表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駒唄  作者: 無二エル
27/93

昇段、そして

 1月第一例会


 応援してくれる人が居る事を知った私は強かった。

 2勝を積み上げこれで15勝6敗。

 16勝6敗の昇級まであと1勝。


 1月第二例会


 しかし意外と早くブーストが切れてしまった。

 相手の好手の連続にも悩まされ、1局目●

 いよいよ後が無い、これで18勝7敗昇級以外無くなった。

 2局目は硬くなってミスはするものの、相手もあまり調子が良くないみたい。

 塩試合を制し、17勝7敗。

 なんとか踏みとどまった。

 はあ、胃が痛い。


 2月第一例会


 例会前、またバンジーに頼っちゃった。

 肌が切れるかと思うくらい寒かった。

 でも回を増すごとに効果が無くなって行くような。

 今日上がれないとリミットが随分キツクなる。

 藁をもすがる思いでお祓いにも行って来た。

 お守りも一番高いのを買った。

 これで効果が無かったらあの神社訴えてやる。


 ふう、気持ちを落ち着かせ席に着く。

 今日の相手は同じ初段の黒森君14歳。

 君は節目節目で私の前に立ち塞がるね。


 黒森君も調子は悪くないのになかなか二段に上がれずにいた。

 でも直近で11勝1敗らしい。凄いね、もう近々上がれそうじゃん。

 3敗してもOKな状況じゃん。

 一瞬、負けてくんないかなーと悪魔のささやき。

 駄目だそんなの。以前私は北条君に何と言ったか。

 黒森君だって私に勝って昇級を狙っているはずだ。

 そう、実力で上がんないと意味ないんだから・・・

 

 ・・・・・・・・・でも負けてくんないかなー


 勝負は激戦となった。

 ねじり合いに次ぐねじり合い、どっちが優勢かまったく解んない。

 こ、こんなの読み切れないよ。

 双方時間がすり減って行く。

 感覚だけを頼りに手を指す場面が何度も続く。

 これが間違ってたら・・・


 あ!相手の玉に詰み筋が見えた!

 あってる?私の玉に詰みは無い?

 

 黒森君の顔にも緊張が走る。気付いているみたいだ。

 でもややこしく長い筋道、一回でも間違えたら・・・


 うう、ここで双方1分将棋。時間が欲しいのに。もっとよく確認したいのに。


 黒森君は間違えない。

 不利な状況の中でも最善の手を指し続ける。


 黒森君の手に迷いはない。

 一手一手、勝利に近づくと共に募って行く不安。

 ひょっとして、何か逆転の手があるのではないだろうか。


 あと6手で詰みだよ。

 ここまで来れば大丈夫だよね?

 投了しないのだろうか。


 あと2手、ここで黒森君が頭を下げる。

 粘ったね。やっぱり負けたくなかったのだろう。


 君島流歌は二段となった。


 すべてを出し切り勝負を制した私には、第二局を勝つ気力が無かった。

 でも黒森君は勝った。

 二人は同日に二段昇段となった。


「はあ、君島さん強かったなぁ」

「でも凄いじゃない。良く2局目集中きれなかったね」


 私はヘトヘトだ。

 黒森君の顔にはまだ余裕が見える。


「先に昇段したかったのに」

「似たような物じゃ無い。私はすでに1敗土が付いちゃったし」

「三段には僕が先に上がるからね」

「言ったわね。負けないよ?」


 軽く手をハイタッチ。

 黒森君も背が大きくなったなぁ。

 最初に会った時は11歳だったっけ。

 もうすぐ背を抜かされそう。

 背は抜いても良いけど、昇段は負けないからね。



 その後すぐまた取材。


「18歳4カ月で初段に続き、18歳11カ月で二段は女性最速ですが」

「速さは特に意識していません。最終的に棋士になれないとすべて無駄ですから」

「1年の休養を挟みましたが、実質1年と5カ月で二段まで駆け上がった訳ですが、これをどう思いますか?」

「私は4級からのスタートだったので・・・早い方だとは思いますが、それに驕る事はありません」

「最後に、4日後に控えた里理四冠との対局の意気込みを聞かせてください」

「精一杯ぶつかって、決定戦に進めるよう頑張ります」



---------------



 四日後 女王戦本戦準決勝


 ここは関西将棋会館、始めて来た。

 里理さんが関西所属なので、本日はこちらで対局。


 あ、本当に1階に洋食屋があるんだ。

 今日のお昼はここにしようかな。

 東京の会館にも昔は喫茶店があったらしいけど、何で無くなっちゃったんだろう。


 さて、勝手がわからないぞ。

 どうもー、君島でーす。美人でしょ?対局はどこですかー?


 若干イラっとした職員に案内される。

 おかしいな。関西のノリを間違えただろうか。


 電子機器を預け、対局室に入るとすでに里理さんが待ち構えていた。

 おっと、私が先に来なければならないのに。

 でも今は20分前、あまり早く来すぎて正座で待つのもなぁ。


 里理さんの表情は変わらない。

 今何を考えているのだろう。

 勝負に向けて、英気を養っているようにも見えるし、何も考えてないようにも見える。


 振り駒で後手になった。

 里理さんが主導権を握る。

 果たしてどんな戦型で来るだろうか。


 ・・・何故だろう。今日はリラックス出来てる。

 二段に上がれたからかな?寝起きが良かったからかな?

 朝のテレビの占いで1位だったからかな。


 里理さんとの戦いは楽しみにしていた。

 今、女で一番強い人。

 越えなければならない壁、そしてこの人が越えられなかった壁に挑む為に。

 

「定刻になりました」


 女王戦本戦準決勝が始まった。



--------------



 勝負は中盤から終盤の入りかけ、まだ五分五分。

 里理さんは得意の石田流で来た。

 真っ向勝負だった。

 これが、後手番を引いたらゴキゲン中飛車だったのだろう。


 今のところ大丈夫。

 振り飛車対策はバッチリ決まってる。

 でも絶対どこかで変化を入れて来るはず。

 その時に備え、気を抜く事は出来ない。


 来た。ええ?無理攻めじゃないの?繋がるの?

 ・・・あ、こっちの駒得を狙っているの?

 でも玉から遠くならない?何手か損する気がするけど。


 いや待て。これは絶対他に何かあるはずだ。

 駒得に見せかけた繋ぎの一手だと考えたほうが良い。

 私がまだ気づいてない何かが必ずある。


 長考する。これで何も無ければ、ただ時間を消費するだけになってしまう。

 だが自分の直感が何かあると告げている。

 ここは自分を信じよう。


 時間が過ぎて行く。

 まだ見つからない、見つからない。


 本当にあるのか?

 一瞬だけどそう思ってしまった。

 だがすぐにその考えを打ち消す。

 必ずあるはずだ。自分の感を信じて。


 残り時間、5分前になる。

 ・・・何かが見えた気がした。

 あ・・・・・・ここに繋がるのか。

 数十手先で、ここへと導かれるのか。


「失礼します」


 時間が無い。ここで最後のトイレタイム。

 里理さんの時間はまだ1時間以上残ってる。

 ここから先は立てなくなるだろう。


 席に戻り、一度深呼吸。

 ・・・残り時間は2分か。

 すぐに一分将棋になるだろうな。

 私は里理さんの狙いを受ける為の手を指す。


 里理さんの表情は変わらない。

 私の取り越し苦労だった?

 いや、そんな訳無い。間違いなく里理さんの狙いを潰したはずだ。


 ほら、やっぱり長考している。

 手を潰され、困っているはず。

 だが表情は変わらない。ま、まだ何かあるの?


 き、きっと百戦錬磨のポーカーフェイスのはず。

 元々抑揚が少ない人だし。

 でも残り時間がどんどん減ってるよ?

 焦りも無いのだろうか。


―――残り時間5分


「負けました」



----------------



 まだ粘れるのにまさかの里理さんの投了。

 感想戦で聞いたら、妙手だと思った閃きの一手を潰され、頭が真っ白になったそうだ。

 全然そんな風に見えなかったのに・・・

 それでも何かないかと探したけど、私の指した手は見事の一言だったらしく、どう考えても大損する道筋しか見えなかった。

 それで潔く投了。


 そして対局後の囲み取材。


「次は同門対決ですね」


 はい、知ってます。

 先に行われた対局で、姉弟子は元女王を破っていた。

 挑戦者決定戦の相手は姉弟子 橘 凛 女流三段。


「君島さんも最近昇段されましたが、橘女流も前回の対局の勝利で三段に上がりましたね」

「はい、お互い同時期に昇段する事が出来てとても嬉しいです」

「ですが、次の対局相手でもあります」

「はい、姉弟子には胸を借りるつもりで頑張ります」

「正直やりにくくないですか?」

「はい、そうではないと言ったら嘘になります。ですが私は棋士を目指す奨励会員、今しか本気の場で戦えないかもしれません。いつもは優しい姉弟子ですが、ここは勝負の世界。甘い気持ちで挑む気はありません」


 


 本当は嫌だーーーー!

 姉弟子に嫌われたらどうしよう。


 でも、本気でやらないと、それこそ姉弟子は初めて私を怒る気がする。


「調べによると、身長差25cmの戦いになる訳ですが」

「それは関係無いでしょ」


 姉弟子、147cmだったんだ。

 どうりで可愛いと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ