変化
2人ともびっくり顔だ。びっくりしすぎて言葉も出ていない。
「どうしたの?」
首を傾げると、アレックスが片手で顔を覆った。
それを見てシャールとソフィアがくつくつと笑いを殺している。
「そなたがあまりに可愛いので、驚いたのだろう。お前たち、聖女をかどわかそうという者は多い。姫を護れ」
2人は姿勢を正して敬礼する。
「はっ」
「わたくしは準備がある。使いが呼ぶまでくつろいでいてくれ」
ではまた後で、と立ち去ろうとするソフィアに行ってらっしゃいと手を振ると、照れくさそうに手を振り返してくれた。
(この王宮の中じゃ、こういう気軽に話せる人っていないんだろうなぁ)
ちょっと可哀想に思える。しかし、王子然とした姿はとても良く似合っていた。
シャールが早速近づいてきてランの周りを回って観察する。
「驚いた。ここまで変身してしまうなんて…化粧は?」
「してないよ。慣れないから、衣装につくと大変だし」
口紅などは本当に落ちにくい。
「そうなの?…アレックス、見ておきなよ。中々見れないよ?」
「あ、ああ」
なんだかギクシャクしている。どうしたのと覗き込めば、目をそらしてしまう。
しまいには窓際に足早に去っていってしまった。
「どうしたの、あれ?」
シャールは笑いながら言う。
「直視できないんだよ」
「そんなに変?…まぁ、別人だもんねぇ」
「そういう意味じゃないよ。アレックス!今見ておかないともう見れないかもよ?」
珍獣みたいに言うなぁと思いつつ、ランが窓際に避難しているアレックスの元へ行って袖を引っ張る。
「そう言えば2人とも着替えたんだね。格好いいよ!」
「お、王城の近衛の服だ…」
相変わらず目を合わせないアレックスが言う。
紺藍色の布地に銀のモールなど飾りがついていて、剣も装飾のある立派なものだ。
なお、彼らが持っていた剣はランが預かっている。
「近衛の服なんて、よっぽど上の貴族じゃないと着れないよ。ラン、ありがとう」
「いえいえ。…2人の家って?」
「ん?両方とも男爵だよ。領地は少しここから遠いね」
シャールの生家は王都よりも北で、アレックスの方は東らしい。
「そのうち、お礼に伺いたいな」
「どうぞどうぞ。…アレックスの家には特に行って欲しい」
「おい!」
アレックスが慌てて手を上げている。
「なんか行っちゃ駄目な理由ある?」
「い、いや、ないが…」
「じゃあそのうち、手土産持って行こうねー」
そう言うと、ボソボソと分かったと返事をした。シャールは相変わらずニマニマとしている。
3人で雑談をしていると、侍従がやって来て部屋から連れ出された。
「ところで、どこへ行くんですか?」
行き先をまるで聞いてないランが前を歩く侍従に聞くと、彼は少し驚いた顔をしてニッコリと笑った。
「陛下と王女殿下のところですよ」
「ああ、なんだ。その2人ね。良かった」
侍従は更に笑みを深くしお辞儀をし、前を向いた。
ランの背後に居た2人は、笑いをこらえつつ、かなり緊張している。
この大きな通路がどこに通じているか、知っているからだ。
(でっかい扉…)
さすが王様の部屋だな、と思いつつ扉を護る騎士にペコリと挨拶をすると相手は目を見張り、腕を前に出して敬礼をした。
「冒険者ギルドの創設者、聖女ラン・ゴールドヒル様をお連れしました」
張りのある声で侍従が扉に声を掛けると、ゴッと少し音がして扉が内側に開く。
前に、と言われて一歩部屋に踏み出した。
「……!?」
ランはギョッとした。
目の前に金糸で刺繍のした藍色の絨毯が引かれており、長いヴァージンロードのようになっている。
その先にいるのは玉座に座る王と、その傍らにいるソフィア王女なのだが。
(ま、周りに人がチョーーーーたくさんいるんですけど!?)
ヴァージンロードから少し離れた左右には、着飾った貴族の紳士淑女がひしめいていて、なおかつ自分を凝視している。扇子を広げてコソコソと話している貴婦人もいる。
「ラン、大丈夫だよ」
「周りは畑の野菜だと思え。俺もそう言われた」
こっそりと背後から言われてランは微かに頷く。
そして粛々と歩いて、王の前まで辿り着いた。
王は御年50歳というが、かなり若作りだ。顔の造形はソフィアに似ていて、若い頃はさぞイケメンだったのだろうなぁ、と思われた。金の長い髪を背後でゆったりと束ねている。目もソフィアと同じだ。
「遠い地から呼び立ててすまないな。そなたと会えて、嬉しく思う。異界の姫よ」
(ひ、姫じゃない!!)
そう思いつつ、カーテシーというお辞儀をする。先程メイドに習ったのだが、日本のように斜め45度ではなく相手の目を見たまま行う礼はどうも慣れない。
「異界の…?」
「しかし、髪色が…」
何やらコソコソと話声が耳に入ってくる。
王は苦笑すると、元に戻せるか、と聞いてきた。
「はい」
ランが左手小指のピンキーリングを外すと、髪と目が漆黒に染まった。
場内から驚きの声が上がる。
「美しいな。先程の髪色もよいが…」
「ええ。妖精の姫のようですよ」
(そ、ソフィア様ーー!)
彼女を見れば少し笑っている。緊張を解してくれているのだろうか。
王様が一つ頷いたので、ピンキーリングを嵌めると見慣れたモスグリーンの髪に戻る。
「まずは、チャービル元王子のしでかした事を詫びよう」
「はい」
言われる事には「はい」と言って下さいと事前に言われている。
しかしランは口を挟んだ。
「召喚の神器ですが、有事の際に魔力が足りないようでしたら仰って下さい。魔力を補充できますので」
これはきちんとシャンメリーに確認したことだ。
普通は自然に貯まるのを待たなければならないが、彼女が居た時代に造られたその神器…実は魔道具なのだが、シャンメリーには魔力の補充が出来るという。
「そうか。では頼む」
案内してくれた侍従とは別の、進行係の侍従が自分を睨んでいるが、知ったこっちゃない。
王様にいつ会えるかわからないのだ。今のうちに言っておこうと思う。
「それと、異界から攫われた件につきましては、もう吹っ切れましたのでお気にせずにお願いします」
「ほう?」
こんなに喋る聖女だと思っていなかったらしい、場内が少々ざわついている。
アレックスとシャールは苦笑していた。
「私が召喚された事の目的は正直分からなかったのですが、生活する内に見つけられましたし…その過程で、大切な友人たちを救うことが出来ました。ですから、私が今、ここに居る事は、無駄ではないと思うのです」
ゼナン王は目を見開いた。そしてゆっくりとランの背後に跪いているアレックスに目を留める。
紫色の魔眼に納得が行ったように目を閉じた。
「そうか。彼を救ってくれたのだな…」
「はい」
酔っぱらいの自分がやった事なので覚えていないが、肯定の返事をした。
「ありがとう。一生その責を負うつもりであったが…」
「少しは軽くなりました?」
ソフィア以外の人々がギョッとするが、王は晴れやかに笑った。
「ああ。本当にありがとう。…王城に迎えられないのが惜しいな」
「ありがたいですが、ギルドの仕事がありますので」
心にも無いことを言っている自信はあるが、こんな世界での生活は勘弁して欲しい。
「陛下、彼女は城外にいてこそ、その力を発揮しますから」
ソフィア王女も援護してくれている。王は頷いた。
「分かっておる。…これからもつつがなくそなたが暮らせるようにしよう」
「はい。街道が整備され町を行き来する事が安全になれば、この国を堪能できますね」
暗に、自分に金を掛けるなと言う。遊ぶのは自分流にやりたいのだ。
意図が分かった王と王女が微笑む。
「では、皆が安全に旅を出来る国にしよう。約束する」
「はい。ありがとうございます」
ランは日本流に頭をゆっくりと下げた。言いたいことを言ったので、もう、周囲でざわつく野菜たちは気にならない。
その後は、冒険者ギルドの仕組みを考案してくれたことのお礼の言葉を頂き、勲章を胸につけてもらった。
円と三日月が合わさった形をした光り輝く貴金属にピンク色のリボンが付けられている。
侍従が報奨の目録を見ながら朗々と読み上げ、ゼナン王からは最後に「これからもよろしく頼む」とランに告げて式典が終わった。
王と王女の退場のあと、ランたちも貴族の好奇の目に晒されながら退場し、控室へ戻った。
「おっと。大丈夫…じゃないな」
扉が閉まってよろけた所を、アレックスに抱えられる。
「つ、疲れた…」
「いや、面白かったよ。あそこであんなに喋るとはね!」
シャールが笑みつつ、ティーセットでお茶を淹れてくれた。
「わっ」
「今日は甘えとけ」
アレックスはランを抱えてソファへと座らせてくれる。
正直、今更ながらに足に震えが来ていて歩けなかったので助かった。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
紅茶をいただけば、非常によい茶葉だと分かる。
これにキャラメルの香りがついてれば、なおいいなぁと思ったのは内緒だ。
アレックスはランの隣に、シャールも対面に座りくつろぎながら言う。
「貴族どもの顔が面白かったな」
「そうだね!不敬だの騒いでたけど、王様の態度を見てすぐにコロっと変わってたよ」
ランは王様に集中していたので、途中からは周囲の声が聞こえていないし見えてない。
「そんなにうるさかったの?」
「伝統を重んじるフリをして益を引き寄せようと、うるさくするのが貴族だからね。…初めはお人形さんのようね、と言ってたけど発言し始めたらとても驚いていたよ」
「お人形?」
そう言った貴族の思惑がよく分からない。
「可愛らしく非力そうな姫に何が出来るのか、裏に誰かがいるのではないかと思ったんだろうね」
「かわっ!?」
どう見たらそう見えるのか。いや、鏡で見たあの姿ならそう思えるのかもしれない、と思ってランは黙る。
アレックスが頭の上にポンと手を置いた。
「まったく、誰がこんなじゃじゃ馬を操るのか…」
「おいっ」
「見た目に騙されたんだね。いい意味で」
「しゃーるぅ」
2人はクスクスと笑っている。
「はぁー…このあとってなんだっけ…?」
聞いて覚えたつもりだが、さっきの式典で脳内から吹っ飛んでしまった。
「晩餐会だよ。今日だけはさっきの貴族たちもいる」
「うわぁ」
ランは心底嫌になった。
「安心しろ。俺たちもいる」
「…そういうアレックスも苦手だけどね」
「もう騎士ではないし、今日はランの護衛という大義名分がある!」
「頼むよ、壁になって」
くてん、とアレックスに寄りかかる。
「それは無理だね。真後ろには絶対にいるから」
「変に言葉を飾らなくていい。普段のお前でいれば侮った奴は逃げていく」
「それっていいことなの…?」
大丈夫、どうせ王都にはあんまり来ない、と言う2人だ。
その後も雑談を続けるがとにかく疲れていたので、ランはうとうとし始める。
「今の内に寝ておけ」
「そうだね。僕たちがいるから大丈夫」
「うん…」
そのままランはアレックスに寄りかかって寝てしまった。
「本当に寝たな」
「まー、疲れもするよ。昨日は寝れなかったんじゃない?…僕も久々で緊張した」
「ああ」
2人もソファへ身体を預けて首元のタイを緩める。
「近衛の服は堅苦しいな」
「…あれほど憧れたのにね」
しかし今となっては昔のことだ。今は自分たちの仕事にやる気と誇りを持っている。
部下たちは冒険者として町に馴染み、日々を楽しそうに送っている。
仕事がないと腐って酒を飲んでいた日々が嘘のようだった。
「…で、アレックス。今日は大勢、人が来そうだけど?」
「だろうな。あれだけ見せつけたんだ。貴族どもが放置するとは思えない」
一応、レーベの町がある辺境伯という領主には王様から「邪魔をしないで見守れ」と釘を刺されているが、それ以外の…特に上位の貴族が群がってきそうだ。
しかしシャールは呆れた。
「そっちじゃないよ。結婚の方だよ」
「けっ!?」
大きい声を出しかけて、慌ててアレックスは自分の口を塞いでランが起きなかったかと確認する。
「結婚だと…?コイツとか?」
「あのねぇ、見惚れてた君が何言ってるの。見た目は妖精姫、中身はリアリストだよ?冒険者ギルドの創設者なんて金ヅル、貴族が好きそうじゃないか。黙って見ている訳がないよ。それに聖女で王族だ」
アレックスは押し黙る。
「……」
「いい加減、認めなよ。惚れてるでしょう?」
馬車でも膝の上に乗せていたし、頭も撫でるし、しょっちゅう触ってるじゃん、とシャールは言う。
昔の彼では信じられないことだ。
しかし親友は困った顔をして、意外な言葉を吐いた。
「…好いた惚れたが分からん」
「子供なの!?…他の誰かに渡したくないと、思ってるんでしょう?」
「……」
「じゃあランが夜会で他の男に腰を持って引き寄せられたらどうおも」
「斬る」
遮って即答したアレックスにシャールは吹き出す。
「独占欲丸出しだね!…その状態を、好きっていうのさ。取られたくないなら、エスコートするんだよ」
「分かった。近寄らせない」
男どもが群がってくる様子を想像したのか、アレックスが不機嫌になる。
「いや、話くらいは…」
「飲み物も怪しいな。飲まないように言おう」
「……ほどほどにね」
自覚したら自覚したで突っ走り始めた親友に、シャールは生暖かい視線を送ったのだった。




