の神は目を合わせて微笑むと、一際輝いた。
『この世界のことを、あれこれしなくていいのよ』
『うむ。魔王もまだしばらくは寝ておる。…生きろ』
そんな声が聞こえた後、光に包まれて…気がつけば、大扉の前に移動していた。
「あれ?!」
「あれじゃない、認定はどうなったんだ?」
びっくり顔のランに思わずアレックスが聞く。
「認定はしてもらったよ。でも特になんもしなくていいって。魔王も暫くの間…えーと寝てるって」
「!!」
ギョッとしたのはゼナン王とソフィア王女だ。
勇者と聖女の伝説で存在は知っているが、数千年も前の事だ。
改めて聞いてしまうと、嘘ではないことを思い知らされる。
「そうか…神託を、ありがとう」
なんとかソフィア王女は言うが、少し顔がひきつっていた。
「まぁまぁ、大丈夫だよ。その頃にはきっと冒険者ギルドにS級冒険者が生まれてるから!」
ドヤ顔で言ったランにアレックスとシャールが笑い出し、ガーディとセイ、そしてソフィア王女は頼もしげな目を向けた。
彼女が言うと、その未来が本当にあるように思える。
「やっぱお前は聖女っていうより、冒険者ギルドのギルドマスターだな!」
アレックスの笑いを含んだ言葉が、静謐な白い神殿内に響き渡ったのだった。




