・斎をちやほやしろ
今回長めです。
・斎をちやほやしろ
「という訳なんだよ」
「いきなり訪ねてくるから何かと思ったけどそういうことだったのね」
ここは南のアパート。時刻は夜九時を回っている。
東雲での栄との一幕があってから、俺は一旦家に帰りミトラスに事情を話して留守を任せると、電話をして南がいることを確認し、自転車を走らせたのだ。
荷物の少ないこじんまりとした部屋の中にテレビは無い。社会福祉法人立の施設なら、NHKの受信料を払わなくて済むから、テレビを置けるのになあ。
『まさか栄がそういう気持ちでいたとは』
部屋の中央にある、折りたたみ式の丸テーブル上に置かれたタブレット端末からは、先輩の声が聞こえてくる。
南の私物で現在通話中である。この場には俺と南と先輩が揃っていることになる。
「要約すると仲直りがしたい。それと先輩が自分を凄いと思ってないのが、気に入らないらしいです」
『なあに鼻につくってこと』
「そうじゃないでしょいっちゃん」
タブレットから大きな溜息が聞こえてくる。
今どんな顔をしているのか、容易に想像できるな。
「いっちゃんは凄い人だけどね、それと比べたら妹を褒められない、認められないのというのを、親御さんは避けた訳よ。でも妹さんは自分よりもすごい姉が、褒められないことに、不満を募らせていったはずよ」
南が力説する。こいつ家庭内のことになると、熱が入るんだよな。ヒューマニズム旺盛で結構だけども。
「そういえば先輩って、あんま褒められたことないんですか」
『最初はまだあったんだけど、だんだん触れないように方針を決められたみたい』
姉を褒めて妹も褒める。
これができれば良かったが、姉妹間で開きがありすぎて困ったんだな。斎を褒めると栄のほうがおまけっぽくなってしまう。
かといって栄だけ褒めていたら、斎がいるのにという嘘臭さを、当人が感じるようになってしまった。
どちらに転んでも、同じ感想を抱かれていたんじゃないかなこれ。
「ものの見事に持て余してますな」
『いやまいっちゃうね』
「元はといえばいっちゃんのスペックが並外れてるのが問題なのよね」
『うーん、たまに自分が本当に、この親の子なのかと思うことはあるよ』
突然変異みたいな奴を抱えた、一般人は大変だな。基本的に子どもは親より優秀になるものだけど、その分親は子どもを持て余す。
持て余す人間に対して、どう接するかはお国柄次第だが、この辺は人種と民族の明暗を、はっきり分ける所である。
「案外何処かから拉致されてきた、やんごとなき血筋なのかも」
『そんな日本の敗戦直後に報復して満州中の日本人の赤ん坊を浚ったり買い叩いたりした、中国人じゃあるまいし』
そういえば俺の婆ちゃんが生きてた頃に、そんなことがあったって話を聞いたことがあるな。
そうか婆ちゃん死んでもう五年くらいになるのか。月日の流れって早いなあ。
「あいつらの嫌な所は一度も勝てなくても、自分たちは滅亡しないってのと、宗主国だってそのうち滅びることを経験から知ってる所よ」
『宗主国が滅びたらそのとき逆襲してエリートの血筋を取り込んでしまえばいいって考えだからね』
「それで次の宗主国が建つときには、前の宗主国の系譜であることが正統の証とか、ステイタスになるんだから図々しいわ」
自称日本人のアメリカ人が、国際問題ものの発言をする。そういうのは祖国に帰ってからやれよ。ここは自由の国じゃないんだ。
「そういえば南の世界ではあの国はどうなったんだ」
「色々あって朝鮮及び周辺国は中国に統一されたんだけど、汚染大気が爆発して、国土の殆どとロシアの半分を吹き飛ばして、中露で戦争になって地図から消えたわ」
「そうか。こっちも前の歴史では日本がずっと中国を占領できてれば、いずれ内乱でも起きて、逆に中国に下克上されるけど中身は日本人になるという、理想的な状態に至る可能性もあったのになあ」
中身が日本人で国土と資源が豊富、言語も日本語統一で世界公用語の一つに。
うーん夢だけに夢のある話だ。
「そういうのも見越して、うちが朝鮮を独立させたんじゃないの」
「独立時に民主主義を導入して、中国人代表としての首相は輩出したのはいいけれど、歴史背景から察するにあの民族の正統は、前宗主国の系譜なのよね」
「だから主席が残ってダブスタみたいなことになってるんだね、主席のが偉いっぽいけど」
戦時中の朝鮮は清が倒れたことで日本に鞍替えの最中だったが、その日本の敗戦により復興計画が御破算となってしまった。
いつものように立ち直ろうと思ったが、時勢柄か民主制を導入したことで慣習との対立が起こり、戦後のどさくさで成り上がろうという層と、従来の非民主的権力構造とがそのまま並立して、それが制度に現れてしまった。
対立しないのかよ。
とはいえ他でもない自分たちが、何千年もかけて形作ってきた権威である。
新興の権力者たちは、従来の権力の有り方の擁護者のようになってしまい、民主主義の手を借りて旧態の王である、首席というものを残したというか設けたというか。
要は偉くもなんともない奴の中から偉い奴選ぼうぜという概念など糞食らえだった訳だ。偉くなりたい奴でさえ、民主的な代表を偉いと思えない。
思えないけど偉くはなれるし、世間体もあるから、それはそれとして残したが。
そして今や議会制に則り、国家運営がされるようになったが、これまで通りの正統派も偉いままなのが、現在のあの国だった。
民主主義の力で専制に立ち返り、結果今もたまに中国人を名乗る日本人が、王様をやってるというあべこべっぷり。
『DNA検査の結果どころか骨相学でさえ分かりそうなもんだよ』
「顔が違いすぎる」
「その面相が何時の何処から出回り始めたのか、追跡するだけでだいたいがルーツ割れるのよね」
一部の芸能人なんか人種が諸に顔に出てるもんな。
「若い世代は自分の国の首席が、日本人だと知らないでいるのよ」
「年よりは分かってて黙ってるんだろうけどな、実行犯な訳だし」
『こっちの歴史だと日本のまま中身が大陸系になりそうだよね』
民族の血統主義を重んじる人々が、その実自分たちの人種を勘違いしているのは、甚だ滑稽と言わざるを得ない。
正直な所、二十一世紀の日中韓における民族のイデオロギーほど、くだらないモノもそうそう無いんじゃないかな。
「話が脱線してるな。戻そう」
「おっと、こんなこと話してる場合じゃなかったわ」
『そうそう、栄のことだよ。栄だけに』
先輩の駄洒落をさっと横に流して、俺たちは妹御の件に話を戻した。
「どうすべきかしら」
「私の姉は凄いんだって言いたいのかねえ」
『お、上げちゃう? 私の株上げちゃう?』
「栄は斎のことを周囲に認めさせたくて、それで挑みかかってるのかも知れないな」
「ああ、『私が凄いのは分かったでしょう、だからこれからは姉を褒めてあげてね』ってことね」
「それか自分に勝った姉が、褒められるようアピールしたいと思ってるのも、あるんじゃないかな」
俺と南は腕組をして考え込む。南は正座、俺は胡坐である。今気付いたけど、部屋の中は扇風機と除湿機があって、思いのほか涼しい。
「とはいえ活躍してることはしてるけど、トロフィー的な実績はないし」
『むしろ学校側からは敵視されてるんだよね』
仲間内からの人望は厚いんだけどな。愛同研を発足させたのもそうだし、どの部に顔を出しても、邪険にされない。
試験の点数だっていいし、なんだかんだ危ないときには加勢してくれるし。でもなあ。
「二の次は三に行けって言うのが論理的なんだかな」
「そうね、難しいわね」
『え、何が』
栄の問題を解くには斎にアプローチしなくてはならない。さながら連立方程式である。
「先輩をちやほやして褒めるのが難しい」
「そうね、私も同じ事考えてた」
『ひどくない』
端末からふざけていないトーンで先輩が言う。別に俺たちは先輩の日頃の所業から、この人が賞賛に値しない人物であると、断じている訳ではない。
「いや、感謝はしてるんだよ。でも必要とされてるのは感謝じゃなくて、すごいっていう賞賛だろ。それが厳しくて」
「いっちゃんがすごいのは私たち知ってるのよ。でもそれを人に分からせる形で、すごいなあって表現するのに困ってるのよ」
『あー、言われて見ると『どーだすごいだろ』って言えるものが、自分でも思い浮かばない……』
先輩のスゴイところは俺たちも分かってる。でもそれを栄が受け入れられる形で、尚且つ自然な感じで褒めるっていうのが難しい。
「ご家族の見ている前で、どうやって先輩を褒めてあげるか」
「まるで授業参観日に、出来の悪い子のいつもを見せないよう苦心する教師みたいね」
『逆! 私は褒められるほうだろ!』
「どっちかというとVIPのお子さんを出来が良いふうに仕立て上げるほうだろ」
『それだと私のデキが悪いみたいじゃないか』
「この際どっちでもいいわよ」
『よくない!』
会議は紛糾した。俺たちは夜遅くまで、先輩のそれとない褒め方について議論した。
具体策は出なかったがとりあえず、栄が見ている前では、なんかわざとらしくない程度に、先輩を褒めたり頼ったりしようってことになった。
こういうときね、本人への対応っていう最期がアドリブ頼みなの、本当困る。
それと流石にこの日は遅くなったので、南の家に泊まった。
ただし、俺の分のベッドも布団も無かったのから、居間の床にタオルを広げて、その上に寝ることになったんだけど。
『私一度自分の家に、知り合いを泊めるのに憧れてたのよね、他の人の家に泊まるのも考えたけど、あんたたちの家って考えると、問題がありそうだから諦めるしかなかったから、ちょっと嬉しいかも』
などとゆるふわが寝る前に抜かしよったので、俺は夜更かしして、寝静まった南の枕をそっと抜き取ってやった。
思えばミトラスと、一つ屋根の下にいない日って、あいつと知り合ってから、久しくなかったな。
夕飯は一緒に食べたけど、大丈夫だろうか。大丈夫だとは思うけど、俺のほうは思ったより、寂しいかもしれない。
「愚民め、地球大統領だぞ……」
隣の部屋から誇大な寝言が聞こえてくる。寝よう。そう思ったんだけど、謎の罪悪感に駆られて、結局寝つけなかった。
いかん、いつの間にかミトラス離れができなくなっている。ミトラスは大丈夫だろうか。たぶん大丈夫のはずなんだけど。
悶々としているうちに、時間ばかりが流れていってしまう。
くそ、だめだ、どうやっても眠れん!
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




