・撤去工事中
・撤去工事中
連休中だというのに、そこでは忙しなく作業員たちが作業をしていた。
汗と泥に塗れた汚いドカチン共が、五月の陽射しを浴びて、せっせと重機を操っては、取り壊した校舎を何処かへと運び去っていく。
こうして見ると人間も蟻もそんな変わらんな。
「オーラーイオーラーイ」
「ツッタッテチャジャマダッツッテダロウガヨ―!」
何か人間の鳴き声に、良く似た声を発する彼らの傍には『工事中』と『立ち入り禁止』の看板が、立ててある。ここは米神高校旧校舎。
去年先輩が肝試しをしたいと言い出した際、訪れた場所だ。
ロケーションハンティングを敢行した俺は、夏休みを満喫していたミトラス及び、その友だちと一緒に、中を探索したものだ。
結果としてここで出稼ぎ労働者と、その家族を殺処分していたこと、その秘密に気付いてしまったものの口封じも、行っていたことが判明した。
加えて犠牲者の一人と思しき、老人の白骨を見つけたりもした。
正真正銘の惨劇の現場であり、怪奇スポットであるこの旧校舎の秘密を暴き、先輩を経由して警察に通報した結果、うちの学校関係者の何人かは、手が後ろに回ったり回らなかったりした。
「こいつらか」
口を突いて出たのはそんな感想。この中の誰かが夜中に運転して、事故った挙句うちまで来るのか。何台来ているのか、確認せんといかんな。
「おお、お前さん久しぶりだな」
俺に呼びかけたんだろうか。声のしたほうを振り向くと、そこには一人の年寄がいた。
傷んだ背広の上に、汚れてボロボロの皮のコート、不似合いな来客用の、いや、足が無い。
「爺さん……! 生きてたのかよ」
「ば、儂はもう死んどる!」
頭にこびりついた白髪を撫でて笑うのは、いつぞや世話になった幽霊の爺さんだった。この学校の元教員らしく、悍ましい秘密へと俺たちを導いた人物だ。
「ああ、成仏してないのか、だな。頭の骨なら警察に届けたけど、供養されなかったのか」
爺さんは小さく笑った。前は目の所が落ち窪んで、目玉も黄色かったのに、今は目も白く血色が心なしか良い。幽霊でも健康なることが、あるんだろうか。
「身元が分からなくとも、その辺はちゃんと市の福祉課で火葬してもらったよ。行旅死亡人扱いだったのが寂しかったがね」
「じゃあなんで」
「いや、成仏には近づいたんじゃ。これこの通り足も無い、近々往生できそうです」
「退院するみたいに言うんじゃないよ、何よりだが」
よもやここに来て、世間話をすることになるとは、思わんかった。まあこれも快気祝いの類だと思えば。
「そういやここって、あれからどうなったんだ」
「どうもこうもない。見ての通り地下の崩落で崩れた校舎の、撤去が始まったんじゃ」
「今になってか」
「警察の捜査打ち切りまで待ったらこうなった」
校舎を見れば、地面に映像を合成でもしたのかという程の、大穴が開いている。
そこに沈んだ校舎も倒壊して、作業員たちが外側をせっせと崩し、運びだしているというのが、現状の様である。
「捜査ねえ、あの穴ん中から吐き出された骨は、どうなったんだ」
「同じく身元不明で儂と似たようなことになったよ。ただ、奴ら中には入っていかなんだ」
爺さんが地面に開いた穴を見つめて、溜息を吐く。幽霊の息が、本当に空気を動かすことがあるのかは、知らない。
「何でだ」
「建物の更なる崩壊の危険があると言ってな。校庭に散らばった骨だけ拾って、後は何もせずに帰ったよ。そんで今になって、工事を始めた。検めもせずに埋め立てるつもりじゃろう」
「馬鹿じゃねえのか」
「元々そういう場所だから、浮かばれないのも、已む無しだね」
風が吹いても砂埃が上がるばかりで目に痛い。眼鏡があって良かった。
「それでその後は」
工事の音がうるさいけど、何故だか俺たちの声は、はっきりと聞こえる。
「大方法人ごと、安く売り買いされて終わりじゃろ。買った奴がきちんと検めたら、折角の棚上げもご和算になるがね」
「そのときは」
「そのときはこの時ちゃんと調べておけばって、大勢の人間が言うだろうよ」
「どの面で」
「さぞみものだろうよ、ふっふ」
爺さんは悪い顔をしていた。結構楽しそうだった。俺は文字通り傾いた校舎を見た。
あの中には他の幽霊もいるけど、わざわざ忍び込んでまで話す理由はない。とはいえ、容れ物が無くなったら入っている彼らはどうなるんだろう。
「ところで、お前さんは何しに来たんだい」
「それがさあ、ここのトラックがうちに、突っこんでくるって予知夢を、見た奴がいたの」
「あんだって? 予知夢」
爺さんが小馬鹿にしたように聞き返してくる。お前幽霊だろ、笑える立場じゃねえぞ。
「だからよ、ここのがどういう経緯で来て、何処へ行くのかを調べようと思ってよ」
俺は爺さんに、ここのトラックが現校舎の近くまで行って、事故を起こすかも知れないことを話した。
すると爺さんは、何かを考え込むように、顎に手を当てて唸り始めた。
「何処に行くというか、帰るんじゃないかね」
「そりゃそうだがよ」
「ここらの土建屋の類は、元を質せば地主層の縁故がほとんどだったはずだが、あいつらは違うなあ」
「待ってくれ。こっちのほうの建設会社から来てるんじゃないのか」
質問をしてみれば、爺さんはまたきな臭いことを、言い出したではないか。また一つ、知らなくてもいいことを、知ってしまいそうな雰囲気である。
「言うてもそんなに離れておらんじゃろ。儂は毎日見とるが、あいつらは決まって向こう側へ、引き返していく。ほれ、あっちじゃ」
爺さんが指差したのは俺が来た道、つまり学校へと向かう道である。
「あっちに重機の駐車場でもあるんじゃないかね」
「マジかよ」
セルフお使いの末に、帰路に手がかりが有るとか、結構がっかりする。最初から知ってれば、こんな遠回りをしなくても済んだのに。
「周りに人が住んどらんのをいいことに、随分遅くまで作業をしているようじゃな」
「大方工期がどうとか、そんな話なんだろうな。しかしまさか、地元の土建屋が地主層とは」
「よくあることだぞ。地主と土建屋がくっついたり、会社の幹部に捻じ込まれてから、見合いしたりなんてことはさ」
そうして一族経営の土台が出来て行くのだという。うーん政略だなあ。
「じゃあうちの学校の偉い人も、何か関係が」
「そこまでは知らん。便宜を図ってのことかも知れんし普通の依頼かも知れん」
言われてみればそうだ。ちょっとこういうことに触れた途端に、陰謀論な気分になるのは良くないな。
「ただな、人間の履歴や縁故、会社の仕事の受注や、発注の履歴を押さえるのは、ものを調べる際の古典的な方法じゃ。怪しいと思う点があったら、順番を追える所から、当たるほうがよいぞ」
思わせぶりだな。気になるならそういう点を、踏まえて調べるとよいぞ、じゃなくて、できれば答えを寄越して欲しい。
つっても知らないから、探し方をレクチャーしてくれてるんだけども。
「いや、俺は別に探偵とかじゃないから、そんなこと言われても困る」
「まあまあ、腹の探り合いというのも覚えとかんと、世の中生きていけんぞ」
「死人が言うことかい」
爺さんはからからと笑った。憑き物が落ちたみたいだった。憑き物はお前だろうと思ったが、淀んだ感じはもうしなかった。
「しかし地元の企業なのに、なんであんまり見かけないんだろ」
「恐らくは他所のが安くて、仕事が来ないから出番が無いんじゃろう」
ああ、そういうこと。
謎は解けたけど知りたくなかった。
「世知辛いなあ。ん、じゃあ聞くこと聞いたし、そろそろ帰るわ」
「そうかい、気をつけてな」
学校へ帰ってもまだ昼頃だ。まだとは言っても調べもので、半日使ってしまったのだが。
「次来るときは、煙草か線香を持って来てくれんか」
「いいからとっとと浮かばれちまいな」
軽口を叩くと、爺さんはまた笑った。今度は困ったような、寂しいような笑顔だった。
たぶん爺さん、これ以上は良くならない、そんな気がする。でもお互いにそのことを、口に出すことはしない。
ケチを付けずに、別れが済むなら結構だ。
「おい! おい君! 君!」
「じゃあな嬢ちゃん」
「おい! しっかりしろ! おい!」
「ん、ああ、なんすか」
気が付けば知らないおっさんたちが、俺を取り囲んで必死に呼びかけている。
前にもこんなことがあったな。
これから乱暴しようって空気じゃない。
むしろ何かを怖がっているかのようだ。
「ああ、気付いた! 気付いた!」
「ああー、なんかご心配おかけして申し訳ないっす」
もう一度爺さんを見たが、そこには既に、誰もいなかった。俺はおっさんたちに一言、必要のない謝りを入れてから、学校へ戻ることにした。
重機の駐車場を探さなくては。
「この辺は出るから、近付かないほうがいいよ!」
「すんません、気を付けます」
それと、盆の頃にでもまた来よう。タバコはダメだから線香の一つも持って。
誤字と脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




