・協力してくれる人に協力を求める人
今回長めです。
・協力してくれる人に協力を求める人
平和だ。普通にバイトに勤めていて、特に面倒事も今はない。平和だ。
俺の日常において、部活が動の幸せなら、東雲でのバイトは静の幸せだ。間違いない。
ミトラスとだらだらと過ごしたりたまにイチャついたりするのが、二人の幸せだとすると、これは俺一人のときの幸せってことかな、なんて。
思えるくらいには栄の件が尾を引いてしまって。
「はあ」
「珍しく元気ないのね」
「やはり友だちの身内の問題というのは難儀でして」
隣で食器を洗っている海さんが、心配してくれる。人間が出来てる人は曇った表情も素敵だな。俺やアガタや先輩だと、顔が汚くなるもんな。
「この前の北さんの妹さんのことね」
「そうそう」
あの部活案内から早幾日。アガタは部活案内の感想をプリントに書いて提出したが、栄はまだだ。強制ではないにしても、音信がないのが心配である。
先輩が言うには帰ってきた栄は誰とも口を利かず、一人で何やら考え込んでしまったようで、話しかけても噛みついて来ないのだという。
「十中八九俺のせいなんだけど、本音を言うと何で思い詰めてんのって感じで」
「それは自分を知らないか、分かった自分を受け入れられないかの、どっちかじゃないの」
「そんなもんですかね」
海さんと話しながら生ゴミの袋の口を縛ってバケツに放り込む。
帰りにこれを店の裏に出すのだが、野良の動物が蓋を開けて漁ることもあるので、重石が必要になるのが面倒くさい。
「人は未知のものを怖がったり神秘を感じたりするっていうでしょ。自分のことを分かっていないうちは、自分を神秘的なものだと、思えるんじゃないかしら」
すげえ毒吐いたなあ。
「自分を怖がったりはしないんですかね」
「自分の神秘を暴くのが怖いんでしょ。そんなものはないって、でもそういうのって、本当はとっくに気付いてることを、はっきりさせたくないだけ。要するに本当の自分を見たくないのよ」
親御さんの教育の賜物なのか、或いはこれが海さんの才覚なのか。原寸大の人間というものが、この齢にして備わっている。
この人が大きく見える奴は、自分の人間が小さいと言っても過言ではない。
海さんと話して気後れするうちは、俺もまだまだってことなんだよなあ。
「身の程知らずは怖いもの知らずってか」
「鏡が分かる動物は頭がいいのよ、サチコさん」
とても一年前不良に絡まれて、思い詰めていた人とは思えない。
南の洗脳ライトでその不良共を金蔓にしてからは、甘さが抜けたというか一皮剥けたようだが、こういう成長の仕方をするから、世の中は怖いし分からない。
「頭は良くなくてもいいから、せめてこの話が片付けられればなあ」
「たぶんね、妹さんに自分の気持ちを、整理させられたら済むんじゃないかな」
「それはまたなんで」
海さんは唇に人差し指を当てて考え込んだが、少しして『勘かな』とやっつけた。絶対根拠とか理由とか分かってるよ。
話すと長くなって、仕事に差し支えるから切り上げたんだ。
「仕事上がったら後でちゃんと教えてくださいよ」
「そうね、そうする」
やっぱり勘じゃないじゃないか。俺にとっても他人事だけど、自分から首を突っ込んだ以上、後には引けない。借りられる知恵があるなら借りるしかない。
「いらっしゃいませ」
「お、いらっしゃい……て」
そう考えた矢先に店のドアが開く。
入って来たのは、目付きが悪さ以外は普通の女子、斎の妹こと栄だった。背中越しに見える外の景色は、六時半を回ってまだ赤い色を残している。
「今日は客かい、それとも用かい」
「あ、用事、です」
「上がりが七時だから、それまで待ってもらうけど、いいか」
俯いたまま上目使いにこちらを見る栄に尋ねると、彼女は小さく頷いた。
店内に流れるラジオの音が、少しずつ静かになっていく。FMは聞いていると、シートを洗ったばかりの車の匂いのような気持ち悪さを覚えるが、AMよりはウケがいいので、チャンネルを変えられない。
「お待たせ」
それから少しして七時になった。俺は店内を掃除してゴミ出しを済ませると、東雲の皆さんに挨拶をして本日の仕事納めをした。
で、そのまま栄の待つテーブルに向う。大きいテーブルに掛ければいいものを、律儀にも二人掛けの席に着いている。
「あ、いえ」
友だちいないのかなあ。
何だって俺んとこ来るんだろうなあ。
話に困るだろうに。
姉の後輩であり自分の先輩という、この微妙なポジション。横の繋がりに相談しないのこういうの。
「今日はどうしたの」
「あの、この前のこれなんですけど」
栄がテーブルの上に出したのは、先日渡した部活案内の感想を書くプリントだった。白紙である。
「つまんなかった」
「いえ、とても良かったです。ただその、字にするのがちょっと」
……ほーん?
「口頭で言える」
「あ、はい大丈夫です」
俺が鞄からペンを取り出して、プリントに書く素振りを見せると、栄は少しゆっくりしたペースで、感想を述べ始めた。
「料理部の料理は他のも食べてみたくて~」
「衣装部と電機部の作業は、高校生の域を超えてるんじゃないかと~」
「漫研は売れない漫画家っぽい言動と、姿勢がすごく説得力があって~」
「運動部はすごく動きが綺麗っていうか、上手く言えないけど魅力的でした~」
「軍事部の紹介は、今思うと結構普通だったし、普通にいいこと言ってたと思います」
相槌を打ちながら、話し言葉をなんとか文章に直して白紙を埋めて行く。結構よく喋る。
「よしよしちゃんと感想あるじゃない」
「あ、す、すいません」
全てを書き終わると、栄はまた萎縮してしまった。沈黙が二人の間に現れる。
こういうとき、相手が切り出せるよう促して待つのがいいか、自分から聞いたほうがいいのか。先ず促してみようか。
「それで、何を悩んでんの。俺に何の相談なの」
「え、あっいや、その」
で、待つ。
「それは、実は」
待つ。だるい。
「実は姉とのことで」
「おお、先輩のことな」
「はい」
待つ。これは忍耐力が要る。俺の中に一抹のどうでもよさが無ければ、苛立って席を立っていたに、違いない。対話がとても疲れる。
「私、姉と仲が良くないんですけど、その、もう姉も三年だし、私も高校生だから、こういうの、そろそろ終わりにしないといけないなって、思ってて」
その件に関しては、およそあるがままの先輩に落ち度は無いように思われる。
しかし口を挟んではいけない。今栄は自分から精神的下山を試みているのだ。認知の歪みはこの際、棚に上げるものとする。
「けど、上手くそれが、どうやったらいいかなって、考えられなくて」
「それで俺に、どういう相談をしにきたんだよ」
聞くと栄は頭に疑問符を浮かべた。『どういうってどういう?』って感じ。そこまでは考えてなかったんだな。
あ、俺に考えろってことかこれ!
「うん、取り敢えずはそうだなあ。自分がどうしたいかを明確にしたらどうかな」
「いや、ですから、私はこの状態を何とかしたくて」
『なんとか』の時点で何一つ明確じゃないよこのスカタン! と言いたい所だが、ここで正しさに甘えてはいけない。
「だからね、まずは自分の気持ちを、紙にでも書き出してみようよ」
俺はプリントを裏返して、白紙の面を栄に向けた。明らかに彼女は動揺し機嫌を損ねた。この地雷を捌けるかどうかが、話の別れ目か。
「俺は栄さんじゃないし、昨日今日会ったようなもんで何も知らないんだ。俺に教えるつもりで、いやつもりじゃなく、実際教えてくれないと、どうするなんて言えっこない。先輩も基本的に家のこと話さないし」
栄は黙って紙面を睨み付けている。ここで『やっぱりいいです』とか『そんな簡単なものじゃないです』とか言い出して、帰る可能性は十分ある。
でも今、俺はおかしなことは言ってない。協力する姿勢も取っている。
しかしここで積極的にぐいぐいと説得しにかかってはいけない。相手が動いているうちは、相手の自主性を尊重しろと参考書には書いてあった。
無責任のようだけど、俺個人には他に、判断材料もないし。
「そう、ですね。ちょっと急ぎ過ぎたと、思います」
よし乗ってきた! 反らなかった!
「ただやっぱり書くのはちょっと」
「じゃあ俺から質問するから、それに答えてくれればいいよ」
「……それなら、まあ」
自分のことを自分から話す分には、幾らか抵抗感が薄いようだ。ここから爆弾解体のために、内部構造の洗い出しにかかる。
・姉が嫌いである。
――いえ、別に嫌いというのとは、ちょっとは嫌いですけど、そこまでではないです。
・姉に勝ちたいと思っている。
――それは、少しは思ってますけど、今は別にそういうんじゃなくって。なんていうか。
・他の部活の人たちはどうでしたか。
――凄い頑張ってたと思います。
・あの人たちに勝ちたいと思いますか。
――いいえ。もしかして姉より凄いかもって思ったけど、別に。
・姉を嫌うようになった切欠は。
――だからそこまで嫌ってる訳じゃないです。ただその。
栄は言い淀んだ。うーむ、先輩は張り合いたがると言ったがそんなことないな。
部活案内のときも尻込みしてたし、アガタみたいに無性にわくわくすることも、なかった。
となるとその反応は先輩限定。
そして嫌ってはいない。気に入らないが。
気に入らないが嫌いじゃないのか。んん、なんだ、何かこう、何かこう、見えそうな、見えなさそうな。これたぶん、人によってはここで答え分かる奴。
でも俺分からない奴。
・何が気に入らないの。
――自分のことに頓着しないというか、正しいことを気にしないというか。
「先輩はアレで結構大した人だと思うけどな」
「本人がそう思ってないんです、それが何ていうか」
ん?
メモ用紙代わりにしていた紙面から顔を上げると、栄は憮然とした様子でいた。納得いかないと顔に書いてある。何に納得がいかないのか。
「すいません、やっぱりいいです!」
「え、あ、ちょっおい!」
栄は急に席を立つと、振り向かずに店を出て行ってしまった。後には俺と、無言で事の成り行きを見守ってくれていた、東雲家の人々が残された。
「まいったな。こりゃ想像してたより、大規模な方向修正が必要だぞ」
「うん、側で見てた限りは、あの子をどうするかじゃなくて、北さんをどうするかよね」
カウンターの奥から顔を出していた海さんが頷く。ご両親も頷く。何も奥さんまで様子を見に来なくてもいいだろ。
「サチコさん、分かる」
「たぶんな」
これまでの様子と、今の質問で栄が斎に対し、どういう気持ちを持っているのかは、何となく分かった。恐らく、彼女が思っているのはこういうことだ。
「あいつ、たぶん斎のこと好きだぞ」
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




