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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
209/518

・サチコ>海さん>南>斎

今回長めです。

・サチコ>海さん>南>斎


 ※この回は三人称的な文章でお送りします。


「サチコ! 一緒にお風呂行かない?」


 夜。夕飯を終えて、後は入浴と就寝を残すばかりとなったサチコ一行は正に今、入浴の項目を消化しようという段に、差し掛かっていた。


「ん、もうそんな時間か。ちょっと待っててくれ」


 部屋に押しかけたのは愛同研の部長であり、サチコより身長が20cmは低い三年の北斎である。おかっぱ頭に小柄で起伏に乏しい体はこけしを思わせる。


「え、サチコってお風呂の後着替えるの」

「え、そういうものじゃないの」


 脱衣所で一日来た衣服、下着を脱ぎ、入浴後に新しいものに手足を通すのがサチコなら、斎は先に着替えを済ませて、入浴後にまた同じものを着るという生活形態である。


「まあいいや、いこいこ」

「ああ、うん」


 ともあれ、予め用意しておいたビニール袋に、旅館貸出のタオルと代えの下着を入れて、サチコは部屋を出た。


 自分よりも歩幅の大きい後輩を追って、斎は小走りになる。


「良かったー断られなくて」


 自分と他人との身体的な差が顕著になり、それ故に気になり始める小中学生時とは異なり、彼女たちはもう高校生である。


 一緒に入って何をか『確かめてみよう』というふうには、ならないものなのである。一般的には。


「海さんや南を誘わなかったのか」

「二人とも先に行っちゃったんだよ」


 二人はエレベーターを使わずに、階段を上がった。大浴場はすぐ上の階であり、サチコの部屋から階段が近かったからだ。


「今日の廃館といい夕飯といいお風呂といい、本編はもう一日目で終わってるね」


「明日は普通にダラダラ過ごしていいんじゃないか」

「それは駄目だよ」


 斎たちは廃館の見学を、夕方前に引き上げた。


 他の三人が怪異を見たことにより、友人の肌を見るための出しに使った肝試しに、本来の価値が生じたことが、斎の気分を更に盛り上げていた。


 サチコが珍しく上機嫌なことも、その一因である。怪異と言っても特に危害を加えるでもなし、ビジネスクラスで一段劣るとはいえ、日頃の食事よりも遥かに良質なものを食べたことで、大分気分が落ち着いているようである。


 今の光景はさながら、手間のかかる主人を引率する大型犬のようであった。旅館用のスリッパのぺたぺたとした足音が響く。


 階段を上り終えると、また少しの間歩く。やがて目的地の浴場に着くと、二人は足を廊下のカーペットから『ござ』の上へと移した。


 細長い通路の中には、貴重品の管理は客自身が徹底するようにと、貼り紙と立札があった。


 隣の壁にはドアがあり、そこから広い脱衣所へと、繋がっている。


「ロッカーとかはないんだな」

「景観を損ねるからね、あ、こっちこっち」


 中へ入ると、サチコは斎に促されるままに歩いた。ほどなくして脱衣所内の、脱衣かごが陳列された棚の一角に辿り着く。


 二つのかごの中には既に、浴衣と下着が入れられていた。


「これみなみんと海さんの」

「なんだ待ち合わせしてたのか」


「一緒に行こうって言ったんだけどね、急に恥ずかしがっちゃって」


 そう言いつつ斎は二人のかごを物色し始めた。


 サチコは呆れたような顔をしたが、興味が勝ったのか犯行を止めるような真似はしなかった。


 一見すると両方とも規則正しく畳まれているように見えるが、違いは下着にあった。


 白いスポーツ用品のような上下一色は東海のものである。それぞれ下着の端に、油性ペンで名前が入れてある所に、生活の臭いが染みついている。


「高校三年生にもなって」

「いやこれはわざとでしょ」


 一方南は上が赤で下が黒という不揃いであり、しかも安っぽい組み合わせであった。両者共に自分なりの手の抜き方を、しているようであった。


「みなみんは見るからにだらしないけど、染みが目立たないようにしてるね、海さんは逆にそこは気にしてないみたい」


 自分たちのパンツに黄ばみができる部分をしげしげと見ながら二人は話し合った。ちなみに斎は前者でありサチコは後者である。


「どの道トイレに行くし洗うからな」

「それを踏まえた上で隠すか隠さないかなんだよ」


 斎はそう言って自分の服を脱ぎ始めた。彼女とサチコは未だ私服であった。上から順番に脱ぎ始める斎とジーンズを脱いで後に、上から脱ぎ始めるサチコ。


 斎は可愛らしいふんわりとした水色の下着だったがサチコは黒の上と紫の下であった。これには裸の上にまだ眼鏡をかけたままのこけしもひどく落胆した。


「もっといいの無かったの」


「サイズが上がると色がこういうのか、ケバケバしいのばっかりだぞ」


「片方五千出せとは言わないけどさあ」


 斎はこの日この後輩のため、誕生日は下着を買って送ることを心に誓った。自分の下心を、傷付けられたような気がしてならなかったからだ。


「そんなことより先輩、髪持っててくれます」

「え、やだ」


 サチコは自分の髪が湯船に浸からないよう、頭上にまとめ上げようとしたが、斎はこれを拒んだ。


「それお風呂に浸からないようにまとめる気だろ」

「うん」


「私一度でいいから長髪が湯船にぶわーって広がるの見たい」


『だからやだ』と斎は断った。マナーも何もないが、それが気分の問題に留まる程度なら、モラルの優先度をブービーにまで下げるのが、この女である。


「じゃあいいよ、一人でやるから」


 サチコは諦めて、自分で髪をまとめることにした。ゆったりと反物を扱うかのように、自分の髪を持ち、頭部に巻き付けて、最後にタオルで包み込む動きは、日頃の性状に反して非常に優雅であった。


 その動きと髪の移動によって、露わになっていく背中と、最後に眼鏡をそっと外す様からは、十代とは思えぬ色香が漂う。


「じゃあいくか、残念だったな」

「いや、これはこれで」


 一糸まとわぬ姿になって浴場へのドアを開けると、一番手前とやや奥に座る、体を洗い終えたと思しき南と東がいた。二人はこれから髪を洗うようだった。


 意図的にそちらを残しておいた、というほうが正しかったが、二人は気取られぬように、遅れてきた二人を出迎えた。


「二人とも遅いじゃない、のぼせるんじゃないかって思ったわ」


 テレビのロケではないので、バスタオルを体に巻くような非常識なことはしていない。


「まだ十分も経ってないし、二人とも湯船にも入ってないじゃん」


「頭もこれからだしね」


 南と海は微笑を浮かべながら、何とも言えない間を持っていた。湯気とは別の白さを両目に浮かべて。


 体の洗い方は個人差が大きく、体つきに合わせた動きをする為、本来は千差万別のはずである。


「北さん、眼鏡かけたまま入るの」


「広いお風呂では足を滑らせ易いからね、安全のためだよ」


 斎は二人分見逃したことを悔やむのと同時に、敢えて南たちがそうしたであろうことに、小さな裏切りを感じたのだ。


 彼女は翌日の入浴では、この二人の分を見ることを固く心に誓った。


「どの道湯気で曇るけどな」

「小まめに流すよ」


 サチコは手近の空いている椅子に腰かけると、壁に備え付けのシャワーの蛇口を捻った。ノズルから噴き出したお湯が全身を濡らしては、足元へと流れ落ちて行く。


 四人の中で最も豊かでいながら、惜しげも無く曝け出された双丘を、舐めるように雫が伝い、落ちる。


 背を逸らせた際に、その付け根から胎と臍をなぞる水流を、或いはうなじへかけるために、前屈みになったときに、先端から滴る水滴を、斎は別の生き物を見るかのように見つめた。


「お前も洗えよ」

「あ、うん」


 サチコは斎を促した。同じようにシャワーを使うがお湯はほぼ上から下に流れるばかりで、動きが変わる場所と言えば、唯一外見の通りではない、生い茂った下腹部に差し掛かるときだけであった。


「やっぱりでっかい人はでっかいなあ」

「俺としてはもう少し痩せたいんだけど」

「触っていい、お腹も」

「腹は気にしてるんだけど、まあいいけどさ」


 サチコはこの先輩が、時折自分を物欲しげな目で、見ていることを知っていた。遊び半分、もう半分は単に好色というふうに見ている。


 真相は好色が全部ではあるが、サチコも斎が嫌いではないし、減るものではないと思っていたので、あまり頓着しなかった。


 生い立ちからあまり羞恥心が育たず、既に未通ではないサチコにとり、相手ありきの性的な営みは、一人で妙な格好をすることより、抵抗を覚えるものではなかった。


「分かってたけど、サチコが一番大きいね。海さんが二番目に大きいのは意外だったけど」


「ちなみに足が一番長いのは南さん」


 水を向けられた海は、即座に話題を隣に繋げて難を逃れようとした。海の体はなだらかであり、家の手伝いをしているため、弛んではいないが、引き締まっているというほどでもない、中肉と表現するのが適当な体であった。胸意外は。


 一方で南は肌が四人の中で一番滑らかであり、足も長かった。短所と言えそうな点も無く、人に見せられる裸を作り上げていて、真っ当に性的と言うべき肉体であった。


「じゃお先に」


 南と海が湯船に入り、斎とサチコが後に続いた。しかし特に話すこともなく、場所と状態が普段と異なることもあり、ぎこちない空気が流れる。


 ただサチコ以外がお互いの、自分以外の同性の体を意識して、時折視線を上や下へとやっては、お湯とは異なる火照りを、喚起するばかりであった。


 しかも斎がサチコに対して、頻繁にスキンシップを図るので、不覚にも羨望や嫉妬の情が、沸き立つことさえあった。


「私の乳ってサチコが揉んだらでっかくならんかな」

「どれ」

「うひゃ、くすぐっうえ、ぐ、痛い痛い痛い!」


「豊胸のマッサージはこうするんだって前にテレビで見たぞ」


「離して! エロい気分が台無しになるだろ! 止めろタンポン抜くぞこいつ!」


 しばらくは二人のやりとりが続き、少しして静かに湯船に浸かって、慣れない土地に来たことの疲れを、時間と共に流していった。


「俺はそろそろ上がるけど、皆どうする」

「私たちもそろそろ出ましょうか」

「そうね」


「私もう少し入る」

「いっちゃんて長湯するのね」

「ここが欲張り所だよみなみん」


 サチコ、南、海の三人は先に浴槽から出た。


 斎は去っていく友人たちの背に、手を振りながら見送った。そう。後ろからである。


 三人は気づかなかったが、斎は浴槽という地面から一団低い位置に低姿勢で、先に浴槽から出た三人の、立ち上がり、一段上るという動きを後ろ側から、ローアングルから、間近で観察していた。


 サチコたちは修学旅行でもないのに裸の付き合いを経験し、斎はこの日の光景を深く網膜に焼き付けた。彼女は部屋に戻るなり、件の下の毛の話もそこそこに床に就いた。


 あとはもう、眠りにつくまで大浴場で見た景色を何度も脳裏に反芻し続けた。誰も夜更かしや恋話のようなことを、言いださなかった。寝息とはことなる、悶々とした空気が部屋に流れていた。


(この旅行はやってよかった)


 かくして一名、観光地での過ごし方としては、甚だ不純な過ごし方をしながら、彼女たちの伊豆の夜は、更けていったのである。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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