・坊主とは別に袈裟を憎んでいる奴がいる
今回長めです。
・坊主とは別に袈裟を憎んでいる奴がいる
私の名前は南号。
シャウトとかコールと言った意味で両親が付けた、ちょっと変わった名前の勝ち組。優れた能力を英才教育で伸ばした、未来を担える人才。
アメリカ生まれのアメリカ育ち。
「では現在我らが愛研同の置かれた状況を、説明いたします」
あまり広くない教室に、連盟している部員を一同に集めると、流石に狭い。
友人北斎の発案により、先日の生徒指導室の一件を皆に周知して、対策会議を開くこととなった。卒業を間近に控えているのに、出席する三年生が全員とか、どうなの。
録音データも添付して、メールを一斉に送信した。この日自体は集会と称して月に一度、各部の顔見せとして以前から設けられていたものだが、それに託けてのことである。
全員が顧問に許可を取ってこの会に参加している。と言っても前からあった集会を、止めないといけない理由がないので、その許可も実は不要なものなのだけれど。
「愛研同総合部は、各会各部の連盟を以って成立しています」
ホワイトボードに四角い枠を書いて、九分割する。元を質せば部長の北斎が、あれもこれもしたいという一心から、発足させた繋がりである。
「各会及び部は、これといって問題なく活動できています、ですがそれを中断させる事態が、発生しつつあります。先日のメールの件でご存知とは思いますが、携帯電話を持っていない彼女のために説明します」
周囲の視線が畏まっている女生徒に集まる。サチコだ。申し訳無さそうに、頭をかいている。パソコンは持ってるんだからメールの設定くらいしなさいよ。
「彼女は去年、家庭の事情で問題を起しました。それについては既に停学処分を受けてます。なのでこの話はもう終わりのはずなのですが」
停学明けのサチコが、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。珍しいものを見れたけど、あんまり嬉しくないわね。そして過半数が停学明けという言葉に、興味を引かれるんじゃありません。
当人がケロッとしてるおかげで、周りの不安が払拭されるのは良いんだけど、この子たちは本当にこれで良いのかしら。
いいならいいんだけど。
「何故か彼女からこの部に紐付けて、愛研同を潰すか掌握しようという動きがあるのです。それが皆さんのメールに添付されていた、録音データの件です」
「なんだかサチコから別件でうちを引っ張りたい様にも見える」
「なので今から敵対勢力や、不穏分子について再確認をします。いてもいなくても提出すること」
いいや気を取り直そう。斎の言葉を受けて私が皆にプリントを配った。いじめ報告アンケートを改良したものだ。
これによりサチコがいないときに受けた、報復名義の嫌がらせや八つ当たりを把握し、この場を借りることで、全体に知らせることができる。
ちなみにこの場に他の会の顧問はいない。何故なら顧問が来る理由がないからである。強制ではないし、生徒は自主的に参加できる。
だが彼らはこういった場に、自分が参加するべきか否かの判断ができない。今頃は部室で留守番をしているはず。
コンプライアンスを求める側が、時と場所と状況を弁えた振舞い方を、弁えていない良い例だ。安全を求める教条主義の現実は、如何に物事を形骸化させるかに腐心するということなのか。
仏でさえ週に一度は家に帰って休む。
その教えを破った民族の哀れな末路なのか、或いは本性の行き着く先なのか。
そして時は流れた。
「全員書けたようなので、確認作業に移ります。後は自由時間ね」
そうして斎と二人で被害報告に目を通す。先ず被害の無い者を選り分ける。ホワイトボードに『無事』と書いて次に数字を記す。
「やっぱり被害出たか」
斎のその一言に、部員たちがぴたりとお喋りを止める。気を抜いているようで、しっかりと聞き耳を立てているのは大変宜しい。
『器物損壊』と書いて二件。
「園芸部は花壇が壊されたんだね」
「うん。畑と土は無事だったんだけど、幾つかの鉢が蹴られて割れてたんだ。あと校長室の外にある、薔薇の木の枝が折られてたんだ」
物に当たるというのはよくある。この時期になると図体以外に何も無い負け組みが荒れるので、うちとの関係が有るかは疑わしいけど。
「幸い花は無事だったんだけど」
「これはうちを狙った訳じゃなさそうだね。動物の被害に遭ったようなものだろう。事件性は無い」
器物損壊の横に『動物による被害』と一文を付け足しておく。一応そういう動物に成りすました者の、犯行という線もあるけれど、豚の真似をする奴なんか豚しかいないから、やはり動物の仕業ね。
「オカルト部は不審人物って、これは警察案件では」
「どうもうちの子が調子に乗ってヘマをしたみたい。組織に勘付かれたかも知れないの」
組織。私の前職のことだろうか。もう縁を切っているけれど、後任がこの街に来ていて、彼女の部活の誰かがそれに気付いてしまったばかりに、逆に相手に発見されてしまったのかしら。
偶然か好奇心の賜物か、どっちにしたって、大したものね。
ただこういうオカルト好きの人々って、本当に厄介なのよね。時代を追うに毎に発信力が高まり、集合知として完成していくに連れ、フェイクストーリーが役に立たなくなっていくんだから。
特定の分野における、ジャーナリズムを失わない、ロックな連中。でもどうしたものかしら。
「その組織っていうのは」
「歴史修正主義者と名乗っているみたいね」
「それは単なる歴史オタクの友だちってだけじゃないかな」
ホワイトボードの不審者の項目を削除っと。
「衣装部も器物損壊だね。衣装が汚れた。なんで」
「ブスが着たからよ」
衣装部部長が不快感も露に言い放った。気の強そうで実際かなり気の強い人物だ。
発言に部内が一瞬冷たく、重い空気に包まれる。
「それはどういう」
「うちの作った衣装を着たいって理由だけで、仮入部して服を着て自撮りして辞める馬鹿が、後を絶たないの。最近は断って追い出してるけど何とかして頂戴」
衣装部部長は頭にキテいる時は、相手への罵声を選ばない傾向がある。正確には短く下品で、直接的な単語に限るというべきか。
「当然だけど私たちは、着る人を有る程度想定して仕立てているし、使う人を想定して化粧品を作ってる。身に付ける人を想定して小物を作ってるの」
噛んで含める様にくどい言い方をしてくる。
彼女たちはその分野をよく勉強しているし、容姿体形にも非常に気を遣っている。恐らく愛研同の中で、一番沼に浸かっているのはここだろう。
「それを無料で借りられるちょっとイイ衣装程度に思われて自分に似合うかどうかも考えられない連中が袖を通すから服の痛みが早くて心底イラつくのよね」
「うちで一番露出が多くて見栄えもいいから、有名税だね。諦めて。そのうち当たりを引くと思うから」
「芋は皮剥かれてりゃいいのよ!」
「つまみだして」
斎の言葉に彼女はそう言った。取り合えずホワイトボードには『衣装部:器物損壊→要防虫』と書く。他に目ぼしいものは無い。概ね平和ね。
「こうして見ると運営状況はそこそこ順調のようね」
「なんだ俺たちしか敵がいないじゃねえか」
「恨みを買うようなことはしてないはずなんだけど」
斎とサチコが首を捻る。
斎はこの繋がりの発起人だし、サチコは皆の使い走りをして、各会間の潤滑油となっている。
愛研同を盛り立てる二人が、愛研同を危うくする要因でもある。これを行動に伴う摩擦や、反作用と見るべきか否か。
「じゃ話は簡単ね。サチコといっちゃんに敵がいて、いっちゃんの敵が今回サチコの件にいっちょ噛みして、手を出そうとしてきたか、或いはサチコの敵がサチコへの攻撃も兼ねてうちに手を出したか。図にするとこうね」
敵→斎←敵→祥
「アレ何か多くない!?」
「部長の敵は部長の敵でサチコの敵も部長の敵になるのね」
「アレ何か多くない!?」
「落ち着きなさい。一方は同じ様な状態だから」
「相手の出所が同じだから、別働隊が援護をしに来たようにも見えますが」
軍事部の部長がぽつりと呟く。
「そうね。サチコに停学を食らわせたから、次はお前だってとこかしら」
「いやあ申し訳ない」
「本当だよ! サチコが危ないと思ったらうちが危ないんじゃないか!」
「いやあ本当に申し訳ない」
「ちょっとちょっと話が違うじゃないか、これサチコの問題じゃなかったの!」
「落ち着きなさい」
「あ、め、めがねをかえせよ」
「はい」
狼狽する斎の眼鏡を外し、戻すことで宥めると、私は話を進めることにした。彼女にとっては楽しむべきトラブルから、自分の面倒事になったことで、やる気が大分萎えたみたいね。
こういう場合に怒りや挑戦心が焚き付けられると、頼もしい斎になるけど、そうでないと初対面のときの斎になるから、制御が難しい。
「もう二月も半ばなんだから何もできないわよ。三月は卒業と四月の準備があるんだから」
「そ、そうか。そもそも十二月の話で、冬休み挟んで一ヶ月経って、風化しかかってるもんね」
「そうよ、やるなら一月の内にすべきだったのに完全に出遅れてるの。で、何か言えそうな時期がもうここしか残ってなかったから、突っかかって来たのよ。最初から勢いが死んでるの」
「つまりここからもう伸びないってことだな」
バイク部部長が言って、私は頷いた。
何もしないよりは、ということなのかも知れないけど、まだ何もしないほうが良かった、という線は考えなかったのかしら。
「話の取っ掛かりに使ったものの鮮度が落ち切ってる以上、逆転の目があるとすれば、挑発をして私たちから失言や暴行を引き出すことくらいでしょう」
自分の重大事を鮮度が落ちてる呼ばわりされて、サチコがなんとも言えない表情で俯いてしまった。
彼女には悪いけど、事実その通りなんだから仕方がないでしょう。
「よって対策としては、もしもの話ですが、これからしばらく嫌がらせの類があっても、早まらず我慢するということになります」
「つまんないなあ。何か打って出られないの」
運動部部長が、膝の上に頬杖を突いて言う。周りも同じ意見のようだ。当然である。敵の攻め手を絶やさなければ、防戦は死を待つだけの行為である。
「打っては出ませんが皆さんには、正確には皆さんのご家族の方に、協力をして頂きたいことがあります。こんなこともあろうかと、前から考えていたことなのですが」
……言った!『こんなこともあろうかと』って言ってやった! 部室内全体の視線が一斉に羨望の眼差しに変わる! ごく自然に、勿体振らず、この言葉を!
「それは、それはいったい何かな、みなみん」
「ええ、とても簡単なことです。それは」
斎の嫉妬の混じった視線に内心の興奮に耐えつつ、私は幾つかの対策の説明をし始めた。
放っておいても問題は無いとは思うけど、折角だからこれを機に色々と試しておこう。問題が起きないと、問題への対処法を進歩させられないものね。
困難への取り組みこそ人生経験の真価というもの。その点では失敗と問題に常に隣り合っている、この部は良い所だと言える。
サチコといっちゃん。二人は私にはできないことができる。
ああ、私は本当にいい友人を持った。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




