芽吹く春
「さ~く~ら~咲良~毎日そんな部屋の隅に居てはカビがはえるわよ?窓辺に来てごらんなさいよ?あのね向かい側の公園の桜が満開でとても美しいのよ」
姉さんの柔らかい声が二人きりの部屋中に響いている
俺は自分の名前と同じ響きの花がそんなに好きではなかった
短い季節で散ってしまう花を見て何が楽しいんだか…
そもそもまともに観たこともなかった
「そんなの俺には見えないから嫌だ」
俺の目は生まれつきあまり見えていない
光を感じる事は出来ても全ての物はボヤけていたし色の認識も難しいし杖が無ければ歩けない
「咲良は沢山お金を払って手術さえしたらきっと見えるようになるってお父さんが教えてくれたのよ?難しい手術が出来るお医者様がうちの村にはいないだけ…お父さんもお母さんもちゃんとお医者さまを探してくれているし毎日こんなに働いているんだもの見える時がくるって私楽しみで仕方ないわ」
見えなくとも俺にはいつも姉さんがニコニコしていることが判る
姉さんは自分の方が病弱でろくに外にも出れない癖に明るくてキラキラして優しい
いつか本当に俺の目がもっと見えたなら一番最初に見るのは姉さんの顔がいい
きっと物凄い美少女に違いない
でも…
「俺は目なんて良くならなくても別に困ってないし…もし腕のいい医者がみつかって金が沢山払える時がきたらさ…俺絶対に姉さんから治してってお願いするんだから覚えておいてよ?」
そう言って姉の髪に手を伸ばして撫でた
長くてさわり心地が最高でいつまでも触っていたい
俺は姉を好きなあまり自分も真似をして髪を伸ばしている程だった
「咲良…あっ…それよりもね…その…貴方の髪また伸びたのではない?男の子にしては長いわイジメられたりしていない?私が切ってあげるわよ?」
姉さんは自分の話になるといつも急に話をはぐらかす
俺には目が治ると云いながら自分が治るなんて未熟も思っていないのだ
姉さんにただ生きていて欲しいのに…
姉さんの腕は触る度に細くて折れそうで俺は姉さんを失う時が来てしまうのを恐れていた
だから毎日学校の後は姉さんの部屋にいるのが日課だった
「咲良…あっ…あのね公園の桜の一番端に最近気になる子がいるの…毎日…そろそろかしら?いつも彼処に腰掛けてね絵を描いてるようなのよ…それでね…その子とその…お喋りをしてみたいのだけど私は出ては行けないでしょ?咲良はあの子とお友達にはなれない?」
姉さんがそんなことを頼むのは初めてだった
他人の話をするのも初めてだった
「別に…向かい側の公園ならすぐ其処だし行きなれてるし端の桜なら多分辿り着けるけど姉さんどうしたの?まさかとは思うけど一目惚れでもしたの?どんなやつ?」
姉さんの表情は全く分からないけど何だか空気が変わった気がした
「さっ…さく…咲良…違っ違うわよ?
ちょっとお話がしてみたかっただけよ?
それは彼は私が此処から見る限り素敵な容姿に見えるけども…きっと声も素敵なんだろうな~とか…
ほっ惚れ…惚れてなんて…べっ別にそういうのではないのよ?
ただ絵を見せて頂きたかっただけなのよ?
こうして毎日見てしまっているのに桜に夢中で絵を描いては帰ってしまうの…それで貴方がお友達になってくれたら家に呼ぶ口実が出来るし…せれで…」
姉さんが早口で喋るのを初めて聴いた
冗談のつもりで言ったのに姉さんどうやら惚れている相手がいるらしい
どんなやつだよって正直イラッとしながら仕方なく外に出る事にする
その桜の木まで行って待ち伏せしよう
それでソイツが姉さんに相応しいやつか見極めてやるんだ




