・廃館へ行こう
・廃館へ行こう
※このお話は南視点でお送りします。
私は南号。みなみさけび。英語名ちゃんとあるけど日本人です。
私たちは今思春期のもやもやとした気持ちを切り替えるために、この旅館の見世物である、旧本館と言われる場所に来ています。
何故って元々その予定だったからです。事前のお手入れを済ませたら、皆でざっと見て回ろうって言ってました。
夜までに帰って、晩御飯を食べたら、その後お風呂です。私はお風呂に入ってからご飯を食べるんだけど今回はそうはいきません。
この見学がなければそれもできたのですが、他の三人はご飯を食べてから、お風呂に入るんだそうです。健康的とは言えません。
いやね、私だけパスしても別に良かったんだけど、ちょっと不義理というか不人情というか、空気読めてない感じするでしょ。だからね。
友人である北斎の下品な好奇心に中てられて、私まで皆の裸に興味が湧いてきたとか、自分との違いがどうなのかとか、気になってきたとか、決してそういう訳ではないの。
本来お風呂に入る時間は違うんだから、鉢合わせしないようにするのが当然なんであって、わざわざ揃って入浴なんて、することはないのよ。
だから自分と相手を比べるようなシチュエーションは発生しないと考えるのが自然なことなんです。
あくまでもいっちゃんが言い出したことであって私は関係ないというか、むしろ私も観察の対象である可能性が髙いことを考慮すると、その手に乗るのは愚かであると言わざるを得ない訳であークソ! さっきから全然切り替わらないわよ気持ちが!
「おい南置いてくぞ」
「はっ」
いけないいけない。私としたことが冷静さを欠いていたようね。まだまだ私も十八歳の小娘だから、悶々としちゃうこともあるわよね。
私は健全なの。ノーマルだからこれはセーフ。
「思ったより中は綺麗ね」
「定期的に人の手が入ってるから、荒れてないのか」
先を行く海さんとサチコが、あちこち眺めながら暢気におしゃべりしている。こっちはあんたの下の毛がどうなってるのか、気になっちゃったっていうのに。
「運び出せるものは、全部運び出してるね。中はスカスカだよ」
発起人のいっちゃんでさえ何食わぬ顔をしている。この子って自分の欲望に慣れてるせいか、急に落ち着きを取り戻すことがあるのよね。自分を支配できるけどするつもりがないっていうか。
「現在の本館から歩いて十五分程度だったけど、夏は暑いし冬は寒いことを踏まえると、ちょっと長いね」
「タクシーを使えってことなんでしょうね」
「携帯電話も使えるし外に公衆電話もあったし」
同じような立地の本館から続くこの旧本館は、浜辺を見下ろすなだらかな丘の上にあり、廃墟然としながらも電波がちゃんと通る。
「嵐で本土との連絡が取れないってことはないのね」
「電話線が切られたって平気だろ」
サスペンス物にありがちなことを言えば、サチコが乗ってくれる。最近ちょっとずつ明るくなって、どんどん体が丈夫になっていく彼女。
思えばこの子も成長してるのよね、私がいなくなったら残りの一年、この子はどう過ごすんだろう。
きっと大丈夫なんだろうけど、そう思うとちょっと寂しいかな。
「絨毯みたいな床は剥がしてないにしても、下駄箱も靴も椅子もテーブルも、何もないっていうのは殺風景だね。廃墟らしさを醸し出すなら、置き去りにされた物の一つや二つ欲しいなあ」
くすんだ色の赤いカーペットは、所々が毛羽立っている。往時はきっと深い、綺麗な赤色をしていたんでしょうね。
「使える物は全部引き上げたんだろ。構造上取り外せない受付なんかは、そのままだったじゃん」
「裏手に回って入ってみたけど、特にやましい帳簿とか日記は無かったわよ」
いっちゃんの言葉にサチコと海さんが答える。何気に海さんってちゃっかりしてるのよね。抜け目が無いし老後まで成長するタイプの人だと思う。
「それで、ここからどう回っていくの」
「先ず見取り図を見ます」
私が聞くといっちゃんはリュックから、この館の見取り図を取り出した。事前にここのホームページから印刷をしていたらしい。もう完全にそういう施設ね。
「ここは四階建て。古い日本の一般的な、大型建築に則った設計をしてる。ここが一階。上に三階。客室は三階から四階。昔はビジネス用みたいな、お一人様の部屋はなかったんだね。一階に喫茶店や物販等々で、スタッフルームは二階に集中してる模様」
「そんなに向こうとは大きさが違わないように見えるけど、ここのほうが広いように感じるわね」
お客さんは基本的に、二階には降りないようになってるのね。一階は玄関入って、右手にフロントのある大広間。ロビーね。
ロビーを左に行くと喫茶店。そこを右手に曲がると廊下があってエレベーター。
奥にゲームコーナーとお土産屋さんの区画。個人用露天風呂やトイレ、宴会場。外に繋がる通路など。
お客は正面の玄関から入ってくる訳だから、これは従業員用の通路ね。外、駐車場でもあるのかしら。
「本館の大浴場は三階だったけど、こっちは四階だから一番上だ」
「男湯見に行こうぜ」
「サチコ!」
いっちゃんに感化されたのか、それとも地なのか、サチコの発言を私はたしなめた。恥じらいってものがないのかしら。
ないかも。なんかお相撲さんみたいな格好させられても、ケロっとしてそうなのよね。
「いいだろ無人なんだから」
「仮に誰かが裸でいたらどうするのよ!」
「容姿による」
いっちゃんが真面目な顔でいう。ううん、汚い浮浪者みたいな、それこそ絵巻物に記された餓鬼みたいな裸だったら悲鳴を上げるかも知れないけど、ギリシャ彫刻みたいな立派な裸だったら、まじまじと見つめてしまうかも知れない。
「それは、そうかもしれないけど……」
「南さんって案外えっちね」
「スケベ」
「むっつり」
顔が赤くなるのが分かる。
恥ずかしさもあるけど、いっちゃんとサチコに言われたことが、思いのほか腹立つ。
言われたくない。この二人には言われたくない。
いや、サチコがむっつりかは定かじゃないけど。
「自分たちは違うみたいに言って!」
「そんなことは一言も言ってないよ」
「むしろこの中では北さんが一番そうよね」
「俺でエロ同人描いたことは許してないからな」
サチコの言葉にいっちゃんはばつが悪くなったような顔をした。よし、敵は討った。
「そんなことよりも北さん、この建物ってだいぶ広いけど、何処を撮影するつもりなの」
「うーん、人の出入りもあるし、撮影オッケーな時点で都合良く、幽霊が映ってくれたりしないだろうね」
「その辺含めて取り敢えずぐるっと回ってみましょ」
そうして私たちは先ず、エレベーターの前まで行って見ることにした。
「え、これ電源生きてるの」
「そうだよ。足の不自由な人のために稼働させてるんだって」
「ここまで来るといっそ清々しいな」
バリアフリーなホラーアトラクションって何それ。パニックホラーで走れない人には乗り物用意してくれるとか、そういうのなの。凄い興醒め。
「まあ直接階段を上るよりはマシだけど」
「降りるときは階段を使おう」
いっちゃんは躊躇うことなく、上へ向かうボタンを押した。中に入って上から数時が四つ。
「上は参りまーす」
「エレベーターの添乗員さんって今見ないね」
「県内じゃ高島屋くらいしか、残ってないんじゃないかしら」
そうして私たちは、壁がガラス製のエレベーターに乗って、遠ざかる一階を見下ろしつつ談笑をして。
――え。
「ん、あら」
「どうしたのみなみん」
「いえ、一階の床って白じゃなくて赤だったわよね」
「そうだよ」
おかしい。さっきまで床は赤かったはずなのに。
どうして今は白いのかしら。
「白に見えてんだろ」
サチコがそんなことを言う。海さんといっちゃんが私とサチコを交互に見る。二人には赤いままで見えてるってことかしら。
「あとやたらと贈り物の箱みたいなのが、積まれたり散らかったりしてる」
そう。まるで病院の待合室みたいな、白い空間に、クリスマスみたいなプレゼントの箱が見えたような。
もう一度確かめようと目を凝らしたけれど、もう四階に着いてしまった。
今見えた光景はいったい。
「斎。どうやらここで肝試しをするのは止めたほうが良さそうだぞ」
「え、何、出そうなの」
「お前だけ何故か見えてないけど、少なくとも俺たち三人は、既に見ちゃってる」
うなじの辺りが冷たくなってくるのを感じる。私は後でオカルト部の部長さんや、愛同研の皆と連絡がつくようにしておこうと思った。
「いいなあ。いいなあそれ。最高に出来過ぎじゃないかそれ」
なのにいっちゃんと来たら、対照的に顔がどんどん紅潮して興奮していく。
声の抑揚は子どもが羨ましがるものではなく、賞賛と好機に対し上げるものだった。そして。
「それじゃあ、後は私が見れば完璧って訳だね」
動じながらも不適に笑う彼女の両目は、怪しい光を放っている。
こんなことになるなら、妹さんからこの子の止め方でも聞いておけばよかった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




