・よからぬものども
今回長めです。
・よからぬものども
私の名前は北斎。ピンからキリまでの趣味人や暇人を纏め上げたっぽい稀代の豪傑。絶賛叩き上げ中の女子高生。自分で言うのも何だけど結構凄い人。自画自賛ではない。事実。
キネマティックなトラブルに巻き込まれ未来人と友人になり、お洒落な喫茶店の娘さんとも交友を持ち、猛獣の様な似非不良で高身長な後輩を側近に持つ人災もとい人才の申し子。
文化的かつ人道的な手段に則りここまで来たけど、何故だか如何してだか敵が多い。分からん。全く以て分からん。私は何も悪いことしていないのに。
運動こそ苦手だが、基本的にありとあらゆる方面で勉強しまくって、問題児までも預かっているこの私のエネルギッシュかつサクセスフルなスクールライフを妬ましく思う者がいるのかも知れない。
私こう見えてかなり勝ち組だからね。
主に才能面で。
「聞いているのか北」
「あっはい聞いてます」
私を面白くないほうの現実に引きずり込んだのは、五十路にもなって独身の生徒指導だ。放課後の部室にやって来て、ここまで呼び出したのだ。
背が低く人相も悪く、学校指定のジャージの上に、くすんだ白いジャンパーを着ている。白髪が多数派に回った頭部も、ドーナツ化減少が起きている。若者は最早地元に残っていない。あ、やべ。
「っくふん」
「なんだ。先生の何がおかしいんだ」
「すいません、ラジオに送る葉書のネタを考えてて」
「……いいか真面目に聞けよ。北」
「あっはい」
いかんいかん。自分のネタが面白かったせいであわや爆笑するところだった。
実物が目の前にあるせいで、破壊力が大きく増幅されていたのがいけないんだ。
こういうのを見ると一般の方々は私の頭がおかしいみたいに言うけど、作る側の人間は自分でつまらないと思う物を、わざわざ作ったりはしない。
絶えず自分の推しとか好みとか、笑いのツボが刺激されたものを、提供しているのだ。
つまり私の態度や様子は、見る人が見れば何もおかしくはない。話を戻そう。
何でかは知らないけど、私は放課後に生徒指導室に呼び出されました。学校の片隅にある灰色の死角。年中開いてるのに、誰も入らないある意味恐怖の一室である。
本棚は狭い部屋を更に狭くして生徒を威圧。薄暗い室内は大きなテーブルのせいでほとんど移動できず、積み上げられた参考書は視界を制限する。
概ね調子に乗りすぎた不良生徒を、孤立させて追い込むための場所であり、親身に相談をするとか事情を汲んであげたりなんて雰囲気は、欠片もない。
最近はスクールカウンセラーとか言う、学校子飼いの洗脳屋さんも加わり、密室の暴力はいや増すばかりの今日である。
歴史変わってもこういうとこ変わんないよなー。で、そんな場所で向き合って座る、先生様の言うことにゃ。
「お前の部だけどな、顧問は付けないのか」
とのこと。
「え、何で」
「他の部には顧問がいるだろう」
「ああ、あれ不評なんで、できれば全部外して貰いたいって声が上がってます。それも含めて元通りになりませんかね」
生徒指導の先生が露骨に嫌そうな顔をした。去年の秋にひと悶着あった、私の愛研同総合部と連盟してくれた各会には、顧問が付いてしまった。
軍事部の連中だけは部に正式に昇格したから、仕方ないけど、生徒からすれば異物混入でしかないので、迷惑なだけなんだよね。
「それは俺の管轄じゃない」
「じゃ誰に言えばいいんですか」
「校長じゃないのか」
この態度。学年主任はいてもクラブ主任なんて統括する役職がないからって。指導できてないじゃない。
そんなんだから、その年まで他の適齢期の女性に『お前選ぶよりましな人がいる』って結果になったのが分からないのか。
「じゃあ、校長に言ってみますね。ありがとうございましたー」
そう言って立ち去ろうとした私に、待つよう声が掛かる。何だよ先生にもなって、先生に言いつけられるのが怖いのか、めんどくさいなー。
「お前は要らなくても、他の部員はそう思ってないかも知れないだろ」
「思ってます。この場に呼んで確かめてもいいです」
「そういうことを言ってるんじゃない。いいか、仮にそういうことがあったとするだろ」
どういうことだよ。今この現実を差し置いていきなり仮定の話をし始めるなよ。
それ単なる現実逃避だぞ。
「はあ」
「そういうときに話を決めてくれる人が必要だろ」
「いや全然まったく。そこの摩擦を避けたら、しこりが残りますよ。縦割りなんかされた日には、人間関係も真っ二つですよ。もう修復できませんよ。先生がいたからって、友だち無くした責任なんか、どうやって取らせるって言うんです」
生徒指導の先生の人相が余計悪くなる。あーすごい嫌な予感。責任取らせるって言葉にとても不快感を刺激されたようだ。
まいったなあ。文化的摩擦は嫌いじゃないけど物理的な暴力に私は無力だ。
「いやいやまあな、子どものケンカに、大人が出たらいけないけど、高校生になったらその辺はな、うん。それに何か問題があったとき、お前だって責任を取れないだろ」
「学校だって取らないですよ。問題があったら自分で責任とって退学するか、学校が責任を取らせて退学させるかしかないし、お金の問題は払ったことないって卒業生のうちの親が言ってたし」
あ、ただでさえ悪い顔色が更に悪くなった。そりゃ進学校でもない地元の学校なんて、親の子どもが来るもんだよ。不祥事だって言い伝えられるよ。
「やっぱりうちは今のところ必要ないです」
「あのなぁ北、お前はそうやって粋がってるけどな。お前の部活には皆迷惑してるんだ」
おー。薮蛇と踏んで穿り返す手を止めたかと思ったら居もしない人を呼び始めたぞ。
小学生の『おーいみんなー!』って呼んで、いじめられっ子を脅かす手口だ。古典的すぎる。
そして『皆の気持ちも考えてよ』は女子の手口だ。め、女々しい。
「はあ」
「いや、はあじゃないよ」
「そんなこと言われましても何分、数が数ですから。それぞれの部活に不満を持つ人はいるでしょう。けどそれを全部一まとめにうちの迷惑って、そんな小選挙区制みたいなやり口。逆を言ったら、うちらその皆に勝っちゃいますよ。そっちこそ何様だって」
あ、怒った。サチコと付き合い始めてから、空気の距離感みたいなものが最近分かるようになってきた。
こう、手を出して来ない人って、薄皮みたいな空気があるんだよね。それが無くなるともう、牙を剥いて来る合図。
空気の解像度が上がるというか乾燥するというか、当事者ではなくその空間が、目を覚ますというような独特の感覚。
「そもそも本当にいるんですか、そんな『皆』が。この小さな学校の中じゃ調べが付きますよ」
「いい加減にしないか北」
あ、とうとう痺れを切らした。しかも自分の言い分を打ち切るタイミングで。案の定言いがかりだな。
「所詮は学生の遊びなんだから、何かあればすぐにでも学校は部活を潰せるんだ。お前ももう高三なんだし少しは聞き分けてくれ」
「さっきから聞いてりゃ、要領を得ないことばっかり言って、私からすれば何が言いたいのかさっぱりわからないし、先生が言いがかりを付けてきた以外の何者でもないですよこれ。顧問の押し売りだって要らないですし」
早口で言い返すと聞き取れなかったのか、生徒指導の先生は『え?』って顔をした。もう一度は言わないからそのまま不信感を顔に塗ったくってやる。仏頂面の部員の顔真似をするだけだけど。
「いいか。部員の不祥事の連帯責任で廃部にすることもできるんだぞ」
「だったらそんな部に顧問付けたがる理由なんか猶更不可解ですよ。要らない先生を押し付けて、首にでもしたいんですか。だったら廃部は、決まってるんじゃないですか」
「違うそこまでじゃない。だからな、顧問がいたなら今後はその先生に、管理してもらうってことで、処罰を免れるぞって勧告をしに来たんだオレは」
「要は顧問付けたら潰さないでおいてやるって、脅しじゃないですか。屈しませんよそんなの。そもそも、うちは部として不祥事なんか起してません」
「部としてはな」
そこでようやく生徒指導が嫌味ったらしく笑った。これは結婚できない男の顔だわ。
「しかしそこに所属している生徒が、不祥事を起したとしたら。会社だったら首になるだろう」
「私の部活です。私は辞めさせる気がありません」
我ながら格好良いこと言ったな。やはり無理のあることには一抹の格好良さがある。
部署の長が会社の決定に反しているという図で、一見すると相手の言い分はもっともらしく見えるけど、決定を下した側が首になるであろう人のことを、何も踏まえてないことは、この二年間で分かっている。
耳を貸してはいけない。
「学校が決めるんだぞ」
「不服だったら掛け合いますよ。学校の外と」
この世の部外者は全て敵である。敵の敵を集めてけしかけるのが、現代の文民の戦い方だ。世論っていう奴だあね。
「そもそも誰ですか。うちの部を連帯責任で廃部にするような、退学ものの不祥事を起した生徒なんていませんよ」
そう言ってやると生徒指導の先生は何故かちょっとだけいい気になった。そして言った。
「臼居っていう生徒がいるだろ」
…………はっはーん。
「それがその不祥事を起した生徒ですか」
「お前のところの部員だろう」
「うちには停学になった部員はいますがそれで退部・退学の処分を受けるべき者はいません。程度に即した罰を受けてますよ」
どっちにしろ関係ないと言ってあげると、生徒指導の先生は、少しだけ余裕が出てきたのか、或いは何かの手応えを感じてしまったのか、座ったままふんぞり返った。
「本当にそう思ってるのか」
「それは学校が決めたことです。あとうちに顧問は要りません」
しばしの沈黙。何かを考え込むみたいに、向こうは黙っていたけど、次に口を開くとこう言った。
「お前の態度は良く分かった。もう帰っていいぞ」
「私はいまいち呼び出された理由が分かりませんが、ありがとうございました」
生徒指導室を出る。十分ほど経って生徒指導の先生が出てくる。
そして更に二十分ほど経ってみなみんが出てくる。何で出てくるかって言えば、私が連れ出された際に、先回りしてもらっていたからだ。
どこに隠れていたか分からないけど、何かあったらきっと助けてくれたことだろう。
「お待たせ」
「お疲れみなみん、録れた?」
「録れた」
彼女は制服のポケットから携帯電話を取り出して、録音された先ほどの会話内容を再生した。コレ自体は別に大した内容ではないけど、念のため。
「なんだか急にきな臭いことになってきたわね」
みなみんが不安そうに言う。この子ってなまじデキるせいか、結構ストレスに弱いんだよな。
「でもちょっと面白くなって来たって思わない」
「あなたってサチコは別の方向でタフよね」
みなみんに呆れたように言われてしまったけれど、それは違う。タフとは忍耐力と持久力。
私は今楽しんでいる。トラブルは便乗したり巻き込まれたりしているときが、一番楽しいのだ。
そういう意味で言えば、サチコが友だちで、本当に良かったと私は思っているんだ。
不謹慎で本当に申し訳ないけどありがとうサチコ!
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




