第八章 陣法の下の反撃
坊市の通りに敷かれた青石板が、凄まじい霊圧の衝撃を受けて次々とひび割れていく。
砂埃と砕けた石片が、空一面へ舞い上がった。
天剣宗の執法頭領は、どうしても予想できなかった。
この二人の散修が、一見したところでは大した境界にも見えないにもかかわらず、天剣宗の山門の麓で堂々と手を出してくるなど。
しかも、最初の一撃から――
坊市の禁制に隠された陣眼の隙を、寸分違わず突いてきた。
「思い上がるな!」
「たかが散修ごときが、天剣宗で好き勝手に暴れるつもりか!」
執法頭領は怒りのあまり、逆に笑った。
次の瞬間。
築基後期の強大な真元が、身体の内側から一気に噴き出した。
手にした長剣が、まばゆい金色の光へと変わる。
――ガァンッ!
晏清の重々しい斬撃を、真正面から受け止めた。
二つの力が激突し、耳をつんざくような金属音が響き渡る。
凄まじい余波が周囲へ広がり、並べられていた露店が次々と吹き飛ばされていった。
だが。
執法頭領が勝利を確信するより早く――
胸の奥に、猛烈な危機感が走った。
「――気を散らすのは、あまりいい癖じゃないな」
冷たい声が、耳元で響いた。
「なっ……!」
いつの間にか。
禁制に生じた断層を利用し、執法頭領の死角へ滑り込んでいた終夜が、すでにその身へ迫っていた。
手には、刃を入れていない鉄剣。
剣そのものは鈍い。
だが。
終夜は斬るつもりなどなかった。
霊気の流れを極限まで見極め、その一撃を相手の真元の運行へ叩き込む。
――敵を斬るためではない。
――相手の真元を乱すための一撃。
「ぐっ……!」
――バキッ!
執法頭領の護体霊罩に、瞬く間に亀裂が走った。
外からは晏清。
内側からは終夜。
完全に挟み込まれていた。
「今だ、晏清!」
終夜が低く叫ぶ。
晏清の目に、鋭い殺気が走った。
身体に残された真元を、一切残さず解き放つ。
重剣を覆っていた赤い光が、一気に三尺ほど膨れ上がった。
そして。
執法頭領の真元が一瞬だけ滞った、その隙を逃さない。
「――っ!」
重剣が、凄まじい勢いで振り下ろされた。
轟――!
重々しい一撃が、執法頭領の胸へ真正面から叩き込まれる。
「ぐはっ!」
男の口から大量の血が噴き出した。
その身体が、まるで投げ捨てられた巨石のように吹き飛んでいく。
――ドォン!
坊市の商店、その石壁へ激突。
壁が大きく崩れ落ちた。
執法頭領の姿は、瓦礫と砂埃の向こうへ消える。
生死は――分からない。
「……っ!」
残った数名の執法隊員たちは、その光景を目の当たりにして、顔から血の気を失った。
誰も前へ出ようとはしない。
先ほどまでの威勢は、跡形もなく消えていた。
やがて、数人は恐怖に駆られるように、その場から逃げ出していった。
終夜は、逃げていく残党たちを追わなかった。
ただ、わずかに目を細める。
そして、遠くへ視線を向けた。
雲を突き抜けるようにそびえ立つ――天剣宗の主峰。
その山頂には、いくつもの建物が雲海の中に浮かんでいる。
終夜は静かにそこを見つめた。
ここで起きた騒ぎは、もう隠しようがない。
――天剣宗の上層部を、完全に刺激してしまった。
終夜はゆっくりと鉄剣を収める。
そして、隣に立つ晏清へ淡々と言った。
「行くぞ」
晏清が顔を上げる。
終夜は遠くの主峰を見たまま、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「――次の芝居は、今始まったばかりだ」




