・そういうの平気な人とそうでない人々
・そういうの平気な人とそうでない人々
「サチコ―!」
「おかしいわね。呼び鈴押してるのに全然出ないわ」
南と斎は真っ暗な街中を歩いて、事件の当事者である女生徒の家へとやってきた。
帰り道とは逆方向なので、帰りは割り勘でタクシーを呼ぼうと、予め段取りを組んである。
「ここで合ってるわよね」
「合ってる」
人が住んでいる気配の無い、古い平屋の建物。
道路側からの視界を遮るような、庭木の類もあまりなく、人が通れないほどには住宅が密着しておらず、ぐるりと周りを歩けば、塀の外から中を覗きこめるようになっている。
不用心なくらい隙だらけの家だが、言い換えればそれが許されていた時代の産物でもあり、年を追う毎にセキュリティに、気を配らないといけないのは、世の中が落ち目になっている証である。
南はそう思い、斎は加えてこれが文明の趨勢により起きるのか、または人種の寿命の縮まりに見られる現象なのか、分類に困るなと思っていた。
「何かあったのかな」
「あったしあったんだろうね。アレがあるし」
アレと斎が言って指差した先には、白黒で汚れの少ないピカピカの御用車。
罪人の手に錠と縄、背中になんかを羽織らせ、警官が左右から宇宙人を捕獲するかの様に、誰かに付きそい乗り込むアレ。
パトカーであった。
「いるには違いないけど、アレのせいで中に踏み込むのが、躊躇われるね」
「サチコ、殺されてたりしないわよね」
ランプが点灯していないところから見て、緊急性は感じられなかったが、それでも二人は万一のことを考えると、不安になった。
「どうだろう。今回の一件で面白半分にやって来た馬鹿が、サチコに捕まった挙句、逆上して刃物振り回したとかなら、有り得そうだけど」」
件の女子は現代日本において、そういう地域の生まれでもないのに、暴力に馴染みのある人物だった。
概ね正当防衛の範囲ではあるが、直ぐに手が出るというのが周囲の見解である。古式ゆかしい正当派暴力ヒロインなのだ。
「家の中に明かり点いてるよね」
「ここで引き返すのも嫌だし待ってようか、自販機でお茶買ってくるね」
「ありがとう。はい小銭」
斎がその場を離れて、南が家を見張ることにする。警察が来ているということが、却ってその場の緊張を煽る。
南は指先を口元に当てて息を吹きかけた。白く長く棚引く、呼気の最初の温もりが、同じく白く長い指先を一瞬だけ温める。
「ただいま。はいレモンティー」
「ありがとう、でもトイレ近くなりそう」
「そしたらトイレ貸してくれって踏み込むでしょ」
レモンティーを見て尿意を連想させるようなことを口走る南と、口実作りのために本当にトイレが近くなるような飲み物をわざわざ買ってきた斎。
以心伝心卵と鶏二人三脚。
「しかし動きがないなあ」
「電話してみたらどうかしら。『もしもし? 私たちだけど、今あなたの家の前にいるの』って」
「そんな怪談どこかであったような」
そう言いつつも斎は携帯電話をかけてみた。数回のコール音の後に、聞こえて来る友人の声。
『もしもし』
「あ、サチコ。私私、部長で先輩で友人でやましい所のない北斎」
『なんですかその切り出し方』
「いやだってさ玄関前にパトカー停まってるじゃん。チャイム押しても出ないし。中に入ったら駄目なのかと思ってさあ」
『ああ、態々来てくれたんですか。もう入って貰って大丈夫ですよ』
「あ、そう。良かったー、みなみんもトイレの我慢がそろそろしんどくなってきたみたいで」
「ちょっとまだ大丈夫なんですけど!」
『玄関開けて廊下の突き当たりです。今お巡りさんに話して開けますんで、すんません』
特に気落ちした様子も無く、平常通りの友人の声に二人は内心で安堵した。ほどなくして玄関が、見知らぬ男の手により開けられる。
警官らしき男は背広姿を目立たせないよう、何とも言えない暗緑色のコートを羽織っている。
彼の手招きに顔を見合わせてから、二人は祥子宅へと上がり込んだ。順番にトイレを借りてからリビングへと戻ってくる。
『こんばんわー』
南と斎は居間にいた、これまた見知らぬ女性に挨拶をしてから、椅子に座っているサチコに声をかけた。
「どうしたのよこれ。やっぱり、あの動画の件で逮捕されちゃうのかい」
「そんな、助けてくれって言っても、誰も助けないくせに、いざとなったらお前が悪いなんて身勝手よ!」
斎の想像に南が警官たちへ敵意を剥き出しにする。好きなものが自助努力と、家族である彼女にとって、クリスマスの祥子の行動は肯定すべきものであり、それが責められることに、強い反発を覚えるのだった。
「落ち着けよ。そっちは不起訴になってるから。書類は送られたけど」
祥子は苦笑するなり南を押し留めた。余談だが書類送検されたのは、親権を失い他人となった父親を殴った件であり、どちらも既に決着している。
「あ、じゃあ事情聴取」
「え、別件なの」
「違わないけど違う」
二人がぎょっとした様子で向き直ると、祥子は不快感も露わに答えた。別件ではあるものの、自分は容疑者ではないということだった。
「あの動画が公開されてから、家の周りに不審者が出るようになったり、いたずら電話が増えたりして、終いには殺害予告も出たんで、警察に相談したんだよ」
「え、大丈夫なのそれ」
「大丈夫ですよ。その人たちはもう検挙しましたから、安心してください」
戻ってきた男性警官が言う。髭を揃えた中年男性であり、自信有る態度が見る物の評価を二分する。
主に頼もしいと思うか、鼻持ちならないと思うか。彼の勧めでようやく二人は席に着いた。
「一軒家で女の一人暮らしだからか、気軽に不法侵入してなあ。出てきたのがこんな大女と知ったら途端に逃げようとするから、すげえ捕まえ易かった。怖いもの知らずは怖いな」
固定電話の録音容量も限界に近く、その中でも程度の酷い暴言の主は、軒並み小田原市警にお任せすることになったのだと、祥子は言った。
裁判にするなら弁護士、事件にするなら警察に話を持って行けば良いのである。
「そういう訳で調書作成のためにお話を聞くのと、後は電話の内容を記録するために、お邪魔したんです。彼女を逮捕しに来た訳ではないから、どうか安心してください」
今度は女性警官から言われて、南は即座に謝った。違うというのなら、ここで態度を硬化させたままでいるのは良くない。
感情面では疑わしいという想いが強かったが、祥子の印象が悪くなるだけだと、分かっていたからだ。
一方で斎はこの状況をスケッチブックに描きたくて仕方なかった。祥子のことを心配しているが、それはそれ。
ネタとしてみれば美味しいと考えるのが、この問題児である。定期的にネタを持ってくる存在を、手放す気は斎には毛頭ない。
「心配かけてごめんな。そうだ。近い内に捕まった連中から掲示板の書き込みまで、芋づる式に捜査が行くらしいけど、もし捕まるようなこと書いてたら、大人しくしときなよ」
「そんな馬鹿なことする訳ないでしょ馬鹿じゃないんだから」
南は片手で頭を押さえて目を瞑ると、苛立たしげな溜息を吐いた。斎が苦笑する。
「なんか案外平気そうだね」
「流石に停学五日目ともなるとな」
「私達なんか今日それを知って大変だって来たのに」
祥子が部活に姿を見せるのは、概ね週に二日か三日である。他の愛研同に所縁のある部に顔を出し、総合部には顔を出さないこともある。
なのでたまにだが、一週間は互いに顔を合わせない場合もある。
故に二人は『今週は祥子を見なかった』という話題から入って、知人に聞いて回ったことで、今回の一件にたどり着いたのである。
「心配してくれてありがとう。でも停学だよ。留年や退学じゃあるまいし、冬休みが長引いただけだって」
「そう。ならいいんだけど」
「どうも祥子の場合もう一波乱ありそうなんだよな」
自分たちの心配が、杞憂に終わりそうなことに安堵しかけていると、金物が転がるような音が響いた。
銀色の皿が彼女たちの足元に、ころころと転がってくる。追って白黒の猫が現れた。
毛並みの良い白黒の猫は、皿を前足で器用に弾く。皿が祥子の足元までくる。彼女の顔を見上げると、猫は不機嫌そうに唸りを上げる。
「はいはい。晩飯ね」
「出たわね賢すぎる野良ネコ」
「催促の仕方が偉そう」
「不審者の感知と撃退にも役に立ったから、実際マジで偉いよ。よいしょ」
「おー本当に偉いんだ。よしよし」
「偉い偉いよしよしよしよし」
「ぶみーう」
祥子にテーブルの上に乗せられた猫は、女性陣から一斉に褒められて撫でまわされると、何とも言えない声で鳴いた。
「ほら嬉しいだろハーレムだぞ」
祥子の投げやりな言い様に、猫はぐるぐると喉を鳴らした。機嫌が良くなったようだ。
「という訳だから、二人とも安心してくれていいよ」
「そう。あんたの安否が確認できたからいいけどね」
「もうちょっと早く気付けば、もう少し面白かったんだけどなー」
不安が解消したこともあり、南と斎はもう少しだけ談笑してから帰った。
会話中にも電話が掛かって来て、警察による対処を見ることにもなったが、平和なものだった。
「じゃまた来週」
「じゃあねサチコ」
「部活に顔出せなー」
そして予定通り、二人はタクシーを呼んで、帰宅となった。
一時はどうなることかと思われた、サチコのクリスマス動画と停学の一件は、特に発展もなく、終わりを迎えつつあった。しかし。
『どうも嫌な予感がする』
南と斎は心中で、この言葉を何故だか払拭できないのであった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




