・盤外戦術GOGO!
今回長めです。
・盤外戦術GOGO!
その日から米神高等学校には、定期的に保護者の方から電話が入るようになった。
二日に一度、三、四件。最初はまた抗議の電話か、いつまで同じ話題を引き摺るつもりだと、うんざりしていた学校側も、これには肝を冷やした。
内容は何れも、とある女生徒の進退に関する、陳情であった。責められている生徒が庇われたのである。何故それで肝を冷やすのかは永遠の謎だが、学校側は思わぬ所から水を差された形である。
朝と放課後のどちらかに、まとまっているのだが、枕詞に必ず『教育委員会にも相談したんですが』と付くのである。部落的な治外法権の気が強い学校だが、上には上がいるものである。
彼らにとって取り分け厄介なのは、たかが相談の域を出ないものではあるが、上へ上へと相談して散々に問題を周知してから、電話をかけてくることだった。
委員会から確認の電話をかけられることで、学校側も問題の確認をせざるを得なくなる。
小波のように引いては返す複利攻勢は、女生徒への更なる処分に歯止めをかけ、愛研同を掌握ないしは解体させたい、一部の職員たちの行動をもたつかせた。
苛立ちは募るものの、気勢は削がれるという塩梅であった。波風に晒された者たちは、皆疲れ蝕まれるのである。それが最初の一週間でのことであった。
「いやあ好調好調! いい具合に動きがないね! 平和って素晴らしい!」
日本一月曜日の放課後に元気な女子高生こと北斎は、耽美な男性のイラストが描かれた扇子を開いて、椅子にふんぞり返っていた。
扇子は反対側に別の男性が描かれており、光に翳すと彼らが口付けを交わしているかのように見える無駄に技術力の高い一品である。漫研謹製。
「電話応対とその報告は時間がかかる。相手のリソースを削るというのは、えげつないけど効くんだねえ。ねえみなみん」
邪悪な笑みを浮かべ手勝ち誇る、愛研同総合部の主こと北斎。彼女はこの策を考えた、部のちゃんとしてるほうの頭脳に話しかけた。
「そうよお、何でも実行に移せば現実になるし、現実になるってことは人の動き、つまりは所要時間が発生するわ。そしてそれがやりたくもないことだったら、まあやる気は下がるわよね」
言われて趣味以外のことにも機能する頭脳こと南号が返事をする。手鏡を除きながら、持ち前の亜麻色の髪に手櫛を通す。
「で、やる気が下がると動きが悪くなると」
「それにしても、皆が協力してくれて助かったわ」
髪の手入れを終えると、南は机の上に置かれた一枚のプリントを、指先でトントンと叩いた。
そこには大きな字で『保護者の皆様へのお願い』と書かれている。
祥子の退学回避のため助けて欲しいという、同情を買うような斎曰く『エモい(死語)』文章が続き、そこから今回の、電話責めの手引きへと流れて行く。
これが南の打った手の一つである。
彼女は先日各部員たちにこれを両親、ではなく母親もしくは母親的な性格をしているなら、父親のほうに渡して、頼み込んで欲しいと告げたのである。
親と不仲な部員のほうが多く、難色を示されたが、そこは部の存続と祥子をダシにしたことと同調圧力で捻じ伏せた。副産物として思春期に傷んだ家庭の縁を修復できた者も、何人かいたようだ。
「ただなあ、上手く行き過ぎじゃないか」
部室の床にブルーシートを広げて、廃棄珈琲豆を踏み砕いていた、祥子が疑問の声を上げる。園芸部の依頼で肥料に使う分を、細かくしている最中である。
作った上で使い切れない土は格安で販売している。部活内での物品販売をしているのは、今の所は園芸と漫研、衣装の三つである。
「逆よ。元はと言えば何処から流れて来たかも分からない動画と、そんなものに便乗した奴の偽クレームに飛びついて、それこそ迂闊なの」
「罰しろという部外者にもっともだと従ったら、今度は校内から擁護の声が出た。彼らからすればノーと言われた形だし、善処しないのもそれはそれでまた評判が良くない。断固とか毅然とかそれっぽい言葉で、強硬なことをする人もいないしね」
「学校も行政の一部である以上権力構造は家産制みたいなもので、躾が行き届いているならそれが許される人なんて、それこそ地域の権力者くらいでしょ」
「今サラッと問題発言が出たような気がしたけど、時代が違うということにしておこう」
そこまで言って三人は顔をしかめた。
南がリップクリームを塗ったのだが、そこから花の香りが室内に広がったのである。匂いを強調してあるせいか、独特の苦みとえぐみのある、甘い臭いを嗅いだことで一瞬閉口する。
「ええと、それならなんで生徒指導の……生徒指導の先生は強気に圧力をかけてきたんだ」
祥子は軽く咳込みながら、話を続けた。祥子は色々あって記憶力に優れているが、相手の名前を出すことができなかった。知らないものは言えないのである。
「そこなのよ。一応サチコの周りの子にも接触して、結束しないようにしてるんだけど」
「お前そんなことしてたの」
「私は八方美人でも妬まれないように、噂好きでお喋りって欠点をちゃんと演じているのよ」
斎と祥子は脳裏に『ただの出しゃばり』という単語が浮かんだが黙っていた。
「それにほら、いじめのグループって頭がヤバくなると体のほうが切り離しにかかるんだけど、あなたの場合って元からそれが有って無いような集まりで、しかも瓦解しかかってたの。最近大人しいでしょ」
「そういやこの頃は、生理の日でも嫌がらせしてこなくなったな」
南の二つ目の手が離間工作である。
加害者側の生徒と学校が、何かの拍子に結束しないように、常日頃から生徒たちに取り入り、他の者の粗を共に突っついて、相対的に親密になることで、個々人の距離感を操るというものである。
策と言うよりも転ばぬ先の杖である。
頓服薬より置き薬。
人間は臭い物を持ち寄り、互いの鼻を摘まみ合うということが、往々にしてある。
しかしながらそこに信用は欠片もない上に、不信感が度を越して募れば、それぞれの関係をなかったことにしたくなるのである。
例え団結したほうが身の為であったとしても。
割と一般的な女子の処世術とか言ってはいけない。
そしてそれがお互いにバレているから、実は仲が冷めきっており、疑心暗鬼に駆られ内心では嫌っているグループの子たちとの間を、右往左往した挙句ネットに逃げ、そんなことばかりしておきながら、繋がりがないとか言ってるとか、後ろ指を差してはいけない。
「大人しいのはたぶん、彼女たちも今、サチコと似た状況にあるせいじゃないかな」
斎はそう言って自分のタブレットを向けると、二人が画面を覗き込む。どこかの掲示板のようだ。
「何これ」
「私の掲示板」
「スレタイが女子高生とか正月とか、そんなんばっかですね」
無機質な灰色の掲示板から、水色とオレンジ色の混ざるカラフルなものまで様々だったが、その全てに同じ内容が書き込まれている。
「俺の個人情報が書かれてるな」
「後で削除依頼出しときましょうね」
「これやった奴、手当たり次第にあちこち書き込んでてね。で、もしやと思って自分で、会員制の掲示板を立ててみたんだけど、やっぱり出たんだよ。本当に何処から嗅ぎつけてくるのか」
斎が画面を操作すると管理者用の画面になる。そしてまた幾つかの操作を経て、書き込みをした者と、登録してある対話アプリの電話番号とが、照会される。
「よくこんなのに番号教える気になったな」
「勿論自分のじゃあなかったよ。でもね、その番号を知ってる人間って、限られるでしょ」
祥子の個人情報を知っているということは内部の人間であり、しかもその人物は他人の電話番号で、登録制の掲示板に登録するような人物ということになる。
「知ってる子の番号だったときは驚いたし、登録したのが別の子だって分かって二度びっくりしたわ。最後は学校に言いつけてやったけど」
南が誇らしげに髪を掻き上げ胸を張る。部員たちとその親の力を借りる傍らで、彼女たちは更に行動を起していたのだ。
「いやーサチコの身バレを聞いておかしいと思ったんだよ」
「お前ら何時の間にそんなことしてたの」
「毎日出来ることを、出来る限りしてきただけよ、私たち」
そして南と斎は不敵な笑みを浮かべた。それを見て祥子も微笑む。
自分のかけた迷惑に、面白半分で首を突っ込んで、どんどんと大事にし、遂には解決してしまう。
不謹慎ではあるが、彼女にとって二つ年下の先輩たちは、とても頼もしく、ありがたい存在だった。
「これで後は時間切れを待つだけね。三月になったら年度納めで、四月になったら年度初め」
「忙しくってうちらに関わっていられないだろうね。そしたらもう、今更この話題は出せないでしょ」
「じゃあこれでやっと次の説明会に専念できますね」
「え、説明会って何それ」
「何って先週にうちの受験日程終わって、月末に部活見学があるって話じゃ。ほらこれ」
祥子が鞄から取り出した一枚のプリントには、確かに二月末日にある、各部活動の見学体験の段取りが、書いてあった。
「サチコ、これっていつの」
「先週教室に落ちてた」
「貰った訳じゃないのか。ん、待てよ」
斎はプリントを見つめて、一年のときのことを思い返した。そのときは発足したてで、今と同じで顧問もおらず、同好会等の部活未満は、出なくていいとまで言われた。
視線を紙面の上に走らせながら今回もそうだろうと思いつつ、何かが引っかかっていた。
「サチコ、これ落ちてたの」
「配布物回してもらったことってあんまりないんで」
「あんたって大概メンタル頑丈よね。で、これがどうしたのいっちゃん」
斎は黙って携帯電話を取り出した。
『今回の部活動の見学体験皆どうする?』
その文面でメールを、愛研同の各部長たちへと送信する。時間にして十分程の沈黙。帰って来たメールが三つ。それから散発的に続いて、全ての部から返信が届く。
――全ての部に予定がある。
唐突に以前の生徒指導とのやりとりが、彼女の脳内に蘇る。あの時の態度が、今になっては腑に落ちる。斎は南と視線を交わすと無言で頷くと、揃って溜め息を吐いた。
「これかな」
「これかしら」
「だから何がどうしたんだよ」
一人だけが話を飲み込めずにいる祥子は、二人の顔を交互に見比べるのであった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




