・無いなりのやり方 後編
・無いなりのやり方 後編
「では今から米神高等学校軍事部説明会を始めます」
軍事部部長はそう言うと、自分の鞄から長編綴じの冊子を数冊取り出した。それを俺たちの机の上に置いてから喋り始める。
「今お配りしたのはうちの部で発行した機関紙になります。あくまで一部であり、他にもありますが、今は手持ちがそれしかないのでご勘弁を」
冊子はそれぞれ『大陸風土』『英雄選抜』『戦費は本当に高いのか』とある。好みによって三派に別れる軍事部だが、路線はそのままのようだ。
「先ずここが何をする部なのかですが、その冊子にあるように、軍事において自分の興味のある分野を学習するための場所です。一応は野戦試合の大会参加もありますが、それはあくまでも、部のために掲げた目標です。皆さんの目標として強制するものでは、決してありません」
良く通る太くなった声で、事務的な説明をする軍事部部長。三人の微妙な女子しかいない空間で、よくもまあ気持ちが折れないものだ。
いや、アガタは一応美少女か。
「学ぶことは戦うことです。軍事、戦争は勉強の集大成とも言えます。軍事を学ぶことは、学ぶことを学ぶという、根本的な勉強になるのです。軍事部は学びのための学びを、部員一同が心がけ、自分という人間を見つめ直すための場なのです」
説明というより演説だな。いつか聞いたような台詞を言いやがって、耳がくすぐったいぜ。
「軍事部での活動を基に、自分を見つめ、他の様々な物事へ向き合い、取り組める人になっていって欲しいと私は思っています」
自信を持って言い放つ軍事部部長。俺は平成生まれだけど、昭和の男らしさって、たぶんこういうのだと思う。好きな人めっちゃ好きそう。
しかしながら、そうでない一年生二人組は、すげえ嫌そうにしてる。
この年の女子高生ともなれば、自分以外の人が言う綺麗事は大嫌いだからな。当然といえば当然だがそれでは困る。
「具体的にはどういう取組み、活動をしているんだ」
気まずい空気が流れる前に、俺は助け舟を出した。質問をして先へ進めようと思ってのことである。
「先ずは体力作りです。大会を目指す以上、最低限練習をしないといけません。これが週に二回あります。そして月に一度、湘南まで遠征して実際に試合を経験します。部費はもっぱらこのときの費用に充てます。会場の利用料と、模造銃等の借賃ですね」
珍しくアガタは乗り気でなく、逆に栄はエアガンの写真をうっとりと見つめている。
「それ以外は勉強の日です。自分の興味を自分なりに学ぶ、これだけです。ただし二週に一度、小さな発表会や議論があります」
コミュ障には地獄のようだ。いや、中には『自分がやりたかったのは、こういうことなんだよ!』という奴もいないとも限らないけど。
「あの、自分が勉強しても、もっと凄い人が先に発表してたりする訳ですよね」
栄が恐る恐る手を挙げた。ん、何か気になることがあったのか。少し怒っているような気がする。不機嫌と言ったほうが正しい。
「それってする意味無いと思うんですけど」
「そんなことはありません。全然」
軍事部部長は笑顔でばっさり否定した。
「これを例えば空手に置き換えてください。あなたが練習している横で、誰かが『そんなことしても全日本王者が、とっくに正拳突きしてるから意味ないぞ』と言ってきたとします。そいつは馬鹿です」
分かるけどそれだと栄は馬鹿を言ったことになる。
まあ、言い方変えても本質が変わってなければ『栄は馬鹿を言った』というふうに、受け取られることに変わりないからいいけど。
「あなたが上達するための練習をしてるいのに、別の凄い人を引き合いに出すことに、どんな意味があるんですか。偉大な先駆者の存在は、あなたの努力を無意味にするものではない」
これは身に染みて分かる。俺の周りには、俺より頭いい奴ばっかりだけど、それだけにソレと俺とは関係ないなって、成長の度に思う。
どれだけ凄い人がいてもその凄さが俺のものになる訳でもなければ楽にもならないんだから関係ないという結論に至る外ない。(ヽ”ノ・∀・`)。
「勉強に置き換えてもそう。九九の勉強をしている横から『数学者はとっくに文字式をやってるから意味ないぞ』と言ってきたとします。そいつは馬鹿です」
自分のせいとはいえ遠回しに二回馬鹿って言われた栄は屈辱を感じたのか、顔が赤くなっているが反論をしない。
「誰かと競って勝ちたいというのは目的です。目的のために努力をするのは大事なことですが、相手がいるから努力の意味や甲斐がないというのは、これはおかしい」
相手がいるから目標を達成できず、達成できないなら努力に価値はないのか。好き嫌いのレベルまでならそうとも言えるかも知れない。
「あなたはあなたのやり方で、頑張ればいい。自分のやり方が分からないなら、見つけることから始めればいい。それだけのことですよ。これは軍隊にも言えることです」
ディスカッションに慣れているのか軍事部部長は堂々としている。去年もそうだったけど、こいつ人と話すとき物怖じしないな。
「空軍も陸上で戦うために、野戦師団を持ちますし、海軍も陸戦隊を持ちました。逆に海軍も空戦に備えて空母と艦載機がいて、陸軍も迎撃機を持ちます。それぞれの隊が自分のやり方で、異なる専門ではない分野への着手方法を模索して、獲得しています。無ければ無いなりのやりようを持つんです」
「自分だけではどうにもできなかったら」
「その時こそは人を頼るんです。一人で戦わなければいけないときは、自分と折り合うか向き合うかを決めるときくらいです。人と違うことで摩擦や軋轢があって困るのなら、摺合せをしなくてはならない」
「なんだか海兵隊が誕生する過程みたいな話だな」
自分だけでは不十分、手伝ってもらってもそれぞれのやり方でやろうとすると、足並みが揃わないなら、いの一番に取り掛かり、各方面に然るべき協力を仰げる部署や人材が必要となる。
最終的には独立するんだろうな。それで全部海兵隊でいいだろとか、言われるようになりそう。
縮図だなあ。
「お、上手いこと繋げますね」
合いの手を入れないと間が保たないからな。ていうかこの世界にも海兵隊あるのか。
軍事部部長が微笑む一方で、新入生二人は渋い顔をしている。分からない訳ではないようだが、承知しかねるといった様子だ。
「海兵隊は海軍と陸軍、互いの軍が相手の持ち場で、戦う必要に駆られて発足させた部隊というのが根っこにあります。仲間たちと協力するために生まれた部隊なんです」
実際は自分の持分だけ守っていればいいやという、甘えが許されないから、管轄の異なる同じ兵科を相手の部隊内にこさえるという、絶対ケンカになる試みから始まったんだけど、綺麗に濁したなあ。
まあ、諸々の問題の解消という結論を、そのようには訳せないと断言することは難しいので間違っているとは言えないのだが。
「勿論、あなた方に海兵隊員になれとは言いません。でも人と協力できる、人に協力を求めることは、大事なことです。何故って一人でできないで済ませてしまうと、そこで挫けて負けて終わってしまうからです」
派閥のせいで内紛状態になって暴走したり敗戦した国があったっけなあ。懐かしい歴史だなあ。
「何を以て勝利とするかは人に依りますが、駄目で終わりにはしたくないでしょう」
軍事部部長の熱弁は静かに、しかしはっきりと振るわれていく。ここらが潮時か。
「だから、最初に自分の頑張り方を覚えて、無理そうなら誰かに助けを求めたり、相談しましょうねってことだろ。大袈裟に言ったもんだな」
「ええ、まとめてくれてありがとうございます」
振り向けばアガタと栄は思う所があるのか、俯いて考え込んでしまった。
俺は軍事部部長に目配せをした。特に意図は無かったが、彼は何かを察してくれたらしく、頷いて咳払いをした。
「話が長くなって申し訳ない。では最後にうちの部の普段の活動を録画したものを流して、案内を終わりにさせて頂きます」
そう言って彼は鞄からDVDを取り出すと、教室に備え付けてあったプレイヤーにセットした。
同じく室内にあったテレビに映像が再生し始める。教室によって設備に格差があるけど、他の学校もそうなんだろうか。
画面にはランニングや勉強をしたり、熱心にディスカッションする、軍事部の部員たちの姿があった。
名前に反して青春を謳歌してる。
平和だ。上手くいってないって言ってたのに、全然そんなことないように見える。これが今の軍事部の、成長ということなんだろうか。
今回の部活案内では、何気に漫研からは失敗できることの豊かさ、軍事部からは努力の普遍性、運動部からは健康の尊さ、衣装部たちからは活動への熱意と、後輩たちに思ったよりも大分良い影響を与えられたと思うんだが。
見れば二人とも、黙り込んでしまっていた。
逆効果や悪影響だったんだろうか。不機嫌にはなったけど、決してそんなことはないはずだが、結局この沈黙は、部室に戻って解散するまで続いた。
予定では園芸部を回ったあとの気分から、一発ヨイショして今後に向けて弾みを付けるはずだったのに。あのとき冷静になれればな。
俺は自分の勢いで、この場をやり過ごさなかったことを後悔した。何が好まれるかは分からないものだ。
今までで一番、まともな部活紹介だったのになあ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




