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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
女トラックどすこい編
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・持とう優しさ心配り

・持とう優しさ心配り


 部室に帰ってきた俺は、珍しく校内で活動するバイク部を見かけた。見かけたというよりは、部室の内外で何やら大々的に作業をしている。


「何やってんだお前ら」

「あ、臼居さんお久しぶりっす」

「さん付けは止めろそっちのが学年上だろ」


 年上とは言わない。言えない。


 バイク部の前部長は三年生だったので、続投とは行かず無事卒業した。


 よって俺の目の前にいるのは、新三年生の新部長である。前は鷲鼻の偉丈夫って感じだったが、こっちは規律に厳格そうなオールバックである。


「敬語が自分の話し言葉ですんで、すいません」

「ならこれ以上は言わんけど」


 動きがやたらとキビキビしている。頼もしくもあり恐ろしくもある。


 そんな印象を受けるが、こいつはバイク部だ。本当にきっちりしてる人間なら、バイクなんかに傾倒しないだろう。つまりはそういう人間である。


 ※偏見。


「これは現在、注意喚起の看板を作っているんです」

「注意喚起とな」

「勿論、交通安全のです」


 普段なら電機部と組んで、頭の悪だくみをしている連中が、交通安全の看板を作っている。それもアガタや先輩も加えて。


「基本的に免許と整備士の勉強と、奇車の研究製作しかしないバイク部が、またなんで」


 質問を投げかけると、現バイク部部長は眉間の皺を揉み解しながら、ため息を吐いた。


「今は連休の初めですからね、少し前から川崎、横浜くんだりから、悪質なバイク乗りがこの辺まで、流れて来てるんです」


「国内のバイク事故のおよそ半分が川崎と言われるあの川崎と、覆死の街と悪名高い横浜か……!」


 とんでもないのに目を付けられたものだ。


 相模湾に面した街は、湘南系ツーリスト共が毎年夏と海とに分けて、ゴミと騒音と共に、幾ばくかの金も落としていくものだ。


 しかしゴールデンウィークとなると、そこまででもない。桜もとっくに散ってるし、五月特有の海ってのも無い。


 それこそネットに写真の一つも上げるなら他にいい時期がある。


「なんだテレビとかネットで、そういうのが流行ったのか」


「分かりません、ただ他の街に用が無くて、海沿いを走りたいというのであれば、小田原に寄ってから帰るというのは、無理の無いことです」


「そうだな……海老名で地盤沈下にでも遭うか、厚木のネズミ取りにでも、引っかかれば良かったのに」


「厚木って、今は寒川ですよ」


 さらっと判明する厚木市の消滅と、寒川町の市への昇格。余談だが海老名はバブル期に、工事と乱開発をしては、頓挫と半端な埋め立てを繰り返したせいで、地盤ががったがたであり、地震が起きたら何時足元が沈むか、分からないのだそうな。


 土地建物の値段が、怪しいくらい安かったら、そうだと思っていいらしい。


 最近はほとぼりが冷めたのか、一般的な価格へと推移しているって、死んだ婆さんが言ってた。悪質。


「あれ、そうだったっけ」


 バイク部部長が力強く頷くと丁寧に語りだした。あ、これは好きな物を語るときのオタクの顔だな。


 鼻の穴が広がってややアルカイックな表情になるんだよな。


「元の寒川は海老名に統廃合されて、その後厚木が町興しの一環で名前を寒川に変えたんですよ。で、言い方は良くないですけど、要らない土地を清川と愛川に分けて、厚木の区画整理、愛川と清川の土地拡充と、観光における連携という『三川構想』によって今では『北の三川南の小田原』という構図に、なっているんですよ」


 知らなかった。いつの間にかそのような歴史改変が行われていようとは。


 そうか米軍いねえから厚木基地がフリーになってたのか。微妙に語呂が良くないな。北の小田原南の三川だったら良かったのに。


「だから旧寒川は海老名の関となっています。とはいえ県内の観光客が、通り過ぎて行くことに、変わりはありませんが」


「へー、あんまりそういうのって興味なかったけど、案外大変なことになってたんだな」


「そうなんですよ、ふふふ」


 なんで嬉しそうなんだ、地理が好きなのか、地元が好きなのか。


「ごほん、話を戻そう。で、その観光客の中でも、危なっかしい運転をするバイクや、自家用車組が増えているから、注意喚起の看板を作っていると」


「はい。こういうときこそ守りの姿勢で『うちは自重している』と心証の悪化から、切り離さないといけません。最低でも学校前には出して、自分たちは違うとうるさくしておかないと、一緒にされてしまいます」


 うーん、今まであった学生の中でも、大分しっかりしている。


 もう十八歳だしな、好きなものをやるという集まりの中で、責任を負う立場になったことで、ただしい責任感というものが、芽生えたのかもしれん。


 立場が人を作るという奴か。


 元々こういう人間だった可能性もあるが、少なくとも今年一年、バイク部は安泰だろう。


「大変だなあ、手伝えることがあるなら言えよ。今回は金取らねえから」


「あ、それじゃあ早速中入って、南部長か呉さんに聞いてください」


 誰だくれさんって。ああ、アガタのことか。

 アガタ=県=呉=クレ、誤読じゃねーか。


 まあいいや、とにかく今日はすることもないから、こいつらを手伝うか。


「という訳でただいま」

「お帰り」

「え、先輩もやるんですか」


「何も邪魔しようってんじゃないんだ。指示があったら聞くよ」


「じゃあ帰ってもらっても」

「二度とお前には猫を触らせない」


「ごめんなさい本当にごめんなさい猫だけは勘弁してください」


 お前は知らないだろうがお前の心の平穏は俺の男に著しく依存しているのだ。


 こう言うとなんだが、自分が酷い悪女になったように感じる。ただ猫を触らせるかどうかってだけのことなのに。


「取り敢えず『事故れ! くたばれ!』っていう敵意を前面に押し出したものに、しようと思うんです」


「その心は」

「安い反抗心を煽って安全運転をさせようと」


 安全の安は安いの安。


 でも確かに下手に出てる看板のメッセージなんか、注意も引けずにスルーされてしまいがちだ。


 例え挑発的な見た目でも、それが交通安全に繋がるのならば、注意喚起の本懐を遂げていると、言えなくもない。


「ベニヤに描く画は決まってるんです。なので先輩は板の縁にやすり掛けして、トゲを取っといて下さい、その次は隠紙※を順番に貼ってもらいますから」


 ※マスキングテープのこと。


「分かった。ところで先輩は何を担当してるんだ」

「部長も看板製作です。この人何でもできますね」

「いやあ、本職には劣るよ」


 アガタの先輩である俺の先輩である先輩こと斎が、照れたようにはにかむ。


 机に置かれたノートや、スケッチブックに描かれた二人の絵は、当然ながらそれぞれ異なる絵柄を持っている。


「アガタのはまともな交通安全だな」

「ええ、でも字はシールを貼りますよ」


 頁を捲れば、そこにはよくある車同士や、飛出しとの衝突を描いたのがアガタの絵。妙に迫力があるのは先ほどの意志の表れか。


 一方で先輩の絵はというと。


「完全にこれ死んでますよね」

「特に言葉はないよ」


 クラッシュして首が飛んだり、正面から銃撃されて吹き飛んだりと、死亡シーンばかりである。


 しかもこれが看板となって、無言で立てかけられるのか。背景も原色で塗り潰されてなんだか汚い。


「銃でライト撃たれるてるの滅茶苦茶上手いですね」

「この前撃たれたカメラのおかげさ、値千金だよ」


 先月のストーカー女との戦いで、カメラの明かりが撃ち抜かれてたけど、アレを後生大事にして持っているのか。本人はほくほく顔である。


「作業は並行してやりますので、一枚を作り終えてから次へ、とは行きません」


「ああ、スプレー使うと、段階的に乾かして行かないといけないもんな」


 板に直接筆と絵の具で塗って終わり、とはならない訳で。


「そうです、よくご存知ですね」


 俺は模型の塗装でもスプレーを使うと言うと、アガタは道理で、小さく頷いた。


 そういえば衣装部の部長は今どうしてるんだろう。あの人と一緒にプラモデルを、粉々にして溶かした日々が懐かしい。


「これを見た奴が実際に安全運転を、してくれるようになればいいが」


「そもそも、ここまで来る人って、そんなにいないでしょうけどね」


 そうしてお喋りを挟みながら、俺は交通安全の看板製作に加わった。


 待てよ。連休の最後の夜に、道路を通行止めにしてしまえば、いいのではないだろうか。


 仮に工事中の看板で無くても、道を塞いでいるものを強引に跳ね飛ばしていこうとなどと、危ないことは中々考えないはずだ。


 オカルト部の予知夢では、バイクとトラックは正面衝突するはずだから、それっぽい所に当日看板を集めておけば、どちらかは気付いて迂回をしたり、停車したりするかもしれない。


 これなら何も体を張らなくても、済むのではないだろうか。


 うむ、これはやはり、帰りにトラックが旧校舎から帰ってくる場所を、確認しておかなければなるまい。


「あれ、そういや俺の猫は」


 帰って来てからミトラスの姿が、見当たらないことに気付いて尋ねると、アガタはスプレー缶を並べて、次のように言った。


「ああ、さっきスプレーを使い始めたんですが、そしたらどっかいっちゃいました」


 俺はばんっていう音がするくらいの力でアガタの頬を張った。そしてそれから三十分ほどの時間を、説教に費やした。


「作業に戻る前に言うことはあるかな」


「人様のペットがいると分かっているのに、スプレーぶん撒いて申し訳ありませんでした」


 俺たちはそのまま作業に戻った。


 こいつの他の生き物に対する基本道徳は、くれぐれも再教育の必要があるようだ。しかしミトラスには、気の毒なことをした。


 こういうことがあると、ミトラスにおいそれと猫になってとは、言えなくなってしまうなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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